(23)NO?-第2章-

~民~

 

ユンさんのアトリエでショッキングな光景を目にした私。

ぼーっとした頭で駅まで向かう途中、目についたそこに吸い寄せられていった。

壁も天井も床も白、クラシカルな建具と什器で女子が好みそうな内装。

そこに並ぶのはパステルカラーの、ふわふわと可愛らしいものたちだ。

店内はとてもいい香りがする。

ランジェリーショップに足を踏み入れるのは初めてだった。

私には縁のない世界。

入店すると案の定、店員もお客さんも怪訝そうな目で私を見る。

彼女にプレゼントするランジェリーを買いに来た男子のつもりで、商品を見て回る。

この場に不釣り合いな自分にいたたまれなくなるはずが、平気だったのだ。

大胆になっていた。

ユンさんとリアさんの衝撃の大きさに、感覚が麻痺していたのだろう。

それに、特別な日のための下着を、近いうちに探しに行かなければ、と思っていた。

自分のサイズに合ったものがすんなりと見つかるはずはない、と分かっていたから余計に、下着探しは重々しいミッションだった。

 

(「レースか紐かどっちがいい?」だなんて口にするんじゃなかった。

だって、チャンミンさんを喜ばせてあげたかったんだもの。

普段のものじゃあまりにも色気がなさすぎるからなぁ。

チャンミンさん...楽しみにしているだろうなぁ)

 

大胆になった今こそ、ミッションをクリアできるグッドタイミングなのだ。

冷静に商品を1着1着見てゆく。

チャンミンさんのにやけたえっちな顔を思い浮かべる。

鏡の前でカナリア色のセットを、身体に当ててみる。

 

「なんか...イメージと違うなぁ」

 

クリーム色のレースが胸のふくらみに沿い、中央に可愛らしいリボンがあしらわれている。

厚めのパットが胸のボリュームアップを叶えてくれるのだとか。

チャンミンさんはリアさんという、スタイル抜群、細いのにおっぱいが大きい美人さんと付き合っていた。

みしっと胸がきしんだ。

チャンミンさんの前カノのことを想像したり、私とを比べたらいけない。

自信をなくすだけだから。

 

「可愛い...」

 

知らず知らずつぶやいていたようだ、近くにいた女性が「うわぁ...」と眉をひそめている。

咳払いしてみせると、彼女はバツが悪そうに別のコーナーへ移っていった。

(これでも私は女なんですよ)

ブラジャーはワイヤーが入っていると、ぺたんこ胸の自分にはかえって都合が悪い。

 

「はあ...」

 

私にぴったりなブラはない...チャンミンさんごめんなさい、Tシャツを着たままになりそうです。

元のラックにカナリア色を戻し、あきらめて店を出ようとした時、店内奥が目にとまった。

「?」

L字形をした店内の奥は一転、壁も床も黒一色だった。

黒色のインナーなら慣れている。

 

(見るだけなら...)

 

コンセプトも一転して、大人セクシー路線だった。

商品もダークカラーで統一されている。

機能性よりも、肌触りと見た目重視...見せるためのランジェリーだ。

布なんて少ししか使っていないのに、パンツ1枚がスニーカーと同じ値段だなんて。

スポーツタイプのものしか知らない私には、あり得ないお値段だった。

 

でも...特別な日に使うものなのだから、奮発しないと!

 

「試着してもいいですか?」の言葉は、とても言えそうにない。

店員のお姉さんはさすがプロで、ランジェリーを選びに来た青年にいぶかし気な視線は送らない。

にこにこと、ショーケース下のラックから何着も出しては広げて見せてくれるのだ。

チャンミンさんご所望の、紐タイプとレースタイプ...。

私は鏡の前で当ててみては、う~んと想像をめぐらした。

男顔に凹凸のない身体には似合わないことは百も承知な点は無視だ。

全てが初めて尽くしの、とても大事な時のために、私は恥じらいを捨てますよ。

 

(どうしよう...どちらも可愛い)

 

結局選べなかった私は、両方購入することにしたのだ。

紐とレース。

ブラジャーを購入するだけの予算はなかったけどね。

チャンミンさんはどちらを選ぶのかなぁ?

 


 

~チャンミン~

 

民ちゃんの右手には紐タイプ。

サテンリボンの端を引っ張れば、はらりとほどけてしまう。

左手にはレースタイプ。

大事な部分がレースの網地から、透けてしまっているデザインだ。

僕は民ちゃんが愛用している下着を知っているから、見事に真逆なこの2着に思考が追い付かない。

頬が緩まないよう、目をつむり、これらを身につけた民ちゃんを想像する。

どちらもつるりとしたレース素材で、黒、隠すべき面積が著しく小さい。

 

「......」

 

僕の選択を待つ民ちゃんは、じぃ~っと一切目を反らさない。

 

「で、どちらです?」

ずいっと顔をもっと近くに寄せてきた。

茶色がかった眼が澄んでいて綺麗だなと見惚れながら、「ひ...紐」と答えた。

 

「紐ですね、了解です。

あの...チャンミンさんは笑わないんですね?」

「どうして笑わなくちゃいけないの?」

「馬鹿みたいですよね。

私に似合うわけないのに...張り切っちゃって...恥ずかしいです」

「民ちゃん、何度も言うけどさ、僕は民ちゃんがいいんだ。

前も話しただろ?

胸のサイズがカノジョ選びの基準に入っていない」

「信じますよ、その言葉?」

「うん。

それからね、民ちゃんは1週間後にこだわっているみたいだけどさ。

何月何日の何時にやります、って決めちゃったら、ムードもくそもない。

僕も緊張してしまう。

こういうのはね、雰囲気と流れに任せるものなんだよ」

 

アレに持ち込むまでの心得を、カノジョに説明する必要があるなんて。

さすが民ちゃん、これまでのカノジョとはひと味もふた味も違う。

 

「あらら、そうなんですか?

病院で言っていたことを鵜呑みにしてました。

チャンミンさんの希望かな、って」

「あれは適当に言ってしまったことだよ。

だから、『いつ』にこだわるのはよそう」

「...ということは...『今夜』ってこともあり得るんですね?」

「そ、それは...」

 

何ごとにも極端で、くそ真面目な民ちゃんらしいけれど、今夜ってのはなぁ。

 

(つづく)