【81】NO

 

 

「驚き過ぎです。

私たちは恋人同士なんでしょ?」

 

唇を尖らせた民が、チャンミンの方へずいっと顔を寄せた。

 

「んーー」

 

「待って、民ちゃん。

ここは病院だよ。

そういうことは控えた方がいいよ」

 

(これは以前、僕が勘違いしてしまった『キスできますか?』じゃない。

正真正銘の『キスして下さい』だ!)

 

「んー」

 

チャンミンを無視して、民はもっと顔を近づけた。

 

(ふふふ。

チャンミンさんはどうするかな?)

 

チャンミンの至近距離に、目をつむった民の白い顔が。

 

まつ毛が長いな、などと冷静に観察してしまうチャンミンだ。

 

(目を閉じるとよく分かる。

民ちゃんって...本当に綺麗な顔をしてる..)

 

「まだですか?」

 

(ど、どうしたらいいんだ。

民ちゃんはすっかりその気になってる。

僕が衝動的についた嘘が、現実のことになってきてしまった。

...ええい!)

 

チャンミンは民の両肩を引き寄せる。

 

(ひー!

チャンミンさん、『病室でそういうことは止めようね』を貫いてくださいよ!

ダメだって、拒否してくださいよ!

ホントのホントに、キスしちゃうんですか?

どうしてこんな流れになっちゃったの?

あ。

私のせいだ。

私がふざけたことを言っちゃったから...。

どうしよう、苦しい...胸が苦しい...)

 

チャンミンは民の唇目指して、顔を傾けた。

 

「そろそろ消灯時間ですよ!」

 

「!!」

「!!」

 

カーテンが勢いよく開いて、看護師が咎めるように二人に言い放つ。

 

二つの同じ顔に振り向かれて、看護師はぎょっとした顔をした。

 

そして、『双子同士の恋...禁断の恋だわ...』と思ったのであった。

 

チャンミンが慌てて立ち上がった勢いで、折りたたみ椅子が床にバタンと倒れた。

 

「静かにしてください!」

 

「すみません!

今すぐ帰りますから」

 

(助かった...)

 

チャンミンは倒れた折りたたみ椅子を壁に立てかけ、シャツの胸元をつかんで仰いだ。

 

(暑い。

興奮と緊張と動揺で、全身が燃えそうに暑い)

 

「明日、また来るね」

 

チャンミンが帰ると聞いて、民は心細い気持ちになる。

 

「明日...多分、退院だと思います」

 

「それはよかった。

...でも、帰りは?

Tが迎えに来るのか?」

 

「お兄ちゃんは仕事があるので。

一人で大丈夫です。

一人で帰れます」

 

「怪我をしたばかりなのに、それは駄目だよ」

 

「大した事ないです」

 

「うーん...。

よし!

僕が迎えに行くから」

 

「でも...チャンミンさんもお仕事でしょう?」

 

「大丈夫。

ちょうどひと段落ついた時だから。

有休もたまってるし。

迎えに行くから、安心して」

 

「いいんですか...?」

 

「うん。

だから、僕に任せて」

 

「あ!」

 

「どうした?」

 

「お洋服が...ないかも...です。

靴もありません」

 

流血でTシャツは汚れている。

 

スニーカーも現場で落としてきたのか、片方が行方不明だった。

 

「適当に見繕って持ってくるよ。

ほら。

民ちゃんは僕と住んでるんだよ」

 

「そうでした...ね、そう言えば」

 

「なんでもいいよね?」

 

「服は何でもいいです。

クローゼットの引き出しの一番上にあります」

 

「了解。

...ん?」

 

カーテンの向こうへ歩を進めかけたチャンミンの脚が止まった。

 

(引き出しの一番上?)

(しまったー!!!)

 

チャンミンは振り返る。

 

民は両手で口を覆っている。

 

「!!」

「!!!」

 

ふっと枕元灯が消え、足元の常夜灯だけになった。

 

互いの表情が見えなくなる。

 

「消灯時間ですよ」

 

先ほどの看護師がまた顔を出し、チャンミンの背後に回って退室させようとした。

 

「すみません」

 

チャンミンはぺこぺこと頭を下げる合間に、民の方を何度も振り返った。

 

(民ちゃん!)

(チャンミンさん!)

 

(恥ずかしー!!

僕らは今まで、何をやってたんだ?)

 

(恥ずかしー!

チャンミンさんの顔をもう見られない)

 

 

(つづく)

 

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