チャンミンは「ふふん」と鼻をならして、得意げに解説を始めた。
「お酌タイムがあるでしょう?」
「あるね、注いで注がれて無礼講」
「女性エリアに近寄る男、男エリアに近づく女性。
誰目当てにラブコールしてるのか...分かりやすいでしょう?」
(ラブコールって...)
「...確かに」
「女性エリアにべったり居座る者は、『あ~、あいつ女好き』とモロバレです。
その逆も然りです」
「そういうもん?」
「そういうもんです。
お酌し、されるうちに戻るべき自分の席が埋まっていたり、滅茶苦茶になるでしょう?
『気になる“なんとかさん”の隣が空いてるわ。座っちゃえ』っていう女性社員がいたとします。
その“なんとかさん”は、最高の熟れ具合の果実なんです。シングルのグッドルッキングガイ。料理も整理整頓も下手くそで、朝と夕飯はコンビニ食、お昼は僕のお弁当...ムフっ...あっ...この部分は聞かなかったことにしてください。
で、“なんとかさん”は、ジム通いを決意して話題のスニーカーを手に入れただけで満足しちゃったりする人なんです。同じ本をまた買っちゃう...みたいな積ん読(つんどく)さんだと思います。たまに後ろの髪がはねていたりして...大変です!母性本能をくすぐりまくり。うたた寝している時の幼い寝顔といったら!チュウしたくなるのを何度我慢したことか!ぐふふふ、可愛いなぁ。
その“なんとかさん”は、女性相手ではイケイケだったかもしれませんが...そうでもないか...童貞だって言ってましたよね。安心して下さい、僕とおソロです...ムフっ。男相手の恋愛は初めてっぽいです。知らないことだらけのようですから、僕が指南してあげないとね。任せてください。“なんとかさん”は寝てるだけでいいですからね。お初同士ですけど、だてにBL小説を書いていませんって。コミケでは完売なんですよ。扇情的な性描写が凄いって。
“なんとかさん”がうちの課にやってきたとき、『よろしく』って笑ってくれたんです。白い歯がきら~んって。薔薇を背負ってました。まさしく少女漫画です。僕のハートが持ってかれました。でね、僕のことを馬鹿にしないで接してくれたんです。ドキドキです。僕のことが好きって言ってくれたんです。ぐふふふ、幸せです」
「...チャンミン」
あちこち細かい修正は必要だけど、その『なんとかさん』とは俺のことだよな?
じん、としてしまうではないか。
「でね、ぼちぼちの経済力で高身長、毛髪も豊か、筋骨逞しく、半径1メートル以内にいるだけで懐妊させてしまう精力の持ち主です。
未確認ですがおそらく、相当な将軍様だと思います」
「......」
「でね。
うっかり、ちゃっかり、さりげなく、これ幸いと、ここぞとばかりに、どさくさ紛れて、調子に乗って、抜け目なく、ユンホさん目当ての女性がユンホさんの隣に座ってもらったら困るのです!
男エリアの席にいる女性は、目立ちます!
さりげなさを装うったって、そうは問屋がおろしません!」
この執念...チャンミンだけは敵にまわしたくない、とあらためて思った。
バス、部屋、宴会の席割りなんて、可愛いもので済んでいる。
本気を出したチャンミンなら、頭脳派銀行強盗も出来てしまうかもしれない!
先の先を読むチャンミンのことだ、最小の労力で済む、巧妙で隙のない作戦を練った結果、望み通りの結果をちゃっかり得てしまう。
(何重にも先を読み過ぎて、本来の目的を見失い、迷子になることもあるだろうけど)
よその女子に獲られてたまるかの嫉妬心が、チャンミンの賢い頭脳の回転数を上げている。
「あのなぁ、宴会ごときで頭使いすぎなんだよ。
それにさ、チャンミンのプランは俺がここから動かなかった場合の話だろ?
俺だって酌にまわるんだぞ?」
今回のような社員旅行に限らず、納涼会、バーベキュー大会等イベント各種で、他部署の者たちとの親交を深めたい俺は、積極的に参加するタイプだ。
ところがこの旅行では、ヤキモチ妬きのチャンミンにへばりつかれていて身動きがとれずにいた。
チャンミンには悪いが、短時間でいいから俺を解放して欲しいなぁ、自由時間が欲しいなぁと思っていた。
「...分かってます。
どうぞご自由に」
「!」
予想外のチャンミンの回答に、俺は驚くことになる。
「え...いいの?」
「はい。
僕は寛大な男ですから。
それに...ユンホさんのことを信じてます。
僕は現地妻として港で待ってます」
「...現地妻...」
チャンミンの例え話はピントがずれていたけれど、「信じてます」なんて言われたら...。
「部長と課長くらいはおさえておかないとな。
世話になってる工場の人たちにも...それくらいだ。
いいだろ?」
「僕にお伺いたてなくていいです。
...反省しました」
ビンゴカードをマジシャンばりの手際でさばいていた手を止め、チャンミンはぼそりとつぶやいた。
「ユンホさんを誰にも獲られたくなくて、頭に血がのぼってしまって...見苦しいところを沢山お見せしました。
束縛男になってました」
「チャンミン...」
「駄目ですねぇ。
僕はこんなだし、ユンホさんは眩しすぎるし。
僕とお付き合いして下さるなんて夢みたいで...調子にのってました」
「何言ってるんだよ。
調子にのってるなんて...俺は全く思ってないぞ。
俺はチャンミンらしくていい、と思ってるぞ?」
ひと目がなければ、抱き寄せて頭を撫ぜてやるのに。
代わりに俺は、ビンゴカードを握りしめたままのチャンミンの手を、ポンポンと叩いて言った。
「宴会が終わったら温泉に行こうな」
「...はい」
にっこり笑って半月型になった眼は、赤くなっていた。
笑顔のチャンミンはやっぱり可愛いなぁ、と思った。
(つづく)
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