30分経っても、一向に車列が前進する気配がない。
大粒だった雪が、粉雪に変わっていた。
気温が下がってきた証拠だ。
ワイパーが雪をかく度、フロントガラスが凍り付いて視界が遮られていく。
数分おきに、チャンミンはサイドウィンドウを開けて、伝票ばさみで氷をこすり落とすが追いつかない。
「さっき給油して正解でしたね」
「ああ。
チャンミンのおかげだ、ありがとうな」
「夜道、雪道、知らない道の3悪路、何があるか分かりません!」と譲らないチャンミンの言う通りにして助かった。
「雪崩で通行止め、とか?」
「うーん、情報がないから、分かりませんねぇ」
サイト検索をかけているが、リアルタイムな情報がヒットしない。
「はぁ」
どっと疲れが出た。
俺はギアをパーキングに入れ、ハンドルに突っ伏した。
昼間は営業活動で駆けずり回り、謎の人物の陰謀(大げさに言うと)にハメられ、雪道の長距離運転...疲労のあまり、頭の芯が痺れている。
「運転、代わります」
「今、外に出たら凍死するぞ?」
窓の外の猛吹雪を指さした。
運転席と助手席を入れ替わるには、大柄の男同士、スペース的に無理がある。
(まて...互いの身体が密着しまくりじゃないか!
俺が下になるから、チャンミンは上だ。
もっと腰を上げろよ。俺の肩を持て。
「ユンホさん!どこ触っているんですか!」
尻をスライドさせるんだ。
「あん、ユンホさんのが当ってます!」
っておい!
何、想像してるんだ!)
「いっせーのせ、で外に出て、交代しましょう!」
俺のピンクな妄想なんか知る由もないチャンミンは、荷台からコートを引きずり出した。
「ん...?」
コートのポケットの中で触れる紙切れ。
つまみ出したそれは、ノートの切れ端を破り取ったものだ。
「...あ...!」
『お疲れユノを元気にしてあげる』
ウメコの呪文が書かれている。
『ここぞというときに、唱えると実力以上のことを成し遂げられるのよ』
今こそ、その時じゃないか!?
待て、慌てるな。
大雪に閉じ込められて、大渋滞にハマってる時に、元気になっても何の役にも立たないぞ。
これは最後の最後に、とっておこう!
「ユンホさん、行きますよ!
サン、ニ...」
「待て、チャンミン!」
「イチ!」
俺がコートを羽織る前に、チャンミンはとび出していってしまった。
「あー、もー!!」
俺も慌ててチャンミンを追う。
体温が一気に奪われ、吹きすさぶ風で髪はもみくちゃに、顔面を叩く粉雪は痛いくらいだった。
俺たちの車の前方には、赤いテールランプが数珠つなぎに、後方には白いヘッドライトが同様に連なっている。
バンの後ろですれ違いざま、チャンミンとハイタッチする(チャンミンがさ、両手を掲げてきたんだから、応えるしかないだろ?)
2人同時に席におさまり、同時にドアを閉め、揃って「ふう」とため息をついて、大笑いした。
「真っ白だぞ」
全身雪まみれで、俺たちは互いの雪を払い合う。
「ユンホさん...素敵です」
ルームライトの下、チャンミンは両手をお祈りポーズにして、眼をキラキラとさせていた。
「...どこが?」
「ユンホさんの髪の毛が濡れていて...お風呂上りみたいで...。
ドキドキします」
「そ...そうか?」
「はい。
僕がユンホさんのおうちにお泊りして、ご飯を食べて...僕がユンホさんちのキッチンを借りて、僕が作ったご飯です。次のお休みに、デートする約束をしたでしょう?その時を、想像してみたんです。ユンホさんと映画を観た帰りです、『俺んちに来るか?』ってユンホさんが誘うんです。観たのがえっちな映画だったんです。ユンホさんったら、喉仏をごくってしちゃって、僕も恥ずかしくって目を反らしちゃって。でも、音は聴こえてくるから、ドキドキするんです。ユンホさんと手が繋ぎたいなぁって思ってたら、ユンホさんは僕の手を握ってきたんです。恋人繋ぎですよ?僕は恥ずかしくって、顔面、アツアツです。
ふう...。
お風呂上がりに話を戻しますね。
ご飯の後、ユンホさんが『チャンミン、先に風呂に入って来いよ』なーんて、言うんですよ!もしかして、もしかして!って期待するでしょう?『でも、着替えがありません』ってちょっと迷ってみせたら、ユンホさんったら『何も着なくていい。裸で出てこいよ』なーんて、言うんですよ。ぼ、僕の、生まれたままの姿を、ユンホさんに見せちゃうなんて...!僕はね、ユンホさんちのお風呂で、ピカピカに身体を洗うんです。
...ところで、ユンホさん?」
チャンミンの独白タイムが始まったと、気長にしていたら、彼の質問が降ってきた。
トンデモ質問だろうなぁ、と予想しながら「何?」と答える。
「毛深い男は好きですか?」
(毛の話か?)
「うーん、見ていて暑苦しいかもね」
営業部長の出張に同行した際、サウナでとぐろを巻いた胸毛に度肝を抜かれたことを思い出していた。
それから、同課の後輩君が最近、髭の永久脱毛を始めたと言っていたっけ?
「最近は、毛が薄い男の方が好まれる傾向にあるんじゃないかなぁ...ん?」
チャンミンを見ると、両眉も口角も目いっぱい下げて、目なんかウルウルさせて泣き出しそうだったんだ。
何か、マズいことを言ってしまったっけ...?
「ユンホさんはきっと...僕のこと嫌いになります」
飛躍した内容に、「はあ?」となってしまう。
「チャンミンを嫌いになるって...どうして?」
チャンミンに手招きされて、耳を貸す(ここには俺たちしかいないのにさ)
「ヒソヒソ...」
「ん...?」
「ヒソヒソ...」
「...そんなに凄いのか?」
「はい
見てみます?」
「ここでか!?」
「はい。
ユンホさんには、ありのままの僕を見てもらいたいのです」
「今?」
「はい。
これを見て、ユンホさんに嫌われたら、そこまでです」
「毛深いくらいで嫌わねーよ!」
「でも、薄い方が好みなんですよね?
安心してください。
ユンホさん好みに、処理しますから」
そう言って、スラックスのベルトを外そうとするチャンミンの手を、全力で阻止した。
「待て待て待て待て!」
「離して下さい!
僕の生まれたままの姿を見せる前に、不安要素は1つでも潰しておきたいんです!」
「わかった、わかったから!
荷物を届けたら温泉に行くんだろう?
その時に見せてくれ」
「ユンホさんも見せて下さいよ?」
「裸にならなきゃ、風呂に入れないだろうが?」
「ぐふふふ。
ユンホさんの裸...」
恋の媚薬を飲まされた晩、薄手のインナーシャツから透けたチャンミンの半身を思い出していた。
ふにゃふにゃと緩んだ顔して、天然街道を独走中のチャンミン。
7:3分けのダサヘアに、紺のスーツ、黒の腕抜きをしたチャンミン。
実は、休日はジム通いをして肉体を鍛えているらしいのだ。
それがどれほどのものなのか、見てみたい(チャンミンは自身のへそ毛を気にしているみたいだが)
男の裸を見て、果たして「その気」が湧くかどうかは、今のところ不明だ。
でも、チャンミンのことは大好きだし、変な奴だけど俺は彼に夢中なのだ。
「ユンホさんとお風呂...楽しみです」
「俺の湯上りの話の続きは?」
「鼻血ものですから、内緒です」
「あっそ。
ならいいや(鼻血ものか...想像がつくよ)」
「えー、知りたくないんですかぁ?」
チャンミンといると、ハプニングが全部、面白事になるから不思議だ。
(つづく)
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