(6)会社員-愛欲の旅-

 

 

 

ベッドは1つ。

 

ソファはあるが2シーター。

 

チャンミンはどこで寝る?

 

ひとつベッドで寝たりなんかしたら...何かが始まってしまいそうで、怖い。

 

何かが始まって欲しいけれど、勢いで突き進むには身体がしんどい。

 

チャンミンを床に寝かすわけにはいかないから、やっぱり...ベッドで寝るしかないか。

 

180越えの男2人寝るには、シングルベッドは狭過ぎる。

 

とかなんとか考えていたら、チャンミンはボストンバッグからかさばるものを取り出し、丸めたそれをくるくる広げた。

 

「...寝袋」

 

「やだなぁ、ユンホさん。

病人のユンホさんを襲うなんてできません。

そりゃあね、僕はユンホさんが大好きですけど、欲望に任せてそんなこと...できませんよ。

聞いたことがあるんです。

熱がある人とえっちすると温かくて気持ちいんですって。

ぐふふふ。」

 

ちょっぴり残念。

(話の後半部分はスルー)

 

「残念」だなんて口にしたら、チャンミンを大喜びさせてしまい、俺をどすけべ扱いする台詞のオンパレードになりそうだったから、黙っておいた。

 

「ユンホさん、辛くなったら僕を遠慮なく起こしてくださいね」

 

「オッケ」

 

広げた寝袋に横たわったチャンミンのために、ファスナーをあげてやった。

 

手足が寝袋の中におさまり、顔だけぴょこんと出した姿に、か、可愛い...。

 

可愛すぎて、チャンミンの額にキスしてしまっても仕方がない。

 

「駄目です!」

 

チャンミンの鋭い声に、2度目のキスの間際で俺は止まる。

 

照れた上での制止じゃないようだ、チャンミンの眼が怒ってる。

 

チャンミンの逆鱗ポイントが分からずにいると、

 

「ユンホさんの風邪が僕に伝染っちゃいます!」とのこと。

 

「あ...悪い。

そうだよな」

 

「僕が風邪を引いたら、ユンホさんの性格だと『俺のせいだ』って自分を責めますよね?

自己嫌悪でユンホさんを苦しませるわけにはいきません!」

 

...そこまで思い詰めたりはしないけれど、拒絶の理由が分かって安心した。

 

怖い目をして「駄目」と言われて、少しだけ傷ついてしまったから。

 

ナイーブになってしまうのは、チャンミンが俺と同じ男だからだ。

 

女性相手だと、俺じゃあ理解不能かつ理不尽な言動された時、「女性のことはよく分からん」のひと言で片付けられる。

 

男と女、違う生き物、理解できなくて当然だから、くよくよ悩んでも仕方がない...極論を言うと、俺は悪くない。

 

ところが、男のチャンミンの言動は、同性だから理解できる。

 

どうしても俺基準で、言葉の真意をとってしまうから、「嫌」と言うからには、本当に嫌なんだろうと。

 

...ん、待てよ。

 

チャンミンは、『嫌よ嫌よも好きのうち』タイプだ(そうに違いない!)

 

チャンミンの「いやん、馬鹿ぁ」は、「カモーン」かもしれない。

 

チャンミンを相手にするのは難しいなぁ。

 

 

 

 

「ユンホさんって...左利きですよね?」

 

「...うん」

 

「ご兄弟は?」

 

「妹がいるよ」

 

「え...お兄さんはいないんですか?」

 

俺の回答が予想外だったらしい。

 

「ユンホさんは僕のこと...女っぽいと思ってます?」

 

「...いいや」

 

「...嘘ですね」

 

(ぎく)

 

「じゃあ、僕のこと...男っぽいと思うことありますか?」

 

「男っぽいも何も、チャンミンは男じゃん」

 

「そうですけど...。

男らしい僕に...ドキドキすることありますか?」

 

「あるよ」

 

恋の媚薬を飲まされた夜と、昨夜のエレベーター内で抱き寄せた腰の固い感触に、ムラムラに近いドキドキ感を覚えたことを思い出した。

 

実際は「ドキドキ」というより、「こいつ、男なんだなあ」と再確認みたいな感覚だ。

 

嬉しそうにしているチャンミンのために、詳しく説明するのは止めにした。

 

「世の中出回っている情報は、玉石混交です。

正しい知識だけを注意深くゲットしますからね。

僕は何でも疑ってかかる質ですから、おかしな情報をつかんだりはしませんからね。

そこのところは安心してください」

 

「?」

 

「好きな人には、気持ちよくなってもらいたいんです。

僕...頑張りますから」

 

チャンミンはおそらく、アレのことを話しているんだろうけど、理解が追い付かない。

 

「ユンホさんは男らしいですし、俺について来いって感じです。

...でも、僕は分かってますからね。

僕に任せてください」

 

分かってるって...何をだ?

 

任せてくれ...って何をだ?

 

「僕は頼りないかもしれませんけど、いちお、男ですからね」

 

「そうだな。

チャンミンは立派な男だよ」

 

「では。

おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

俺は数分ばかり寝付くことが出来ず、目を開けていた。

 

「...チャンミン?」

 

ベッドの下の、長々とした塊に声をかけてみたけれど、返事がない。

 

看病する側がとっとと寝てしまうなんてなぁ...いかにも、チャンミンだなぁと思った。

 

「ふう...」

 

じっと耳をすましていれば、チャンミンの可愛い寝言が聞けるかもしれない。

 

と思いついたものの、夕食後に服用した風邪薬が効いてきたのか、重だるい眠気に襲われてきた。

 

「...にく...」

 

俺がキャッチできた寝言はこのひと言だけ。

(焼き肉の夢でも見ていたんだろうか)

 

 

 

 

寝袋チャンミンの語りの意図が、やっとで理解できた!

 

意気込んでいるチャンミンの方こそ、無理をしているんじゃないか?

 

こういうことは最初の印象でなんとなく決まるんじゃないかなぁ。

 

どう見たってチャンミンは、そっち側なイメージだ。

 

いや...待てよ...。

 

これはあくまでも、俺が勝手に抱いているイメージだ。

 

実のところ、チャンミンは征服欲が強い質かもしれないんだ。

 

なんせ、呪文でトラになってしまった時、チャンミンは攻めまくっていた。

 

勢いにタジタジとなった俺は、チャンミンに襲われるがままだった(馬鹿力だった)

 

あれが本性だとすると...。

 

スラックスの前にくっきりと浮かんだアレ...なかなか立派なサイズだった。

 

アレが俺の..............................................................無理無理無理無理、無理!

 

俺の部屋に泊まった夜の「僕に任せて宣言」

 

さらに、ウメコの助言を真に受けたりなんかしたら...素直なチャンミンのことだ...。

 

俺の脳裏に、チャンミンに組み敷かれ、彼の身体に四肢を絡めた俺のアヘ顔が浮かんだ。

 

ぞっとした。

 

悪い、チャンミン。

 

俺はこれっぽっちも、押し倒される気はないんだ。

 

俺の方こそチャンミンを押し倒す気満々なんだ。

 

俺の愛撫に「ひゃん」とか喘いだりして、すげぇ可愛いはずだ。

 

 

 

 

カウンターに頬杖をついたウメコは、「なるほどねぇ...」と嘆息交じりにつぶやいた。

 

「ユノもチャンミン君も、挿れる気でいるってことね」

 

「そうなんだ」

 

俺はウメコ製のサラダ(ちぎりキャベツにカリカリベーコンを散らした上に、熱したごま油をかけたもの)を消費していた。

 

(ウメコの店にはメニューがない。客のリクエストに応じて、大抵のものは作ってくれるのだ)

 

「それでユノは困ってるってことね」

 

「ああ」

 

「どっちがそっちになるかは、その人の傾向によるものだからねぇ。

あなたたちの場合、前もって確認しておかなかったからねぇ。

勢いでくっついちゃったからねぇ」

 

「くっつけたのはお前だろ!」

 

「酷いわねぇ。

私がいなきゃ、あなたたち未だに同僚止まりよ」

 

その通りだったから、俺は黙るしかない。

 

「ユノ。

諦めなさい」

 

「?」

 

「あなたはチャンミン君に抱かれるしかないの」

 

「どうしてウメコが断言できるんだよ!」

 

「ヤル気いっぱいのチャンミン君を応援したくてねぇ」

 

「ウメコっ...まさか...!」

 

「そうなの」

 

「チャンミンに何を唱えた!?

何を飲ませた!?」

 

 

(つづく)

 

 

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