「とんでもないものを渡しやがって!」
『あたしが見るところ、ユノとチャンミン君は揃ってモジモジ君。
そんなんじゃいつまでたっても前には進めないでしょう?
背中を押してあげたわけよ』
「背中を押すどころか、崖に突き落としてどうすんだよ?
仕事中に唱えたりしたら大変なことになるじゃないか!」
『その時はトイレでも給湯室ででもヤッちゃえばいいじゃないの』
「できるかー!」
ウメコの奴、他人事だと思って面白がっている。
「ウメコ...実はな、その呪文のことだけど、俺じゃなくてチャンミンに効いてしまったんだ。
あいつ...虎になっちまった」
『あのバンビちゃんが虎に?
うふふふ、狙った通り、大成功ね』
「はあぁぁぁ!?」
『ユノのことだから、バンビちゃんを前にして勃たなくなるかもしれないでしょ?
困ったあなたがあの呪文を唱えると、目の前にいるバンビちゃんに呪文がかかるのよ。
するとね、バンビちゃんが繁殖期の雄シカに成長する...ってわけ。
バンビちゃんにしか効かない呪文なの...凝ってるでしょ?』
「いや...それが...唱えたのはチャンミンなんだ...」
『うっそぉ!
どうしてそうなっちゃうのよ!』
「成り行き上、そうなっちゃったんだから仕方がないだろう?
雄シカどころか、発情した虎みたいになっちまって...。
どうすればいいんだ?」
『それは...マズイわ、一大事だわ』
「チャンミンに食われそうになってるんだ」
『その場から離れなさいよ。
猛ダッシュで逃げればいいじゃないの』
「それが出来ないから困ってるんだ。
俺たちはな、車ん中に閉じ込められてるんだ...話すと長くなるから、説明はしないぞ」
そっと視線を後ろにやると、チャンミンはスマホゲームに夢中になっている。
(股間は?と確認してみると...相変わらずの膨張率だ)
『想定外だわぁ...どうしたらいいかしら。
本人が唱えたりなんかしたら...効き目は倍以上よ!』
「あいつを落ち着かせる呪文はないのかよ?」
『あったかしら...。
探してみるから、時間を頂戴。
電話で教えたら、ユノが呪文にかかってしまうから、後でメールしたげる』
「ユンホ!」
「うわっ!」
肩に手が乗ったかと思うと、ぐいっともの凄い力で運転席に引っ張られる。
耳に当てたスマホを奪われた。
そして...。
「オレたちの邪魔するんじゃねー!
お前...ユンホのスケじゃないだろうな?
失せろ、ユンホはオレの女だ!
はっ!」
(女!?)
電話向こうのウメコに罵声を浴びせて通話を切ると、チャンミンの奴、俺のスマホを荷台にぽーいと投げてしまった。
「はあはあはあはあ...」
熱くてしかたないのか、ジャケットを脱いでワイシャツ1枚だけになったチャンミン。
「ユンホ...ズボンを脱げ」
「わっ!」
チャンミンの遠慮のない手が、俺のスラックスの前から突っ込んできた。
「なんだなんだ、お通夜みたいなち〇ち〇は?」
(この状況で勃つわけないだろう!)
いっちゃってる目とニタリと笑った口が不気味でいやらしいが、色っぽくも見えた。
「咥えてやろうか?」
「いえいえいえいえいえいえ!
チャ、チャンミン様のお口にそんなことさせられません!」
俺の股間に屈むチャンミンの頭をつかんで、ええいとばかりに彼の口を塞いだ。
(こうするしかない!)
ぶちゅり。
「...んっ...ん、んー!」
顎の力を抜いた途端、チャンミンの熱い舌が挿入してきた。
喉奥まで届くほど長いチャンミンの舌に、上顎、歯茎、舌の根元をねぶられる。
「ん、んん...っん」
口の中じゅう、チャンミンにかき回される攻めのキスが、俺の欲を刺激する。
(ヤバ...変な気持ちになってくる)
俺の頭は、チャンミンの両手でがっちりとホールドされていて、彼にされるがまま右へ左へと傾けさせられた。
(強引にされるキスって...いいかも...)
ボタンを外した胸元から、チャンミンの男くさい濃い匂いが、ふわっとたちのぼる。
(堅物チャンミンのくせに...やたらとキスが上手いんですけど!?)
「ふぅ、ふっ...ん...ふう」
チャンミンの熱い鼻息が、俺の頬を湿らす。
狭い車内。
シートを目いっぱい下げていても、ハンドルやセンターコンソールが邪魔をしていて、身動きがとりづらい。
チャンミンとはいずれ深い関係になるだろうけど、呪文でおかしくなっちゃった彼と、ハプニングの最中に初めてをいたすのは、嫌だ。
(興奮を煽る舞台設定であることは認める)
互いにリラックスした時と場所で、前戯にたっぷりと時間をかけて愛し合いたいと望む俺は、ロマンティストだろうか?
でも。
このまま先に進みたい!
俺の股間はGOサインを出しているけれど、俺の理性は「待った」をかけている。
今は嫌なのだ。
「ぷはっ」
チャンミンの肩をつかんで、引きはがした。
唾液の糸が引き、虚をつかれた風のチャンミンの顎を濡らして、いやらしい光景だ。
「はあはあはあはあ」
肩で息をして、チャンミンは濡れた唇を手の甲で拭った。
「オレを拒むのか?
怖いのか?」
「はい。
なんせ俺は、『バージン』ですから、緊張しているのです。
ガチガチに緊張しているのです。
これをほぐさないことには...。
そうそう!...ほら、あの人!
彼らの歌を聴かせてくださいよ」
(適当に思いついたことに過ぎないが、チャンミンの気を反らせる作戦だ)
「歌?」
チャンミンはペットボトルの水をイッキ飲みし、くしゃっと握りつぶし、ぽいっと荷台にそれを放り投げた。
「お前も飲むか?」と、買い物袋から新しいものを取り出した。
「チャンミン様が追っかけ...じゃなくて応援しているという地下アイド...じゃなくてアーティストの?
チャンミン様のお気に入りの...えーっと、『さくらんぼちゃん』!
『さくらんぼちゃん』の写真も見せてほしいなぁ?」
チャンミンの動きが、ぴたっと止まった。
「......」
「?」
「さくらんぼじゃねぇ!
『いちごちゃん』だあぁ!!」
「す、すみません!」
「...さくらんぼって、さくらんぼって...。
ユンホ!
オレを馬鹿にしてるのかぁ?
生涯かけて愛し抜くと誓う運命の男の為に、純潔を守ることのどこが悪い?」
(え?
え!?
えーーー!?
今の言い方だと...もしかしてチャンミン...チェリー?)
「......」
「......」
(か、可愛い!!)
たまらなくなって、チャンミンの唇を再び覆う。
(こうなれば、成り行き任せだ!)
ひとしきり唇を重ね、舌を絡めた流れで、首筋を吸った。
「...あぁ...」
さっきまでのどすをきかせた声から一転、チャンミンはかすれた甘い声をあげるのだ。
欲が煽られてしまって、チャンミンのワイシャツの下に片手を忍ばせる。
当たり前だけど、固くて平べったい男の胸だった。
膨らみなんてないのに、慎ましい2つの突起は柔らかいから、そこをいじりたくなってしまうのだ。
「あぁ...あん」
指先で転がすと、きゅっと硬度を増すところは女性と同じ。
喘ぐ声質も、女性とほぼ同じ。
(チャンミンの声が可愛い!
興奮するじゃないか)
チャンミンは俺の肩に顎を預けて、俺が与える刺激に合わせて呼吸を乱す。
ピンッと弾いた時には、「ああんっ」とびっくりするくらい大きな声で反応した。
もっともっと刺激してやりたくなって、ワイシャツの裾から頭を突っ込んだ。
真っ暗で何も見えないが、指先と舌先でその箇所を探りあてた。
「あ...ひゃ...あん...ダメぇ」
いちいち反応してくれるのが嬉しくて(同時に面白くて)、しつこくしつこく愛撫した。
舐めたり吸ったり、歯を当てたり。
俺の人生史上、最長記録かもしれない。
「ダメっ...ユンホ...ダメ...それ以上...っあ」
なあんて、言われたら、もっといじりたくなるだろう?
空いていた片手を、チャンミンの股間へと移動させると、予想通りぎっちぎちになっている。
窮屈そうだったから、引っ張り出してやろうかな。
この先、どっちがどうなるとか何も考えていなかったけれど。
「ん?」
もっと舐めろという意味なのか、チャンミンは胸を俺に圧しつけてくる。
それにしても強引過ぎるなと思った。
「んぐっ!
チャンミン!」
チャンミンの胸と背もたれの間に、俺の頭が挟まれてしまった。
びくびくと震わせていた肌が、弛緩している。
完全に体重を俺に預けている。
すーすーと寝息が聞こえる。
「嘘だろ?」
チャンミンの胸の下から抜け出て、彼の横顔を覗き込んだ。
「はあ...」
チャンミンの奴、眠り込んでしまったのだ。
(つづく)
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