(5)会社員-情熱の残業-

 

 

「あの...ユンホさん。

次のお休みは、何か予定はありますか?」

 

 

「んー。

溜まってる洗濯物を片付けたり...食料品の買い出しに行ったり...。

ジャージやスニーカーが欲しいから、探しに行こうかなぁ、とか」

 

 

俺は天井を見上げて、やることリストを挙げてみた。

 

 

媚薬の夜、チャンミンの鍛えた二の腕を目にして、俺も筋トレでも始めようかと決意したのだ。

 

 

「そのプランに、僕も加わっていいですか?」

 

「へ?」

 

チャンミンの言葉に、俺は勢いよく彼の方を振り向いた。

 

 

両腿の上に置いたこぶしをぎゅっと握って、チャンミンは俯いている。

 

 

チャンミンの照れがストレートに現れる耳が、真っ赤になっていた(か、可愛い)

 

 

「ユンホさん!」

 

 

俯いていた顔を勢いよく上げて、俺に真剣な眼差しをぶつけてくる。

 

 

「僕とっ!

デートしてください!!」

 

 

「チャンミン!

声がでかい!」

 

俺はとっさにチャンミンの口を塞いで、周囲を見回した。

 

 

案の定、何人かはこちらに注目している。

 

 

「でぇと?

俺、とか?」

 

「はい...嫌ですか?

僕はご承知の通り、面白げのない人間です。

僕と逢引きだなんて、つまらないかもしれませんが...」

 

 

語尾が消え入りそうで、再び俯いてしまったチャンミン。

 

 

俺はチャンミンの肩を叩いて、腿に視線を落としてしまったその顔を覗き込んだ。

 

 

チャンミン...面白げがないどころか、ツッコミどころ満載なお前は面白すぎる。

 

 

俺は始終、あたふたドキマギさせられて、退屈しないよ。

 

ご当人にしてみたら、全部ガチでやっているから、からかえないけどな(チャンミンを傷つけてしまう)

 

 

「よし!

俺とデートしよう」

 

「ホントですか!?」

 

「あでっ!」

 

 

勢いよく上げたチャンミンの額に、俺の額がまともに衝突してしまう。

 

 

「ああぁ!

すみません...」

 

 

チャンミンを強く意識し出した「おでこゴッチン事件」を、懐かしく思い出した。

 

 

「大丈夫だ」と、額をさすりながら俺は、にかっと笑ってみせた。

 

 

「...これが、『いいニュース』です」

 

 

これのどこが『いいニュース』なのかピンとこなくて、でも「?」な表情を見せたらいけないと思い、チャンミンの続きの言葉を待つことにした。

 

 

「さっきも申し上げた通り、『いいニュース』というのは、あくまでも僕にとっての『いいニュース』なのであります。

 

 

毎日僕のお弁当を食べてくれるユンホさんのことだから、デートのお誘いを承諾してくれると思ったのであります。

 

 

あの...僕の勘違いでなければいいのですが、僕らはその...交際しているわけでしょう?」

 

 

ス、ストレートに来た!

 

 

「僕らの初デートのお誘いですので、きっとユンホさんは喜んでくれるのでは...と。

そして、承諾の回答を得られた僕は、感謝カンゲキ雨あられになるのです。

ですから、僕にとって『いいニュース』なのであります」

 

チャンミン...お前の思考は先読みし過ぎて、複雑だな。

 

「すみません!

お手洗いで気持ちを確かめあった僕らです。

キッ...キッ...キ、キ、キスをしましたし...。

そろそろ、次のステップに進む時が来ているのでは...と?」

 

チャンミン...お前は凄いよ。

 

お茶をこぼして股間を濡らしてしまった状況下で、こんな発言ができるとは!

 

チャンミンは上目づかいで...まつ毛が長いな...か、可愛い...俺をじぃっと見つめた。

 

「間違っていますか...?」

 

「間違ってないよ。

その通りだ」

 

タイミングを見計らっていた俺は、チャンミンに先を越された。

 

「明後日でいいですか?

待ち合わせの時間や、何をするかは今夜決めましょう。

それでよろしいですか?」

 

「了解」

 

チャンミンとデート!

 

トイレで迫られたアレは、チャンミンの「本気」だったんだ!

 

やった...!

 

ぞくぞくと喜びが湧いてくる。

 

 

「では、お次の『悪いニュース』をお話したいと思います」

 

 

俺はコントのように、ガクッとしてしまった。

 

 

言いたいことを言ったら、その場の雰囲気は無視して、即話題を切り替えられる無神経さがある、と心のチャンミン録にメモ書きが加わった。

 

 

「聞きたくないなぁ...」

 

「いいえ!

そういう訳には行きません。

業務上の報告です」

 

 

どうせまた、俺がしでかしたミスの指摘かよ...と腐った気持ちで、テーブルに頬杖した。

 

 

「B社宛の納品分のことです」

 

「嫌な予感がするなぁ」

 

 

B社に関しては、大きな失敗をしたばかりだったため、緊張が高まる。

 

 

「南工場に納品するはずが、北工場に行ってしまった可能性が非常に高いのです」

 

 

「はあぁぁぁ?」

 

俺は叫んで、ガタガタっと派手な音をたてて立ち上がった。

 

 

「なんで先にこのことを教えてくれないんだよ!」

 

 

「ユンホさんが、選択したんでしょう?

『悪いニュース』は後から聞きたいって」

 

 

「そ、そうだけどさぁ」

 

 

「配送業者には転送ができないか、只今問い合わせ中です。

悪いニュースを先に言ったとしても、回答が来るまではどうにもできませんから、安心してください」

 

 

「う―...」

 

「ユンホさんの選択は、結果として正しかったわけです。

こんなトラブルを先に知ってしまったら、僕のデートのお誘いどころじゃなくなりますからね。

もうすぐ...」

 

チャンミンは腕時計を確認する(黒の革バンドのフェイスの大きいもの)

 

「返答が来るはずです」

 

「どうやって知ったんだ?

南工場から連絡があったのか?」

 

 

「はい。

僕が電話に出てよかったです。

あの時、課長もD先輩も事務所にいましたから。

バレずに済んでよかったです」

 

 

「え...。

もしかしてチャンミン、皆に知られずにうまいことやろうとしてた訳?」

 

 

「当然ですよ。

配送違いなんて、あってはならないことです。

あんなことがあったばかりです。

ユンホさんの立場は、僕が守らなければなりません!」

 

チャンミンは「任せろ」といった感じに、自身の胸を叩いた。

 

真面目にそう言っているようだった。

 

「今回の件が発生してしまった原因を、只今追求中です。

配送業者の管理画面と自社の出荷指示書を照らし合わせていたのです」

 

なるほど。

 

事務所内で俺に声をかけられるのを拒んだり、PCを指さしていたのはこのことか。

 

 

「さっき、俺のバッグを指していたのは、何だったわけ?」

 

 

「あれは、お弁当を食べましたか?の意味です」

 

 

「......」

 

 

「お!

ズボンも乾いたところです。

僕は事務所に戻ります」

 

 

「俺は...?」

 

 

「業務課へ行って、出荷伝票の現物を借りてきてください」

 

 

「わかった」

 

 

「くれぐれも、事務所で広げないように!

資料室か、備品倉庫でやってくださいよ」

 

 

「おっけ」

 

 

大股で食堂を出ようとしたチャンミンの長身が、ぴたり、と止まった。

 

 

「ユンホさん。

僕はユンホさんのミスだとは、決して思ってはいませんから」

 

 

「ああ」

 

 

南を北と間違えるはずはない。

 

 

方向が真逆だし、そもそも北工場に納品したことは、過去に一度もないのだ。

 

 

異常なくらいミスが連発していることにもっと、疑問をもつべきだった。

 

 

犯人捜しは後回しだ。

 

 

今やるべきなのは、この事態を収拾させることだ。

 

 

堅物チャンミンがいるから、心強い。

 

 

大丈夫だ。

 

(つづく)

 

 

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