かれこれ30分、二人はまんじりともせず天井を見上げていた。
ここに第3者の目があったら、掛布団からのぞく二人の顔は双子そのもので、事情を知らない者なら「成人してまでひとつの布団で眠るとは...仲の良い双子ですね」といった感想をもつだろう。
ところが彼らは血のつながりの一切ない赤の他人同士であり、付き合いたてほやほやの恋人同士でもあった。
彼らは揃って照れ屋ではあるが、いざ気持ちが高まると衝動的に本音を口走ってしまうことが多々ある。
(二人とも回りくどく、早とちりな面があり、一方慎重派であるため、気持ちが高まるまでに時間がかかりがちで焦れったい)
そのおかげもあってか、あれよあれよという間に恋愛関係までステップアップできたのである。
(こうして彼らがひとつの布団に寝ているのも、その好例のひとつになるだろう)
恋愛においては生まれたてのヒヨコのような民が緊張のあまり寝付けないのは理解できるが、30男のチャンミンまで異常に緊張状態に陥っていた。
民の緊張が伝染してしまったのか、それに恥ずかしさがプラスされ、とても寝付ける状況になかった。
二人は行儀よく、10㎝の間隔をもって二本の丸太ん棒になっていた。
彼らの心境を覗いてみよう。
~民~
し、心臓が口から飛び出そう。
だって、だって...私...生まれて初めて男の人と一緒に寝てます...!
世の中のカップルはどうしてるんだろう。
一緒の布団に入ったら、毎回『そういうこと』をするものなのかな。
困ったな、今夜の私は『そういう』つもりはないんだけどな。
「一緒に寝ましょう」と誘ったのは私だから、今さら『そういう』ことは『ナシ』でお願いしますなんて、都合がよすぎるかな。
チャンミンさん!
『する』のか『しない』のかはっきりしてくださいよ!
目を覚ましていることは分かっているんですよ!
...わかった!
エッチをしようか、今夜は見送ろうか迷っているんだ!
あの紐パンを穿いてきた方がいいのかなぁ...でも、ヤル気満々でおかしいよね。
...でも、私も気持ちの準備がまだです。
今夜は見送ってください。
「泊まっていってください」の言葉は、あのままバイバイするのが寂しかっただけですからね、「エッチしましょう」の意味じゃないですからね。
念を押しておいた方がいいかな...チャンミンさんは早とちりの名人だから。
「......」
ハグくらいしてくれたっていいのに...。
そっか!
私からボコボコにエロ親父扱いされるのが怖いんですね、分かってますよ。
でもね、何もないのもガッカリ...してしまうんですよね。
う~ん、私から近づいた方がいいのかなぁ。
「......」
暑い、身体が熱い...布団を跳ねのけたい。
~チャンミン~
狂ったようなこの鼓動の速さは一体どういったことだ?
今の僕はまるで思春期の男子中学生になっている。
民ちゃんは案外鋭いから、僕が緊張していることは大バレしてると思う。
さらに、察していても黙っていることができずにずばり指摘する子だ。
何度僕を慌てさせ、こっぱずかしい思いをさせてきたことか!
前回の恋までは、互いに無言の了解がなされていて、自然な流れでそっち方向へと持ち込んでゆけた。
彼女たちが漏らす「イヤっ」も、ムードを盛り上げる喘ぎのひとつだったりする。
ところが、隣にいる子は単なる女子じゃない。
民ちゃんの「イヤっ」は正真正銘の「嫌」だったりするから、気を遣わないといけない。
でもね民ちゃん、彼氏を布団の中へ招き入れるなんて...無防備過ぎるよ。
「襲ってもいい」って、大抵の男は勘違いするよ。
民ちゃんのことを分かりかけてきた僕だから、都合のよい勘違いはしないし、今夜は手を出したら駄目なんだ。
民ちゃんなりに理想の流れがあるだろうから...。
...などと、頭の中で自分に言い聞かせていた。
横目で民ちゃんを窺うと、薄暗い中で彼女の白い顔がぼうっと浮かび上がっていた。
身動ぎすると布団の中で温められた空気が動き、民ちゃんの香りが僕の鼻腔をくすぐる。
そのミルクのような甘い香りは、僕の頭の芯をしびれさせる。
暑い、布団の中が熱い...!
仰向け寝は辛い、寝返りをうちたい!
チャンミンは「うう...ん」と呻いて、ごろりと寝返りをうった。
寝言らしき「むにゃむにゃ」と漏らしたあたりが、下手過ぎる演技だった。
「!」
チャンミンに背中を向けられ、さらにシングルサイズの布団を持っていかれ、民はムッとした。
民は布団をつかむと、ごろんと大きく反対側へと寝返った。
「!」
自身の肩から布団が消え、チャンミンの身体にぶるっと寒気が走った。
振り向くと、掛布団に丸々とくるまった民の後ろ姿と、その端からは彼女の頭頂部の髪がふわふわと飛び出していた。
チャンミンの中にぞくぞくと、悪戯心が湧いてきた。
民の肩から布団を奪うと、えいっと反対側へと寝返った。
「!」
くの字に横たわった民だけが取り残され、冷え冷えとした空気に身震いした。
ムッとした民は布団を引っ掴むと、ごろんと一回転して簀巻きになった。
チャンミンは、負けじと簀巻きになった民を布団ごと抱きしめ、のしかかった。
「おも、重い!
チャンミンさん、重いです!」
ロール状になった布団で両手が塞がれているため、民は膝下をばたつかせた。
「民ちゃんが布団を独り占めしてるからだよ」
「ふん、だ。
私、知ってるんですからね」
「へえ、何を?」
「...蛇の生焼けですか?」
「えっ、蛇のなんだって?」
「蛇の生焼けです」
「...不正解」
「蛇の生煮え」
「微妙に違うよ」
「蛇の生贄」
「遠くなった」
「えーっと、蛇の半殺し」
「もうちょい!」
「蛇の佃煮」
「......」
「蛇の網焼き」
「民ちゃ~ん」
「あははは。
蛇の飼い殺し」
「正解は、蛇の生殺しでした」
「似たようなものです。
チャンミンさん、我慢してるんですね。
エッチしたくて仕方がないんでしょう?」
「...民ちゃん...」
中途半端に否定して、民から鋭いツッコミを受けるよりも、正直に答えた方がよいとチャンミンは判断した。
「...うん、そうかもね」
チャンミンの返答に、民の背中がビクリと震えた。
「そ、そそ、そう...そうです...か」
「大丈夫だよ、今夜はしない」
そう言ってチャンミンは民の頭を撫ぜた。
(つづく)