(29)NO? -第2章-

~ユン~

 

眠る女のうなじから腕を引き抜いた。

彼女は美しいが個性に欠けるが、それでもこの1年、モデルとして使い続けてきたわけは、彼女の身体に夢中になっていただけのこと。

ひとりの女、もしくは男を側に置き過ぎた結果、リアという名の(二流どこのモデル)この女は俺に執着し出した。

気持がなくなったから別れようと宣言したのは数カ月ほど前だったか。

作品へと昇華できるだけの魅力を引き出し終え、飽きがきていた頃だった。

別れを決定づけたのが、民というひとりの青年の登場だった。

 

ひと目見て、モデルにしたいと思った。

中性的な見た目にまず惹かれ、俺の誘いにのって、俺を追って田舎を出てきた行動力と純朴さに驚かされた。

ひととおり恋愛の真似事をしながら、ひととおりのポーズをつけさせ、ひととおりの作品が仕上がったところで手放す...いつものプランが、民には通用しない。

通用するか確かめる以前に、恋愛の真似事の入り口にも立てずにいる。

動揺させる言葉をいくつか吐き、キスをひとつふたつくれてやっただけで、中断している。

 

民の魅力のひとつが、無防備さだ。

見た目からして危なっかしい。

男なのか女なのか分からない。

本人もどちらなのか決めかねているのでは?

 

俺に任せてくれるなら、どちらなのかを決める手助けをしよう。

騙されやすいとも違う、無知とも違う...より深く民と付き合えば、無防備だと感じてしまう他の理由が見つかるのではと期待している。

 

突然の俺の告白に、リアは真っ青になった。

いかにも勝ち気そうな彼女は、おそらくフラれた経験はほとんどないのではないか。

俺を引き止めるための嘘に決まっているが、俺の子を妊娠した、と詰め寄ってきさえした。

さらには、住まいを引き払い、俺の部屋に転がり込んできた。

追い出しもせず住まわせている俺とは、なんと情が深く優しいのだ...とは、感心できないのが俺という男。

俺の部屋に好きなだけ住んでいればいい。

ただし、俺は新しい恋人をお構いなく連れ込み、家じゅう場所も時も問わず抱き合うだろう。

その光景に耐えられるのなら、好きなだけ住んでいればいい。

 

と、嘆息していたところ、面白いことが起きかけているのに気づいた。

新しいモデルがどんな容姿を持った者なのか、リアは興味津々だったはずだ。

嫉妬心をむき出しにしたリアが、制作中のアトリエに乱入されたら困るからと、アトリエには絶対に顔を出さないよう約束させていた。

一緒に暮らしていながらつれない俺の言動に焦燥と不安をつのらせてきたリア。

新しいモデルに心変わりしてしまったのでは?どんな人物か?

とうとう好奇心と嫉妬心に負けてしまったようだ。

そして、アトリエへ上がってきた民に気づいた時のリアの表情ときたら。

目下のターゲットである民と、過去の女リアが知り合いだったらしい。

民についても、この場でリアが居合わせたことに非常に驚いたようだった。

共通点がなさそうな二人が、どこでどう知り合ったのか興味はあったが、それよりももっと強い動機で心躍る自分に気づいた。

 

二人が知り合い関係であるからこそ、これから面白くなる。

例えば、リアの目の前で民の腰を抱いた時、リアの反応。

彼女の性格なら、俺じゃなく民に詰め寄るだろう。

 

それから、民の反応。

男慣れしていないウブさと、恋人がいるのに俺に触れられて感じてしまう自分...恋人への罪悪感に苦しむ姿。

 

もっと面白くさせる要素が、チャンミン青年だ。

民とは双子以上に酷似した見た目なのに、赤の他人同士だという。

民にちょっかいを出す俺を睨む目に、過保護な兄貴以上の敵意がこもっていた。

確か、仕事が見つかるまで一時的に彼の部屋に暮らしていたと言っていたような...。

 

民の恋人は...チャンミン君だ。

面と向かって尋ねてはいないが、この二人は極めて分かりやすい。

今週末、民とチャンミン君が、ポーズをとりに俺のアトリエにやって来る。

リアには、「新しい作品制作に集中したい。絶対にアトリエには来ないように」と念を押しておけば、抑えられない好奇心でアトリエを覗きにくることは確実だ。

 

瓜二つの青年が二人。

二人とも美しい顔をしている。

 

リアという女は自身の容姿に自信を持っている。

自分と釣り合うだけの容姿の持ち主だけが、自分の隣に立つ資格があると考えそうな女だ。

そんな彼女は、見た目が優れているチャンミン君に興味を持つかもしれない。

もしこうだったら面白いのに、と思う展開がある。

チャンミン君とリアが知り合いだったら...まさかね。

俺が興味を持っているのは、民だけだ。

チャンミン君とリアには、右往左往してもらうことにするよ。

 

(つづく)