会社員-情熱の残業1-

 

「どうなった?」

 

「何が?」

 

ぬぅっと俺の真ん前に突き出されたウメコの額を、人差し指で突いて奥へ押しやる。

 

ウメコの質問の意味は分かっていたけど、俺は分からないふりをしていた。

 

「チャンミン君のことよぉ。

で、どうなった?」

 

俺は今、バー『ウメコ』のカウンター席について(もっとも、カウンター席しかない)、厚化粧のウメコと対峙している。

 

ウメコは男で、当然「ウメコ」は本名ではない。

 

高校生の時、ふざけてつけたあだ名が定着してしまい、脱サラして始めたバーの名前も「ウメコ」だ。

 

ウメコの趣味は魔術、呪術もので、眉唾ものの呪文を唱えたり、得体の知れない液体を作っては俺を実験台にしている。

 

成功確率10%未満のそれらが、つい最近最高傑作を生みだして、それを飲まされた暁に俺が望んでいた結果に近づけた。

 

俺には好きな奴がいて、そいつは同僚で、面倒くさいことに男だったりする。

 

整った顔立ちをしているのに、ダサいヘアスタイルと新入社員みたいな紺のスーツ、堅苦しい敬語を話す男だ。

 

その男の名前はチャンミン、と言う。

 

そんなチャンミンに俺はかなり真剣に恋をしている。

 

その想いを敏感に察したウメコは、俺とチャンミンを騙して変な薬を飲ませたのだ。

 

変な薬とは『恋の媚薬』、つまり『惚れ薬』。

 

2人一緒に飲むと、相思相愛になるのだとか。

 

うさん臭さ300%のシロモノだったのに、意外や意外、効果はホンモノだったんだ。

 

もともとチャンミンに惚れていた俺に、その媚薬が効くはずがない。

 

ところが、チャンミンには、恐ろしい程に媚薬が効いた。

 

「好きです」と告白され、しなだれかかり、しまいには俺にキスをしてきた。

 

展開の早さについていけなくて、どぎまぎしているうちに、チャンミンの奴、俺を置いてひとり帰ってしまったのだ。

 

媚薬の効果は12時間、翌朝には消えてしまうシロモノ。

 

けれども、俺に対して抱いた恋心や、繋いだ手、キスした感触の記憶は残っているはずだと、ポジティブに解釈した。

 

「で、どうなったのよ?」

 

カウンターに肘をついてぼーっとしたままの俺に、しびれをきらしたウメコは俺の肩を力任せに突く。

 

ウメコは100㎏級の巨体だから、力も強い。

 

「いってえな!」

 

「次の日はどうだったのよ?」

 

「俺に弁当を作ってきた」

 

「うっそぉ!!

凄いじゃないの!」

 

「ま、まあな」

 

 

媚薬の翌朝、チャンミンから電話があった、それも午前5時。

 

常識の塊みたいな奴のくせに、電話をかけてくる時間じゃないだろう?

 

着信音でたたき起こされて、寝ぼけと不機嫌度MAXだったのが、チャンミンの声を聞いた途端、しゃきっと目が覚めた。

 

まず開口一番に、「苦手なものはありますか?」と尋ねられて、

 

「...香水臭い女」と、同課のA子を思い浮かべて答えたら、

 

「違います!

食べ物のことです!」とチャンミンの大声。

 

「特にないよ」

 

「了解です」

 

そして、ぷつりと通話が切れてしまった。

 

「なんだ、あいつ...?」

 

チャンミンの電話は、さっぱり意味不明だったけど、電話を貰えたことは滅茶苦茶嬉しかったのは確実。

 

ウキウキで出社して、即チャンミンを見つけ、「おはよう」と言い終える前にチャンミンに腕を引っ張られて、給湯室に連れ込まれた。

 

(おいおいおいおい!

給湯室でキスでもするのか?)

 

なんて期待してしまう俺は、どうかしてる。

 

ビールをがぶ飲みしていたはずなのに、チャンミンはすっきりとした顔で、今日もびしっとスーツを着込んでいる。

 

「ユンホさん。

本日のご予定は?」

 

「えっと...A社に新商品の提案に行って...B社には謝罪の念押し...それから、出荷場をのぞきに行ってくるくらい、かな」

 

「ふむ。

ということは、車を使いますね」

 

チャンミンは満足そうに大きく頷いている。

 

「そうなるね。

それがどうかしたのか?」

 

「僕はその...ユンホさん、引かないでくださいね」

 

「?」

 

「じゃーん!」

 

(『じゃーん』?

今、『じゃーん』って言ったか?)

 

俺の目前に突き出されたのは、風呂敷包みのでっかいもの。

 

「何?

B社へお詫びの品か?

あそこへは、とっくの前に持っていったぞ?」

 

このサイズ、フルーツバスケットかな、と。

 

つい先週、俺はB社相手にとある失敗をしでかしてしまったのだ。

 

「違います!」

 

俺と背丈は変わらないのに、なぜか上目遣いでむぅっと膨れている(か、可愛い)。

 

「これはお弁当です!

ユンホさんの為に、作ってきました」

 

「弁当!?」

 

チャンミンに手渡された、ずしりと重くかさばる包みを見下ろす。

 

「昨夜、僕、言いましたよね。

ユンホさんにお弁当を作ってあげたいって。

だから、作ってきました」

 

これは昼の弁当サイズじゃない、数人分の運動会やお花見レベルだ。

 

「ピクニックに行くんじゃねぇんだぞ?」

 

素っ頓狂な声を出した直後、「しまった」と後悔してしまったのは、チャンミンが心底悲しそうな顔をしていたから。

 

「迷惑...ですよね...。

すみません...出過ぎた真似をしました...」

 

「ごめんごめん!」

 

しゅんと、なで肩をもっと落として、頭を垂れてしまったチャンミンの肩を揺する。

 

「すげぇ、嬉しいよ!

ありがとう!」

 

「ホントですか!?」

 

即行頭を上げたチャンミンは、目をキラキラとさせていた(か、可愛い)。

 

「嬉しいよ。

量が多くてびっくりしただけだ」

 

「すみません。

ユンホさんの好みが分からなくて、全ジャンルを網羅してみたら、つい作り過ぎてしまいました。

お昼に食べてください」

 

チャンミンはてへへ、っと鼻の頭をかくと、くるりと回れ右をして給湯室から去っていってしまった。

 

(こんなに沢山...どうしよう...)

 

残してきたりなんかしたら、チャンミンを悲しませてしまう。

 

知恵を絞った俺は、昼間際に出荷場のある自社倉庫に立ち寄り、そこのスタッフたちと共にこの巨大弁当を食べたのだった。

 

帰社後、給湯室で汚れた重箱を洗いながら、若干ズレてはいるが、チャンミンの心遣いにじんときていた。

 

空っぽになった弁当箱に、チャンミンは指先をぴんと揃えた両手で口を覆い、「まあ」といった風に目を丸くしていた。

 

両眉をめいっぱい下げて、それは嬉しそうな表情だった。

 

ちゃんとお礼を言っていなかったことに気付いて、「ありがとう」と空の弁当箱を返したんだった。

 

思い出すだけでニヤけてしまうエピソードだ。

 

(つづく)

 

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