俺にぐたりと全体重を預けて、眠りの世界へと誘われてしまわれたチャンミン様。
チャンミンの柔らかな髪(整髪料で固めていたのが、すっかり取れてしまっている)が顎をくすぐる。
まぶたを縁どるまつ毛が扇型に広がって、その毛先が震えている。
むにゃむにゃとうごめく唇は、吸い付きたくなるくらい、可愛い。
ずっと眺めていたい寝顔だが、さすがに重い。
チャンミンこそ、センターコンソールを越えて助手席へ身を乗り出しているのだから、腰を痛める恐れがある。
「よっこらしょ」
運転席に身体を戻し、ワイシャツのボタンを留め、ファスナーを上げ、ベルトを締め直してやる。
チャンミンのア〇コは、通常モードに戻っていた(ちょっぴり残念)
最後に、スーツの上着とコートで身体を包んでやれば、オーケーだ。
「ん?」
荷台から聞こえる音は、俺のスマホの着信音だ(虎になったチャンミンが放り投げた)
「ウメコからの電話だ!」とシートの隙間に肩をねじこみ、腕を伸ばしてなんとか回収した。
『ユノ!
遅くなってごめんなさい!』
「遅い!」
『結論から言うわね。
呪文を解く呪文はないの』
「やっぱりな...」
『ユノの言い方が気に入らないけど、ま、いいわ。
それがない訳は、必要がないからなの。
あれを渡す時言ったでしょ?』
「ああ、俺も思い出したんだ。
効果は6時間だって。
それ以上効き目があると、抜け殻になってしまうって、言ってたよな」
『ええ。
しんどいかもしれないけど、呪文が切れるまで頑張って』
「まだ2時間くらいしか経っていないけど、チャンミン途中離脱してしまったぞ?
只今、おねんね中だ」
『それはきっと、チャンミン君の身体がもたなかったのねぇ...。
日頃、枯れた生活をしているせいかしら...』
「え!?
そういうものなの?」
『ユノみたいに潤った生活していれば、耐性があるけど、チャンミン君みたいな純粋な子だとねぇ。
世俗の汚れに慣れたユノとは違うの、純粋培養なの。
水槽しか知らない金魚を、釣り堀の池に放り込んだ感じ?
木の芽しか食べてこなかった鹿に、血がしたたるステーキを食べさせた感じ?』
「...なるほど。
ウメコ...お前の言い方は棘だらけだな。
俺の私生活だって、そうそう潤ってなんかいねーよ」
「まあまあ。
チャンミン君ったら、可哀想に...。
メーターが振り切れてしまったのね』
「そんな感じだな」と、深いキスと胸の先を舐められただけで、全身を痙攣させていたチャンミンを思い出してみた。
『ユノったら...うっふっふっふ。
これいい幸いだって、チャンミン君に突っ込まれたんでしょ?』
「突っ込まれてなんていねーよ!
あのな、どうして俺がそっち側になってるんだ?」
『ジョークよジョーク。
あたしが見るところ、チャンミン君は...。
あたしが言わなくても、ユノは分かってるでしょ?』
「......」
『目が覚める頃には、呪文は切れてるでしょうから』
ウメコとの通話を切った俺は、深々とシートにもたれ、ため息をついた。
チャンミンはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
崩れた前髪が額を覆い、幼い見た目になっていた。
渋滞はまだまだ解消される気配はないから、このまま寝かしておいても大丈夫そうだ。
チャンミンが目を覚ましたら、席を交代してやるか。
チャンミン...運転の交代要員として期待していたが、この大渋滞、運転席に座ってるだけで終わってしまったな。
それにしても、なんて濃密な時間だったんだろう。
くるくると表情を変えるチャンミンに、俺はもうお腹いっぱいだ。
鬱陶しいという意味じゃないぞ。
ここまで強烈な魅力を発散させる奴は、他にはいない。
このキャラクターを前面に出していたら、オフィシャルな場では浮きまくって、『変な人』のレッテルが何十枚も貼られてしまう。
だからこその、カチコチのクソ真面目君のモビルスーツが必要なんだな。
仕事上のトラブルに意識を向けると、腹立たしいことこの上ない。
でも、「ま、いっか」と思った。
チャンミンと一緒の、出張兼超過勤務、深夜残業は楽しかった。
そして、チャンミンのことがより一層好きになった。
~チャンミン~
ユンホさんを助けたくてついていったのに、役に立てなかった
ユンホさんといると、どうしても口が軽くなって、どうでもいいこともぺらぺらと喋ってしまう。
ユンホさんはくだらない僕の話でも、ちゃんと最後まで聴いてくれる。
ハンドルを握り、前方に注意を払いながら、相づちを打ちながら、要所要所で質問をはさんで、僕の話を遮らずに聴いてくれた。
驚いたり、呆れた顔をしたり、笑ったり。
興味がある姿勢をちゃんと見せてくれるから、僕は安心して会話に集中できるのだ。
ブレーキのタイミングが遅れて急ブレーキになりそうになった時、ユンホさんの片腕がさっと僕の前に差し出された。
そういうところに、キュンとしてしまう。
ユンホさんと濃密な半日を過ごせて、仕事中なのに僕は楽しくて仕方がなかった。
僕はいつの間にか眠りこけてしまったみたいで、目が覚めたら朝だった。
助手席のユンホさんも眠っていた。
「あ...」
ユンホさんは、自分のコートまで僕にかけてくれていたから、両腕で肩を抱きしめるようにして、縮こまっていた。
じん、と感動していると、真っ白な山陰からさっと朝日が差し込んできた。
雪景色がその光をもっとまぶしくさせて、ユンホさんの寝顔をキラキラと照らしていた。
濃いまつ毛がきめ細かい白肌に影を作っていて、少しだけ開いた唇が赤くて、とても綺麗だった。
ユンホさんを起こさないように、僕はそうっと彼にキスをした。
ドキドキ。
柔らかい唇の感触に、ぞくりとした。
もう1回くらい、いいよね?
さっきより、押しつける唇の圧を込めたキスをした。
ドキドキ。
これ以上は、恥ずかしいから我慢しておこうかなぁ。
「へっくしょん!」
ユンホさんったら、自分のくしゃみで目を覚ますんだもの。
(僕の方もびっくりした。だって、もう1回キスしようかなぁ、って思ってたから。うふふ)
一瞬、自分がどこにいるか分からなかったみたいだ。
きょろきょろと周囲を見回している。
僕と目が合った時、切れ長の目が真ん丸になり、それから笑った形に変わった。
その瞬間、僕は何万回目になるんだろう、ユンホさんにひと目惚れをした。
・
スリップして立ち往生したトレーラーで、道路が塞がれてしまったのが渋滞の原因だった。
僕らが件の荷物を南工場に配達できたのは、朝8時のこと。
真っ直ぐ会社に戻ってもお昼頃になるから、僕は遅刻確定だ。
「どうしよう」と半泣きの僕のために、ユンホさんが考えてくれた台詞通りに、会社に遅刻の旨の連絡を入れたんだ。
任務を終えたら温泉に行こう、と約束していたのに、ユンホさんに仕事の連絡が入ってしまて、温泉行は延期になってしまった。
ユンホさんの裸が見たかったのに...。
見たかったのに...。
がっくり肩を落とす僕に、ユンホさんは僕の頭をくしゃくしゃと撫ぜながらこう言った。
「今週末は、デートするんだろ?
映画観たり、買い物したり、カップルっぽいことしような」
「はい!」
嬉しくて、僕ははきはきと、優等生みたいな返事をしてしまった。
「へっくしょん!」
「ユンホさん、風邪ですか?」
「大丈夫だと思う...へっくしょん!」
僕にコートを分けてくれたりしたから、ユンホさんは風邪気味なんだ、ごめんなさい。
「風邪薬持ってますよ」
「さすが!」
「今回の温泉は諦めますけど、再来週には行けますね」
「再来週?」
「ほらぁ、社員旅行があるじゃないですか!」
「そういえば!」
「温泉ですよ!
ユンホさんの浴衣姿...ぐふふふふ」
・
ユンホさんには恥ずかしくて言えないんだけど、僕の身体が変なんだ。
妙に身体がだるい。
そして、おっぱいの先がムズムズするんだ。
あまりにもヒリヒリ、ちりちりするから、サービスエリアのトイレで、件の箇所を確認してみた。
「どうして...!?」
赤く、ぷっくりと腫れていて、びっくりだ。
触れてみると、熱をもっていて、とても敏感になっていた。
おっぱいの先が腫れるようなことは何もしていないのに。
虫に刺されたのか?それとも、寝ている間に無意識で、自分で触っていたのかなぁ、などと首をひねっていたら、
「チャンミン!
行くぞ!」
と、僕を呼ぶ声。
「行っきまーす!」
僕は元気よく答えて、大きなストライドで歩くユンホさんを追った。
『情熱の残業編」おしまい
(次編につづく)
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