(4)会社員-情熱の残業-

 

 

箸を上げ下げする動作に合わせて、チャンミンの頭が動く。

 

「......」

 

もぐもぐと咀嚼する俺の口を、チャンミンはじぃっと凝視している。

 

「......」

 

ちらりと隣を見ると、お祈りポーズをとるチャンミンと目が合う(何かに集中していると、口がぽかんと開いてしまうのが、チャンミンの癖らしい)。

 

「食べづらいんだけど...?」

 

やんわりとした苦情はチャンミンには通じない。

 

「それ...苦手ですか?

隅によけてますよね?」

 

「んー...苦手...じゃ...ないよ」

 

「嘘はいけませんよ。

明日からそれはナシにします」

 

「え!?

明日も作ってくれるの?」

 

俺たちは夫婦か!?と、心の中で突っ込みを入れてしまったが...。

 

「迷惑ですか...?」

 

チャンミンの表情が、一瞬で泣き出しそうなものになる。

 

「まさか!

感謝カンゲキ雨あられ、だよ」

 

(ウメコ、サンキュー。

 

媚薬の効果が未だ残っているなんて、俺はもう思わない。

 

チャンミンは元から、俺に対して淡い恋愛感情を持っててくれたんだ、そうに違いない!

 

そうじゃなきゃ、とっくに媚薬が消えた今になっても、愛情弁当の差し入れが続くわけない。

 

未だ面と向かって、気持ちの確かめ合いをしていないんだよなぁ。

 

明日当たり、飲みに誘おうかなぁ...おっと!

 

酔いに任せて、は嫌だ、素面じゃなきゃ意味がない。

 

飲み屋は駄目だ...とは言っても、夜はどの店も酒を出すしなぁ。

 

酒が好きそうなチャンミンのことだ、俺の意図など読めずにがぶがぶ飲みそうだ。

 

『ユンホさ~ん、僕、飲みすぎちゃった。てへ。歩けません。どこかで休憩していきませんか?」』とか...っておい!どうして思考がそっちへいってしまうんだ、俺は?

 

そっか!

 

仕事帰りにどこかへ行こうとするから駄目なんだ。

 

もっとプライベートな時間...休日だよ!

 

休みの日にチャンミン会うのはどうだ?

 

...なんて誘ったらいいかな...王道の映画か?

 

男2人並んで座って、ポップコーンを摘まみながら映画鑑賞か...変だよなぁ。

 

待てよ...チャンミンはどんなジャンルが好きなんだろう?

 

イメージ的に、社会派ノンフィクションものの重いやつかなぁ...ラブコメだったら、それはそれで面白いな。

 

『ユンホさん、僕とこんな恋をしてみませんか?』って、耳元で囁いて手を握ってさ...)

 

想像が膨らんでしまい、つい箸が止まってしまっていた。

 

「...ユンホさん?」

 

「あまりに美味くて、さ」

 

「好き嫌いは駄目、とは言いませんから。

僕らは大人です。

好きなものだけ美味しく食べましょう」

 

「そうだな」

 

「炒り卵...タラコを入れてみたんです...どうですか?」

 

「うん、美味い」

 

「鶏そぼろに隠し味が入っているんです。

何だと思います?」

 

「さあ...なんだろ...マヨネーズ?」

 

「違います!

もっとよく味わってみてください」

 

「んー...美味い、としか言えないなぁ。

...ん?」

 

口角が思いっきり下がり、眉間にしわがよってるから、どうやら俺のコメントがお気に召さなかったらしい。

 

つまり、具体的な褒め感想を待っているのか。

 

俺は目を閉じ深く頷きながら「美味い」と言った。

 

「冷めても美味いように、味付けもしっかりしてる。

箸休めのレンコンの甘酢漬けもシャキシャキとした歯触りがいいね。

枝豆の茹で加減もちょうどいい。

飯の間にごま油を塗った海苔が挟んであるのも、味の変化になって食べ飽きないな」

 

本気でコメントをしてみたら、チャンミンは揃えた指で口を覆い、目を真ん丸にしている。

 

「よかった...です」

 

俺こそ「よかった」だよ...脳みそ総動員の感想に、合格スタンプをもらえて。

 

「嬉しいです...。

明日も頑張ります」

 

チャンミンは両手で頬を挟んで、身をくねくねとよじる(か、可愛い)。

 

チャンミンに監視されながらの息詰まるランチタイムを終えた。

 

「俺に伝言って何?」と、チャンミンが食堂まで俺を追ってきた目的を尋ねた。

 

「はい。

僕はサボりたくてここにいるわけじゃありません」

 

チャンミンは、前髪の分け目を撫でつけ整える。

 

よく見るといい男なのになぁ...。

 

眉毛はきりっとしているし、鼻筋も通っている。

 

ヘアスタイルが全てをマイナスに転落させている。

 

その方がいいか...普通っぽくなったら、実はいい男だってことがバレてしまう。

 

ダサくしてろよ、チャンミン。

 

「いいニュースと、悪いニュースと二つあります。

どちらから聞きます?」

 

「いいニュース」と俺は即答した。

 

「ええぇっ!?

悪いニュースから聞かないんですか?」

 

「お楽しみは後に残しとく派か、チャンミン?」

 

「...そ、そうかもしれません」

 

「俺はいいことは先に楽しみたい

いいニュースを教えてくれ」

 

「......」

 

「どうした、チャンミン?」

 

「一般的に言って『悪いニュース』を先にききたがるものでしょう?

ユンホさん、予定外の回答をしないでください」

 

「二択にしたのはチャンミンだろう?

いいニュースって、なに?」

 

「そうでした。

自分から言っておいて今さらですが。

いいニュースだと判断したのは、僕ですので、ユンホさんにとっていいニュースとは限らないわけです。ユンホさんにお弁当を褒めてもらって嬉しくてつい、調子にのってしまいました。あの...もしご迷惑でなければ、僕はいくらでもお弁当を作ります。面倒じゃないです。どうせ自分のものも詰めますので、そのついでです。あ、違います。ユンホさんのがついでという意味じゃなくて、僕の分はユンホさんのお弁当の残りを詰めているので。お弁当箱どうですか?苺柄が可愛くて昨日仕事帰りに買ったんです。お揃いでお弁当包みも買いました。明るい気分になってもらいたくて。苺柄にしたのには深い意味はありません。嘘です。深い意味はあったんです。でもそれは恥ずかしいので今は言えません。もし聞きたければ、教えてあげますけど、ユンホさんが引くかもしれないって、ちょっと不安です。お弁当の話じゃないですよね。いいニュースと悪いニュースの話でしたね。いいニュースとは僕にとってのいいニュースです。ユンホさんに伝えた時点ではよいニュースではないのですが、ユンホさんの返事次第ではいいニュースになるわけです。いいニュースの『いい』は僕視点のことですので、すみません...変なこと言ってすみません。ですから、さっきの僕の発言は忘れてもらいたいです...と言っても、ユンホさんのことだから、そういう訳にはいきませんよね。ここまで引っ張っておいて、今さら無しにはできないってことは承知しています。でも、急に恥ずかしくなってしまって、さっきの発言は忘れていただきたく...。

休憩中のユンホさんの貴重なお時間を割いてしまい、申し訳ありません。

でも、事務所では言いにくくて、ここまで追いかけてしまいました。

えっと...」

 

チャンミンは腿に握りしめた手を乗せ、床に視線を落として一気に、ぼそぼそと早口でしゃべっている。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く言えったら」

 

「勤務時間中に言うべきではない内容でした」

 

「余計に聞きたくなってくるじゃないか」

 

チャンミンの言う「いいニュース」の見当がつかない。

 

プライベート面での接触は未だない俺たちだから、仕事関係のことかな、と思った。

 

新提案する予定の商品企画が通ったのかなぁ...それとも、足を引っ張るだけだった後輩Z君が初めて注文をとってきたとかかな、それとも...といいニュースの候補を巡らせた。

 

「仕事の話じゃ...ないのです...」

 

「へ?」

 

 

(つづく)

 

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