俺たちは「なぜ」、「今」、「ここ」で、「こんなこと」をしてるんだ?
シートをリクライニングさせ、頭の後ろで腕を組み、目をつむっていた。
南工場へ納品すべき商品が、北工場へ納品されてしまった。
こういうミスは往々にしてあるものだが、今回に関してはあってはならない一件だった。
原因追及、犯人捜しは後回しにして、俺たちは北工場へ納品されたものをピックアップし、南工場へ運送中に、猛吹雪の中、真夜中、大渋滞に閉じ込められているのだ。
「からくりを教えてくれよ」
「手口はシンプルです。
南工場に送る荷物に送り状伝票が貼ってあります。
南工場行きと印字されていて、これを伝票Aとします。
配送業さんが来るまで、荷物は出荷場に置きっぱなしですよね。
そこへ、ユンホさんの美貌と名声に嫉妬したブラック氏が、やってきます」
「ふむふむ」
「ブラック氏はニタリ、と笑うのです。
『へっへっへ...ユンホめ...』って」
「!!」
急に声音を変えたチャンミンの語り口調に、ぎょっとする。
(『へっへっへっ』なんて、悪代官に耳打ちする悪徳商人の親父みたいじゃないか)
「『ユンホめ、ちょっとばかし仕事ができるからって、調子にのりやがって。ユンホが来るまでは俺がナンバーワンだったのに...。ムカついたから、大事な大事な契約書、隠してやったぜ、へっへー。ユンホは大事なものをぽいっと置いとくから、楽々ポンだったぜ』」
「え!?
そうだったの?」
「はい。
僕がシュレッダー行きの書類箱から発見した『アレ』です。
『それを、インテリ男め...ご丁寧に見つけ出してくるとは!あの男...やるな』」
「インテリ男って、チャンミンのことだろ?」
「はい。
実際は違いますけどね。
『キモ男』か、『ヲタ男』と呼ばれているのは承知してます」
職場でのチャンミンの扱いはさんざんだ。
表立ってイジめる奴はいないが、陰口が凄かった。
「じゃあ、見積書の計算で、掛けるを足すにしちゃってたアレは?
得意先から『計算を間違えていませんか?』って連絡があって、ミスが判明したあの件は?」
どれだけドジっ子なんだと、異常なほど湧いてくるミスのあれこれが、いくつも思い浮かぶ。
「それは、ユンホさんのミスです。
全てをブラック氏の仕業にしたらいけませんよ。
電卓を使うアナログなユンホさんがいけないんです。
社が導入した優秀なソフトがあるのに...。
はいはい、ユンホさんの言い訳は分かってます。
時代の流れです、慣れてください」
「...何も言い訳していないだろ」
「すみません。
ユンホさんが言いそうなことを先回りしてしまいました。
『超絶カッコいいからっていい気になりやがって。俺が目をつけていたA子ちゃんに手をつけるとは、許さねぇ』」
「手なんかつけてねーよ!」
「まあまあ、ユンホさん。
これは、ブラック氏の心のつぶやきですからね、僕の気持ちじゃないです。
『飲みに誘ったり、昼飯を奢ったりしてやったのに、礼を言うだけでちっともなびかねぇ。やっぱり女がいいのか?いいんだな?』」
「ブラック氏が誰なのか、見当がついたけどさ。
チャンミンの言い方だと、まるでブラック氏が俺のことを好きみたいじゃないか?」
「その通りですよ。
ユンホさんが鈍いんですって。
狙われていたのに全然、気が付かなかったんですか?」
チャンミンに問われて振り返ってみたが、心当たりのある気配は何もなかった。
「全然」
「ユンホさんが心配です。
僕の目からは、彼の『その気』は駄々洩れです。
気をつけて下さいよ!
ユンホさんは、老若男女、みんなから愛される人なんです。ユンホさんという蜜に、わらわらと群がってくるんです。どうしよう!僕は大忙しです。見張っていないと!殺虫剤を持って、ハエたたきを持って、始末していかないと!
おっと...話が反れましたね。
話を戻しますね。
出荷場に現れたブラック氏は、荷物に貼られた伝票Aを剥がします。
そして、北工場の宛名の書かれた伝票Bを貼ります。
出荷を待つ荷物は既に検品を終えてますから、配送業者さんは何の疑いもなく持っていきます」
「配送業者さんは伝票の一枚目を置いていくだろ?
そこで、行き先がバレないか?」
「そ~んなの、くしゃくしゃぽい、です。
だから、送り状伝票箱になかったんですよ」
「運賃の請求の時、内訳と齟齬が出ないか?」
「そ~んなの、いちいち照らし合わせません。
今の課に来る前は、経理にいたから知ってるんですが、わが社は『ザル』なんです。
特にB社の納品については、チャーター契約なので内訳までは余程のことがない限り、ノーチェックです」
「からくりも何も、単純な手口だったんだなぁ...。
ひとつ気になったことがあるんだけど?
ブラック氏の口調...俺の言い方まんまじゃないか」
「え...だって、マンツーマンでこんなにおしゃべりするのって、ユンホさんくらいしかいないから...つい...。
僕にも気になることがありますよ。
ブラック氏にハメられたって知って、ユンホさんたらケロッとしてるんですね」
「平気なわけないだろう?
今はとにかく、この問題を解決することが先決だ。
そいつの始末をどうするかは、解決してから考えるよ。
...ん?」
「...好きです」
真顔になったチャンミン。
「ユンホさんのそういうところ...僕、好きです」
全身からぼっと汗が噴き出た。
反則だ...ここが車の中じゃなければ、押し倒していた。
照れ隠しに、俺は荷台に放ってあったコートをとって、チャンミンの肩にかけてやる。
「寒いだろ?」
ヒーターのメモリを最大にしてあっても、底冷えのする車内だ。
万が一、朝まで立ち往生だとなれば、燃料が尽きてしまう。
「でも、ユンホさんが寒いでしょう?」
「平気」
実際、相当寒かったが、好きな人の前では強がるのが男という生き物(チャンミンも男だけど、こいつは俺の中では乙女なわけ)
「ユンホさんの匂いがします」
チャンミンの奴、肩にかけたコートを胸に抱きしめて、頬ずりを始めるんだから。
「ユンホさん、落ちましたよ」
「ん...なになに...?」
ポケットからひらりと落ちた紙片をキャッチしたチャンミン。
ルームランプを付けて、チャンミンは手にしたものを、子細に観察している。
「!」
ウメコの呪文が書かれているノートの切れ端だ。
『お疲れユノを元気にしてあげる』
「チャンミン、それは...っ!」
「うーんと...『アブラカタブラ』...?
なんですかこれ?」
「......」
俺とチャンミンはしばし、見つめ合っていた(愛くるしい丸い眼に見惚れてしまったりして...)
変化は...ない。
あるわけないか。
子供じみた呪文を最初目にした時、ウメコにからかわれた、と思ったんだ。
クスッとすることで、張り詰めていた緊張が解ける...そんなウィットに富んだ、ウメコのお遊びなんだろうな、って。
「仮眠をとろう。
あっちに着くのは朝になるだろうから」
この渋滞が解消されれば、の話だが。
「...おい」
「?」
「ユンホ」
「!」
運転席の方をそうっと見ると、ハンドルに伏せたチャンミンが、横目で俺をじろっと睨んでいた。
(呼び捨て...?)
低い声といい、鋭い眼光といい、「チャンミンを怒らせることを何か言ったっけ?」と、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。
「寝てられるかよ」
「!!」
「オレとお前と2人きり。
深夜の密室。
妙齢の漢2人。
寝られるわけがないだろう?」
「わっ!」
俺の顔はチャンミンの両手でホールドされ、もの凄い力でぐいっと引き寄せられた。
「!!」
ぶちゅりと、粘度の高いキスをされてしまった。
(チャチャチャチャチャチャンミン!!!!)
急展開についていけなくて、キスを受け入れる姿勢とか感じるとか、そんな余裕はないわけでして。
(これまでチャンミンのキスをバカにしてきて悪かった)
「エロい顔しやがって...オレを煽ってるのか?」
「いや...その...そんなつもりは滅相もなく...」
助手席ドアまで身を引く俺を、チャンミンの長い腕が追いかけてきて、再び捉えられてしまった(日頃鍛えているだけあって、力が凄いのだ)
「チャンミン!
どうしたんだよ!?」
「誰が呼び捨てを許可したぁ!?」
(ひぃぃぃぃぃ!!!)
「『チャンミン様』、だろう?
お前、いつからオレより偉くなった?」
「...チャ、チャンミン...様」
バンビみたいな見た目なのに、口調と目の色だけは虎になってしまったチャンミン。
「それでいい」
チャンミンは満足そうに頷くと、運転席を深く倒した。
「ユンホ!
オレにキスしろ!」
「!!!!!」
ウメコの呪文に、チャンミンがかかってしまったんだ!
(つづく)
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