【33】NO?

 

~君が危ない~

〜民とユン〜

 

 

「あさっての夜は、空いてる?」

 

定時になって、帰り支度をしていた民にユンは尋ねた。

 

「あさってですか?

はい、空いてます!」

 

「俺との約束を覚えている?

君に美味しいものを食べさせないと、って」

 

「はい!

覚えてます!」

 

リュックサックを背負った民は、姿勢を正して直立不動になる。

 

「デートの約束があったんじゃないの?」

 

「まっさか!」

 

ユンは、オフィスとアトリエを繋ぐ螺旋階段の柱にもたれて、慌てる民の様子をからかう目で見た。

 

「あれ?

ユンさん、粘土がついてますよ」

 

撮影を終えた後、ユンはアトリエで作品作りに没頭していた。

 

髪が汚れないよう、うなじの辺りで長いストレートヘアを結んでいるため、ユンの精悍な顔が眩しくて、民はユンを真っ直ぐ見られない。

 

「どこ?

ここ?」

 

頬や顎を撫でるユンに、民はくすりと笑って「ここです」とこめかみの辺りを指さした。

 

「どこ?」

 

「ここです」

 

場所が分からない風のユンを見かねて、民はユンのこめかみに付いた白い汚れを人差し指で拭った。

 

(きゃー、ユンさんに触ってる!)

 

「!」

 

民の手がユンの大きな手で包まれて、反射的に手を引っ込めようとした民の手を、さらに強く握りしめた。

 

「俺のモデルになってくれるね?」

 

「あの...でも...」

 

「なってくれるよね?」

 

民はユンの刃物のように鋭い目に射すくめられたようになって、こくりと頷いた。

 

「いい子だ」

 

「ひとつ気になることがあります」

 

「なんだい?」

 

「モデルって言うと...服を脱ぐんですか?」

 

「そうなるだろうね」

 

「えっ!」

 

握った民の手を離すと、ユンの指が民のシャツのボタンに触れた。

 

「全部脱がなくてもいい。

胸元だけだ。

だから、安心していいよ」

 

オフィスのドアを閉めた民は、心臓が早く打つ胸を押さえて、大きく息を吐いた。

 

(どーしよー!)

 

 


 

 

〜チャンミンと民〜

 

 

「ただいま、です」

 

チャンミンはダイニングテーブ上のノートPC画面から顔を上げ、民に「おかえり」と声をかけた。

 

民の髪が、さらに明るくプラチナ色になっていて、チャンミンはポカンとして民を視線で追ってしまう。

 

(民ちゃんが、民ちゃんじゃなくなってきた!)

 

「くたくたです」

 

民はソファにバタリと身を投げ出すように倒れこんだ。

 

「真っ白だね。

何か飲む?

先にお風呂に入る?」

 

ひと昔前の、帰宅した夫を出迎える妻みたいだな、と思いながらチャンミンは、よく冷やしたジャスミンティを注いだグラスを持って、ソファの下に座った。

 

「ありがとうございます」

 

身を起こした民は、チャンミンからグラスを受け取ると、あっという間に飲み干した。

 

「生き返る~」

 

(ユンさんの前では、恥ずかしくてがぶ飲みなんて出来ない)

 

「......」

 

空になったグラスをじっと眺めていた民だったが、今度はチャンミンをじろじろと見始めた。

 

部屋着のチャンミンは、半袖Tシャツ、ハーフパンツ姿だ。

 

「?」

 

「チャンミンさん。

立ってくれます?」

 

「どうしたの、民ちゃん?」

 

「お願いですから、立ってください。

スタンダップです!」

 

「わかった」

 

民の勢いに負けてチャンミンは立ち上がる。

 

(何をしたいのか、全然予想がつかないんだけどな)

 

民も立ち上がり、チャンミンの背後に立った。

 

「チャンミンさん...」

 

「!」

 

民の吐息がチャンミンの耳の後ろにかかり、チャンミンの全身に鳥肌がたつ。

 

民の両手がチャンミンの脇を通って前へ回された。

 

「!」

 

そして、チャンミンの胸の上で止まった。

 

チャンミンの背中に、民の身体がぴたりと密着している。

 

「ミミミミミミミンちゃん!」

 

チャンミンは後ろから民に抱きつかれた格好となったのだった。

 

 

(つづく)

 

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