標高が高い地に北工場は位置している。
俺たちは、ふくらはぎまで積もった雪に苦労しながら、件の物を車に積みこんだ。
守衛さんに熱い茶をふるまわれたが、雑談も早々に切り上げて車に乗り込んだ。
吹雪だ。
ヘッドライトに照らされた雪のつぶてで、視界が悪い。
行きに俺たちの車がつけた轍を頼りに山道を下り、幹線道路にたどり着いた時は、2人して安堵のため息をついた。
「ユンホさん、大変です!」
「ああ?」
スマホを操作していたチャンミンが、大声を出したのだ。
ディスプレイが放つ光が、チャンミンの端正な顔を照らしていた。
「高速道路...大雪で通行止めだそうです...」
「マジかよ...」
「一般道を行くしかないですね。
1時間は余分にかかりそうです」
そうなるんじゃないかと予想していた。
そのルートは高速道路を最寄りのICで下ろされた車が合流したせいで、大渋滞が始まっていた。
車列の最後尾につけた俺は、暗澹たる気持ちになってしまった。
俺たちはこの後、荷台の物を南工場へ届けなければならないのだ。
「徹夜だな...」
「ユンホさんと一夜を過ごすのですね」
「チャンミンは楽観主義だなぁ」
「そうでもないですよ」
ぼそっと低い声に、「あれ?」と思った。
「僕は物事を悲観的に見る人間です」
チャンミンはフロントガラスの向こうを見据えたままで、これまでとはうって変わって、笑みを消していた。
「思考が先へ先へと、進むんです。
ばばばっと頭の中に何パターンも浮かぶんです、悪いパターンばかりが。
それは困るから、そこへたどり着かないように、危険を避ける手段を考えます。
でもね、悪いことばかり考えているわけじゃないですよ。
こうありたいっていう良いイメージはちゃんとあります。
理想の姿に近づけられるように、僕は努力します。
一直線です」
「そうなんだ」
「ユンホさんとのことも、そうです。
ユンホさんに近づきたくて、知恵を絞ったんですが、人間相手ですから、頭で考えてどうなるものじゃありません。
僕って、思考と行動がちぐはぐになってしまうんですよねぇ。
心は笑っているのに、顔はしかめっ面なんです」
「あー、そうかもね」
「ふふふ、でしょ?
でもね、ユンホさんといると、僕の石頭と気分が一致してくるんです。
感じたことをそのまま、ユンホさんに見せられるんです。
ユンホさんは、僕をリラックスさせてくれます。
僕...嬉しくって。
そんなユンホさんだから、惹かれたんだと思います」
「...チャンミン...」
「理詰めのジャッジなんて一切無視して、僕はユンホさんに近づきたいと思いました。
ユンホさんを初めて見た時...考えるより前に、ハートが反応しました。
つまりですね...ああ、もう!
僕の話は、前置きが長いですね」
「いいさ、気にするな。
チャンミンの話は全部、意味があるものだ。
ゆっくりでいいから」
チャンミンの話は、うんざりするほど長い。
「チャンミンの話の行方は一体いずこ?」と苛つく時もあるが、彼の話のオチは予想外なものが多く、ワクワクしている自分もいる。
端折らず全てを伝えようと、一生懸命な姿に萌えてしまう時もある。
だから、チャンミンの話は遮らず、最後まで聞いてやるんだ。
俺はチャンミンに甘いからなあ。
そして、俺はチャンミンの職場での姿を知っている。
業務連絡は、要点を的確にまとまっている。
相手の頭脳に合わせた説明ができる、配慮もある。
先の先まで見越す頭の回転のよさに、何度助けられてきたことか。
単なるぽわぽわの天然ちゃん、ではないのだ。
「ユンホさんといると、僕のハートの中身を全部、ぶちまけてしまうのです。
へへっ。
以上、僕の愛の告白でした」
「『いちごちゃん』と俺と、どっちが好きだ?」
「もお!」
チャンミンのこぶしが飛んできた。
ジョークのつもりだろうが、俺のみぞおちにヒットして、一瞬息が止まった。
チャンミンとのじゃれあいは要注意、と心のチャンミン録にメモ書きが加わった。
「ユンホさんったら、嫉妬深い男ですねぇ」
ジョークで訊いているのが、なぜ分からない?
そうだった...チャンミンにはジョークは通じない。
「嫉妬深い男...嫌いじゃないです...ぐふふふ」
面倒くさくなって「そうだよ、悪いか?」と答えて、チャンミンを喜ばせてやった。
「どれくらい好きかと言いますとね。
『イチゴちゃん』が1だとして、ユンホさんは2です」
「それだけ!?」
「冗談ですよ。
それっぽっちなわけないでしょう。
19,860,206足す19,880,218倍です」
「は?」
「はい、ユンホさん、いくつでしょう?」
「分かるわけないだろう!?」
「答えは、39,740,424です」
「...え、もしかしてチャンミン、今の暗算した?」
「まさか!
さっき、電卓で計算してみたんです」
「へ?」
「19,860,206足す19,880,218の答えは何かなぁ、って、さっき計算してたんです」
「ほら」と言って、胸ポケットから電卓を出して、計算してみせるチャンミン。
「ホントだ」
「19860とか、218とかって、何の数字なの?」
「ユンホさんと僕の誕生日です」
なぜ、チャンミンが俺の誕生日を知っているんだ?
「ユンホさんが入社した時、運転免許証のコピーを取ったでしょう?
その時に見ました」
「そう、なんだ...」
「僕らは誕生月が同じなんですよ。
お!
ユンホさんのお誕生日会を開かなくっちゃ!」
「楽しみにしてるよ」
「お任せあーれ。
『イチゴちゃん』の39,740,424倍、ユンホさんのことが好きです」
「...嬉しいよ...」
「ユンホさんと一夜を過ごして、39749424の二乗になっちゃうかも、です。
うふふ」
分かりにくい...チャンミンの愛の告白は複雑すぎて...。
いや。
チャンミンらしいか。
(つづく)
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