(41)NO? -第2章-

 

~民~

 

私はフリーリングの床の上に正座をして、リアさんの用事が終わるのを待っていた。

チャンミンさんとリアさんが暮らしていた2LDKは現在、がらんとしている。

リアさんは洗面所の扉を開け閉めしたり、化粧品らしい物ががちゃがちゃいう音をたてている。

数日前、私がチャンミンさんとお付き合いすることになった夜、リアさんに誘われたけれどこの部屋に上がらなかったから、こうも殺風景になっているとはと驚いた。

大型家具や家電はあるけれど、日用品や装飾品の多くが床に下ろされ、蓋のあいた段ボール箱があちこちに置かれてあった。

リアさんは引っ越し準備途中のようだ。

開け放たれた寝室からは、クローゼットから洋服と靴箱が雪崩を起こしている。

ほこりがふわふわ舞っているし、キッチンカウンターに空き缶や汚れたグラスが置きっぱなしになっている。

私が引っ越して行った頃と比較して、酷い有様だ。

チャンミンさんもいなくなり、ユンさんとうまくいかなかったりして、荒れてるのかなぁ...。

 

「飲む?」

 

紙袋を下げたリアさんが、私に差し出していたのはミネラルウォーターのペットボトルだった。

喉は乾いていなかったけれど、礼を言って素直に受け取った。

 

「必要なものはありましたか?」

「ええ。

スキンケア用品と服をいろいろ。

ユンの家には最低限なものしか持って行ってなかったから」

 

リアさんはソファにどすんと腰掛け、長く形のよい脚を組んだ。

チャンミンさんはこの脚を目にし、「綺麗だ」と思って触ったのかな...。

 

イヤだ...すごく嫌だ。

 

いけないいけない。

Mさんといいリアさんといい、私は自分で自分の嫉妬心を煽ることばかり考えている。

片想いだったのが...私の場合は、恋心に確信を持てずにいただけだけど...両想いになった以降、恋心を曇らせる感情の存在を知った。

それは嫉妬心だ。

チャンミンさんなら大丈夫だと信じていれば、嫉妬心なんて湧いてくるはずはないんだろうな。

信じる気持ちが弱いのかな。

心が狭くていやになるな。

えっちをすれば、一体感が生まれて 嫉妬心に苦しむことはなくなるのかな。

女の子らしく生まれたかったな。

 

「民さん」

 

切なくなっていたところ、リアさんに声をかけられたおかげで自身を卑下する考えの暴走をストップさせることができた。

 

「ユンと私のこと...何も質問しないのね?」

 

ユンさんはリアさんのことをよい風には言っていなかった。

 

「びっくりしましたけれど、妊娠はお芝居だったと教えてもらった時に、そのぅ...チャンミンさんの他に付き合っている人がいたってリアさんは言ってて...もごもごもご」

「はっきり言っていいわよ。

そうよ。

チャンミンとユンと同時進行だったわ」

 

悪びれないリアさんに、腹がたつよりも呆れる気持ちの方が強かった。

 

「どちらが先でしたか?

チャンミンさんと、ユンさんと...?」

「チャンミンよ」

 

リアさんの言葉にホッとした。

でも、『チャンミンさんとユンさんと、どちらが本気だったのか?』とは、怖くて訊けなかった。

チャンミンさんと私は半年も共に過ごしていないけれど、彼の性格はそれとなくは分かってきたつもりだ。

きっとチャンミンさんのことだ。

一生懸命に、かつ楽しんでこの部屋を整えたんだろうなぁと、その姿を容易に想像できたから。

チャンミンさんを大事にしなかったリアさんが許せなかった。

 

「モデル以外でしていた仕事があって、そこでユンと知り合ったのよ。

モデルに誘われて、週2ペースで通っているうちに、そういう関係になったの。

チャンミンは鈍いから、全然気づかなかったわ」

「もう止めてください」

私を耳を両手で覆った。

「どうして私に教えてくれるんですか?

私にはわかりません」

「そうねぇ。

チャンミンは出て行ったし、ユンも私と別れたがっているし...話を聞いて欲しかったんでしょうね」

 

「別れたがってる...?

ユンさんが?」

初耳のフリをして尋ねてみた。

 

「飽きたんだそうよ。

モデルとして使いつぶした挙句、不要になったのよ。

酷い男ね」

 

プライベートのユンさんは、悪い男のようだ。

私を手の平でコロコロ転がすのは、赤子の手をひねるかのようだっただろう。

チャンミンさんが私に怒っても当然だ(ごめんなさい、チャンミンさん)

「さっき久しぶりにチャンミンに会って驚いたわ。

おどおどしていたのが、明るく可愛らしい表情になっていたわね。

失って初めて分かったわ、いかにチャンミンがいい人だったか」

 

(そうよそうよ!

チャンミンさんはと~ってもいい人なのよ)

 

「民さん」

「はい」

「今さら遅いでしょうけど、チャンミンとやり直せると思う?」

「...は...?」

「この部屋も出なきゃいけないし、ユンのところもいつ追い出されるか分からないし...チャンミンのところに住めないかな...なあんて」

「!!」

 

リアさんのびっくり発言に、私の口はあんぐりだ。

リアさんはソファから下りると正座し、私の手を握った。

 

「!!」

「あなた、彼の兄弟でしょ?

それとなく、訊いてみてくれないかしら?

私はチャンミンじゃないと駄目みたいだって。

住むところが無くなりそうで、とても困っているって。

伝えてくれないかしら?」

 

煮えたぎった怒りの油が、私の足から頭のてっぺんまでぐんぐん上昇していった。

両耳の穴から蒸気が吹き出した。

 

「わ、私はっ!

チャンミンさんの兄弟じゃないです!」

 

私の突然の大声に、リアさんは目を丸くしている。

 

「男じゃないし、女です!

こんなですけど、女です!」

「嘘でしょ...」

「嘘じゃないです!

それからですね、それからですね!

私はチャンミンさんの『彼女』です!

お付き合いしてます!」

「えっ!?」

「笑いたければ笑って結構です。

私の『彼氏』はチャンミンさんです!

ラブラブなんです!!」

「......」

私はすくっと立ち上がった。

「チャンミンさんを大事にしてくれない人は、私っ、嫌いです!

大嫌いです!!」

私はポケットから出した車のキーをリアさんへと投げた。

 

「ひとりで帰ってください!」

「なんですって!?」

「私はとても怒っています!

私は歩いて帰ります!」

私は唖然としたリアさんを残してずんずん足音荒く、部屋を出て行った。

 

(つづく)