「......」
「何もしない」の言葉に、民はじろりとチャンミンを睨みつけていた。
「...民ちゃん?」
どうやら睨みつけられてるらしい、そのワケがチャンミンには分からない。
チャンミンは簀巻きになった民の上に、のしかかったままだった。
「しないんですか...」
「へ?」
「しないんですか!?」
「ええっ!?
もしかして、残念だった、とか?」
素っ頓狂な声を出すチャンミンに、民の眉間のシワが深くなった。
「...う...」
(複雑な乙女心を理解してくださいよ。
何もないのはつまらないし、何かあっても困ってしまうんですよ!)
「もぉ!
ここから出してくださいよ!
重い、重いです!」
膝下をジタバタさせる民に、「ごめんごめん」とチャンミンはのしかかっていた身を起こした。
チャンミンは照れ隠しで、乱暴気味に民入りの布団を床に転がした。
簀巻きから自由になった民は、チャンミンの首にかじりついた。
「チャンミンさ~ん」
思いがけない民に、チャンミンは抱きとめるのがやっとだった。
「民ちゃん?」
「甘えてみました」
後ろに倒れ込んだチャンミンの上に、民がのしかかる恰好になっていた。
民はチャンミンの胸に頬をくっつけ、彼の鼓動を聞きとっていた。
(チャンミンさんの心臓の音...早い。
緊張してるんだ...私もドッキドキです)
暗闇で確かめてみることは出来なかったが、チャンミンも民も茹でダコのようだった。
何かあっても困るし、何もないのも困る...二人に共通した気持ちだった。
ふざけてみてはくっ付いてみたりして、照れまくっている二人は甘い雰囲気になるのが怖かった。
(チャ、チャンミンさんとこんなハグ...初めてかも。
コートを着てたから分からなかったけど...やだ...どうしよう)
思い切って抱きついてみたものの、今さらながら下敷きにした胸板の固さに気づいた民だった。
(きゃー!
チャンミンさん...男らしいです)
「落ち着け~」と民は目をつむり、チャンミンにバレないよう荒ぶる呼吸を整えた。
(男の人にくっつくの...生まれて初めて...。
あ。
...でもないか)
民はユンの前でポーズを取った、これまでのことを思い出した。
身体の傾きやひねり、腕の曲げ具合など、口頭での指示だけではまごつくことが多かった。
そのため、ユンは民の腰や肩に手を添えたり、ポーズによっては後ろから抱きかかえるように接触することもあったりして...。
民はハッとした。
(あれは駄目だ!)
今こうして、人生初の彼氏と密着したことで、いかにユン...職場の上司の過剰なスキンシップに疑問を持つようになった。
(でも...。
『やめてください』と言っても、ユンさんには意味がわからないかもしれない。
ヌードのモデルさんばっかり見てる人だから、きっと下心なんてないんだろうなぁ。
毅然とした態度をとったところで、『なんて自意識過剰で被害者意識強い奴なんだ』って思われそう!
ああ、どうしよう...リアさんのことも思い出してしまった。
せっかくチャンミンさんとくっ付いているのに、ユンさんとか、リアさんとか...考えるのは止めにしよう)
民の後頭部から背中へと、チャンミンの片手が往復する。
そのスローテンポな動きと、触れるか触れないかの優しいタッチに、身体の力が抜ける。
(チャンミンさんの胸...暖かくて気持ちがいいなぁ)
一方チャンミンはというと、大好きな人とぴったり密着していて、反応せずにはいられない。
チャンミンの胸に民の頭があり、彼の件の箇所は彼女の胸の下にある。
(よりによって民ちゃんの胸がちょうど...。
胸が大きいとか小さいとか関係ないんだ)
ところが、興奮の徴をチャンミンは、民にバレてしまっても構わない、と思っていた。
(民ちゃんのことだから、反応しなければしないで、『どうせ私なんて...』と気にするだろう。
どんな言葉で僕をからかうのだろうなぁ。
『チャンミンさん、当たってます。
暴れん棒が当たってます。
”坊”じゃないですよ、”棒”の方ですからね。
よかった、私の身体でもその気にさせられるんですね』とか、言うんだろうなぁ)
うす暗闇では、聴覚と触覚、そして嗅覚が研ぎ澄まされる。
衣擦れの音、呼吸音、火照った皮膚...互いの香り。
指先に触れた、微かな引っかかりは傷痕だ。
民を愛おしむ感情で、チャンミンの胸はいっぱいになった。
待てども、民のからかいの言葉は飛んでこない。
「このままじゃ風邪をひくから...。
...民ちゃん?」
チャンミンの胸の上で、民は眠りについていた。
もうしばらく健やかな寝息を聞いていたくて、チャンミンは身体を動かせずにいた。
(つづく)