(13)会社員-情熱の残業-

 

 

俺たちは「なぜ」、「今」、「ここ」で、「こんなこと」をしてるんだ?

 

シートをリクライニングさせ、頭の後ろで腕を組み、目をつむっていた。

 

南工場へ納品すべき商品が、北工場へ納品されてしまった。

 

こういうミスは往々にしてあるものだが、今回に関してはあってはならない一件だった。

 

原因追及、犯人捜しは後回しにして、俺たちは北工場へ納品されたものをピックアップし、南工場へ運送中に、猛吹雪の中、真夜中、大渋滞に閉じ込められているのだ。

 

「からくりを教えてくれよ」

 

「手口はシンプルです。

南工場に送る荷物に送り状伝票が貼ってあります。

南工場行きと印字されていて、これを伝票Aとします。

配送業さんが来るまで、荷物は出荷場に置きっぱなしですよね。

そこへ、ユンホさんの美貌と名声に嫉妬したブラック氏が、やってきます」

 

「ふむふむ」

 

「ブラック氏はニタリ、と笑うのです。

『へっへっへ...ユンホめ...』って」

 

「!!」

 

急に声音を変えたチャンミンの語り口調に、ぎょっとする。

 

(『へっへっへっ』なんて、悪代官に耳打ちする悪徳商人の親父みたいじゃないか)

 

「『ユンホめ、ちょっとばかし仕事ができるからって、調子にのりやがって。ユンホが来るまでは俺がナンバーワンだったのに...。ムカついたから、大事な大事な契約書、隠してやったぜ、へっへー。ユンホは大事なものをぽいっと置いとくから、楽々ポンだったぜ』」

 

「え!?

そうだったの?」

 

「はい。

僕がシュレッダー行きの書類箱から発見した『アレ』です。

『それを、インテリ男め...ご丁寧に見つけ出してくるとは!あの男...やるな』」

 

「インテリ男って、チャンミンのことだろ?」

 

「はい。

実際は違いますけどね。

『キモ男』か、『ヲタ男』と呼ばれているのは承知してます」

 

職場でのチャンミンの扱いはさんざんだ。

 

表立ってイジめる奴はいないが、陰口が凄かった。

 

「じゃあ、見積書の計算で、掛けるを足すにしちゃってたアレは?

得意先から『計算を間違えていませんか?』って連絡があって、ミスが判明したあの件は?」

 

どれだけドジっ子なんだと、異常なほど湧いてくるミスのあれこれが、いくつも思い浮かぶ。

 

「それは、ユンホさんのミスです。

全てをブラック氏の仕業にしたらいけませんよ。

電卓を使うアナログなユンホさんがいけないんです。

社が導入した優秀なソフトがあるのに...。

はいはい、ユンホさんの言い訳は分かってます。

時代の流れです、慣れてください」

 

「...何も言い訳していないだろ」

 

「すみません。

ユンホさんが言いそうなことを先回りしてしまいました。

『超絶カッコいいからっていい気になりやがって。俺が目をつけていたA子ちゃんに手をつけるとは、許さねぇ』」

 

「手なんかつけてねーよ!」

 

「まあまあ、ユンホさん。

これは、ブラック氏の心のつぶやきですからね、僕の気持ちじゃないです。

『飲みに誘ったり、昼飯を奢ったりしてやったのに、礼を言うだけでちっともなびかねぇ。やっぱり女がいいのか?いいんだな?』」

 

「ブラック氏が誰なのか、見当がついたけどさ。

チャンミンの言い方だと、まるでブラック氏が俺のことを好きみたいじゃないか?」

 

「その通りですよ。

ユンホさんが鈍いんですって。

狙われていたのに全然、気が付かなかったんですか?」

 

チャンミンに問われて振り返ってみたが、心当たりのある気配は何もなかった。

 

「全然」

 

「ユンホさんが心配です。

僕の目からは、彼の『その気』は駄々洩れです。

気をつけて下さいよ!

ユンホさんは、老若男女、みんなから愛される人なんです。ユンホさんという蜜に、わらわらと群がってくるんです。どうしよう!僕は大忙しです。見張っていないと!殺虫剤を持って、ハエたたきを持って、始末していかないと!

おっと...話が反れましたね。

話を戻しますね。

出荷場に現れたブラック氏は、荷物に貼られた伝票Aを剥がします。

そして、北工場の宛名の書かれた伝票Bを貼ります。

出荷を待つ荷物は既に検品を終えてますから、配送業者さんは何の疑いもなく持っていきます」

 

「配送業者さんは伝票の一枚目を置いていくだろ?

そこで、行き先がバレないか?」

 

「そ~んなの、くしゃくしゃぽい、です。

だから、送り状伝票箱になかったんですよ」

 

「運賃の請求の時、内訳と齟齬が出ないか?」

 

「そ~んなの、いちいち照らし合わせません。

今の課に来る前は、経理にいたから知ってるんですが、わが社は『ザル』なんです。

特にB社の納品については、チャーター契約なので内訳までは余程のことがない限り、ノーチェックです」

 

「からくりも何も、単純な手口だったんだなぁ...。

ひとつ気になったことがあるんだけど?

ブラック氏の口調...俺の言い方まんまじゃないか」

 

「え...だって、マンツーマンでこんなにおしゃべりするのって、ユンホさんくらいしかいないから...つい...。

僕にも気になることがありますよ。

ブラック氏にハメられたって知って、ユンホさんたらケロッとしてるんですね」

 

「平気なわけないだろう?

今はとにかく、この問題を解決することが先決だ。

そいつの始末をどうするかは、解決してから考えるよ。

...ん?」

 

「...好きです」

 

真顔になったチャンミン。

 

「ユンホさんのそういうところ...僕、好きです」

 

全身からぼっと汗が噴き出た。

 

反則だ...ここが車の中じゃなければ、押し倒していた。

 

照れ隠しに、俺は荷台に放ってあったコートをとって、チャンミンの肩にかけてやる。

 

「寒いだろ?」

 

ヒーターのメモリを最大にしてあっても、底冷えのする車内だ。

 

万が一、朝まで立ち往生だとなれば、燃料が尽きてしまう。

 

「でも、ユンホさんが寒いでしょう?」

 

「平気」

 

実際、相当寒かったが、好きな人の前では強がるのが男という生き物(チャンミンも男だけど、こいつは俺の中では乙女なわけ)

 

「ユンホさんの匂いがします」

 

チャンミンの奴、肩にかけたコートを胸に抱きしめて、頬ずりを始めるんだから。

 

「ユンホさん、落ちましたよ」

 

「ん...なになに...?」

 

ポケットからひらりと落ちた紙片をキャッチしたチャンミン。

 

ルームランプを付けて、チャンミンは手にしたものを、子細に観察している。

 

「!」

 

ウメコの呪文が書かれているノートの切れ端だ。

 

『お疲れユノを元気にしてあげる』

 

「チャンミン、それは...っ!」

 

「うーんと...『アブラカタブラ』...?

なんですかこれ?」

 

「......」

 

俺とチャンミンはしばし、見つめ合っていた(愛くるしい丸い眼に見惚れてしまったりして...)

 

変化は...ない。

 

あるわけないか。

 

子供じみた呪文を最初目にした時、ウメコにからかわれた、と思ったんだ。

 

クスッとすることで、張り詰めていた緊張が解ける...そんなウィットに富んだ、ウメコのお遊びなんだろうな、って。

 

「仮眠をとろう。

あっちに着くのは朝になるだろうから」

 

この渋滞が解消されれば、の話だが。

 

「...おい」

 

「?」

 

「ユンホ」

 

「!」

 

運転席の方をそうっと見ると、ハンドルに伏せたチャンミンが、横目で俺をじろっと睨んでいた。

 

(呼び捨て...?)

 

低い声といい、鋭い眼光といい、「チャンミンを怒らせることを何か言ったっけ?」と、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。

 

「寝てられるかよ」

 

「!!」

 

「オレとお前と2人きり。

深夜の密室。

妙齢の漢2人。

寝られるわけがないだろう?」

 

「わっ!」

 

俺の顔はチャンミンの両手でホールドされ、もの凄い力でぐいっと引き寄せられた。

 

「!!」

 

ぶちゅりと、粘度の高いキスをされてしまった。

 

(チャチャチャチャチャチャンミン!!!!)

 

急展開についていけなくて、キスを受け入れる姿勢とか感じるとか、そんな余裕はないわけでして。

 

(これまでチャンミンのキスをバカにしてきて悪かった)

 

「エロい顔しやがって...オレを煽ってるのか?」

 

「いや...その...そんなつもりは滅相もなく...」

 

助手席ドアまで身を引く俺を、チャンミンの長い腕が追いかけてきて、再び捉えられてしまった(日頃鍛えているだけあって、力が凄いのだ)

 

「チャンミン!

どうしたんだよ!?」

 

「誰が呼び捨てを許可したぁ!?」

 

(ひぃぃぃぃぃ!!!)

 

「『チャンミン様』、だろう?

お前、いつからオレより偉くなった?」

 

「...チャ、チャンミン...様」

 

バンビみたいな見た目なのに、口調と目の色だけは虎になってしまったチャンミン。

 

「それでいい」

 

チャンミンは満足そうに頷くと、運転席を深く倒した。

 

「ユンホ!

オレにキスしろ!」

 

「!!!!!」

 

ウメコの呪文に、チャンミンがかかってしまったんだ!

 

 

 

(つづく)

 

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