【26】NO?

 

~帰りたくない~

 

 

「はいはーい。

 

チャンミンさん!

 

もうすぐ帰りますよー。

 

今、向かってますよー。

 

何か買って帰りましょうか?

 

え?

 

え?

 

今からですか?

 

もう23時ですよぉ。

 

明日は休みですけど。

 

うーん、いいですよ。

 

え?

 

どこにいるんですか?

 

え?

 

それじゃあ、分かりません。

 

駅の裏ですか...。

 

裏ってどっちの裏です?

 

北口がどっち側なのかが、既に分かんないんですよ。

 

待ってくださいよー、今地図を見てますから。

 

おー、分かりました。

 

デパートがある反対側ですね。

 

今から向かいますね。

 

うーん...どうやってそっちへ行けばいいんですか?

 

地下道?

 

その地下道がどこにあるのか分からないんですよ...あっ!

 

線路の下のところですね...。

 

ありました...薄気味悪いんですけど。

 

大丈夫ですか、ここ?

 

カツアゲとかされませんよね...。

 

ストップ?

 

ここで?

 

こんな不気味なところで待つんですか?

 

嫌です。

 

駅に戻っていいですか?

 

早く来てくださいよ。

 

チャンミンさん、走ってるんですか。

 

はい、急いでくださいね。

 

あ!

 

チャンミンさん、発見です!

 

ここです!

 

チャンミンさ~ん!」

 

携帯電話を耳に当てたチャンミンと、民が合流した。

 

サーモンピンクのシャツに白のスキニーパンツ姿(全身チャンミンからの借り物)の民と、黒い部屋着にビーチサンダル姿のチャンミンだった。

 

「民ちゃん...」

 

民を一目見た途端、駆け寄ったチャンミンは安堵のあまり民にしがみついてしまった。

民の二の腕をつかんで肩に額をつけたチャンミンを、民はまじまじと見つめていたが、ため息をついた。

 

「チャンミンさん。

酔っぱらってますね。

真っ赤ですよ」

 

「民ちゃん...」

 

「お酒臭いですよ」

 

「......」

 

「もう遅いですから、お家に帰りましょうよ、ね?」

 

「帰りたくない」

 

「へ?」

 

「帰りたくない」

 

チャンミンは民の肩に額を押しつけたままつぶやいた。

 

「チャンミンさん...」

 

「今夜は、家に帰りたくない」

 

「リアさんと何かあったんですか?」

 

「......」

 

「...そうですか」

 

察した民は、肩の上のチャンミンの頭に手をおいた。

 

チャンミンの洗い髪が民の頬をかすめ、チャンミンがかいた汗の匂いに民はドキリとした。

 

民にとってのチャンミンは、大人で余裕がある頼もしい人だったから、民の肩にすがるチャンミンの行動にとまどってもいた。

 

「チャンミンさんもリアさんも辛いですね...。

そうですか。

帰りたくない、ですか...」

 

よしよし、とチャンミンの後頭部を撫ぜた民は、

 

「朝まで飲みますか?

でも、あいにく私はお酒が強くないんですよ。

知ってますよね?」

 

民の肩に伏せたままのチャンミンは、身動きしない。

 

「チャンミンさんも、たっぷり飲んだみたいだし。

これ以上は、よくないですよ」

 

「帰りたくない」

 

「困りましたね...」

 

民は周囲を見回していたが、

 

「いいこと思いつきましたよ」

 

チャンミンの肩を叩いた。

 

「あそこ!

あそこにお泊りしましょう!」

 

「泊まる!?」

 

チャンミンの顔が素早く持ち上がった。

 

(ミミミミミミミンちゃん!?)

 

民が指さす先に チャンミンはフリーズした。

 

深酔いしたチャンミンの頭でも、民ちゃん発言が突拍子もないと認識できた。

 

「私、入ったことがなかったんですよね、ああいうところ」

 

民は自身の思いつきに満足そうで、声が弾んでいた。

 

「民ちゃん...」

 

「後学のために、見学してみたいです。

さささ、チャンミンさん行きましょう」

 

チャンミンと腕を組むと、民は元気いっぱい歩き出した。

 

「そんなの、よくないよ」

 

(今の僕は民ちゃんと『そういう関係』になるわけにはいかないんだって!)

 

「民ちゃん...駄目だよ」

 

民に引きずられまいと抵抗するチャンミン。

 

「チャンミンさーん。

お家へ帰りたくないって駄々をこねたのは、チャンミンさんですよ」

 

「民ちゃん、僕らは...まだ」

 

「チャンミンさん!

何を想像しているんですかぁ?

チャンミンさんも、えっちですねぇ。

お泊りするだけです!」

 

「うっ...」

 

「そんなに嫌なら、お家に帰りましょうか?」

 

回れ右をして歩き出そうとする民の腕を、チャンミンは引っ張る。

 

「帰りたくない...」

 

「ほらね?

行きますよ!」

 

ふんと民は鼻を鳴らすと、チャンミンの肩に腕を回してずんずん歩き出した。

 

(全くチャンミンさんときたら、甘えん坊さんですね!

私がしっかりしないと!)

 

(そうだった。

民ちゃんは大きい身体してるから、力持ちだったんだ...)

 

チャンミンは民に引きずられるようにして、怪しくライトアップされたアーチの下をくぐったのである。

 

 


 

 

「さてさて、チャンミンさん!

どのお部屋にしましょうか?」

 

チャンミンは民の足元でしゃがみこんでいた。

 

「おー!

すごいですよ、プールがありますよ、このお部屋!

...でも、お高いですね。

もうちょっと、リーズナブルなところにしましょうね」

 

「好きなところを選んだらいいよ」

 

「了解です」

 

ぐらぐらする視界の端で、民がパネルに並ぶ写真の中から品定めをしている。

 

後から入ってきた20代カップルが、民とチャンミンの姿を見てぎょっとしたようだった。

 

民は後ろに下がって、彼らに先を譲った。

 

カップルは、民とチャンミンをちらちらと不躾に見ている。

 

(そうだった。

僕らは双子に見えるんだった。

いろいろと誤解されてるんだろうなぁ)

 

チャンミンはとろんとした目付きで、20代カップルをエレベータの扉が閉まるまで見送った。

 

(僕は全然構わないけれど)

 

「ピンクのお部屋にしました。

ほら!立ってください!

行きますよ」

 

チャンミンは差し出された民の手を握った。

 

点滅するライトを頼りに、目当ての部屋を探し当てドアを開ける。

 

「わあぁ...!」

 

目をキラキラ輝かせて立ち尽くす民をすり抜けて、チャンミンは中央に据え付けられた円形のベッドに倒れこむ。

 

(メンタルが弱っていると、駄目だな。

あれっぽっちの量でここまで酔っぱらうとは!)

 

合成繊維のすべすべするベッドカバーに、じっとり火照った横顔をくっつけて、部屋の設備を1つ1つチェックする民を、ぼーっと眺めた。

 

「サービスでご飯が食べられますよ。

あとで注文しましょうね」

 

ラミネートされたメニューを手に、ワクワクを隠し切れない民が歌うように言った。

 

「さて、と。

チャンミンさんはお風呂はどうします?」

 

「家でもう入ってきた」

 

チャンミンはくぐもった声で答える。

 

「了解です。

私はお風呂に入ってきますね」

 

民はチャンミンのビーチサンダルを脱がせ、ベッドカバーでチャンミンを包んだ。

 

「チャンミンさんは、寝ててくださいね」

 

そう言って民はバスルームに消えた。

 

「ひゃー。

すごいですよ、チャンミンさん!

お風呂、広いですよー。

ライトアップできるんですねぇ」

 

チャンミンはうとうとしながら、民のはしゃぐ声を聞いていた。

 

「一緒にはいりませんかぁ?」

 

(は!?)

 

チャンミンの目が瞬時で開く。

 

「冗談でーす」

 

(民ちゃんったら...全く。

僕は一体どうして、『今』、『民ちゃんと』、『ラブホテル』にいるんだ?

民ちゃんは悪くない。

一人になりたくて街に出てきたのに、独りは寂しくて、民ちゃんを呼び出してしまった。

民ちゃんの顔を無性に見たくて...。

僕が『帰りたくない』と言い張って、民ちゃんを困らせたくて。

民ちゃんったら...解決方法が面白すぎる)

 

 

(つづく)

 

彼女とのHeaven's Day