会社員-愛欲の旅8-

 

 

翌朝。

 

眼前のタイルの目地であみだくじをしていたら...。

 

「ユンホさん...」

 

耳元でささやかれ、首筋に温かい吐息。

 

「チャンミン!

こぼすところだったじゃないか!」

 

ここは男子トイレ、俺は用足し中だったのだ。

 

ぼうっとしていて、背後に近づいたチャンミンに全く気付かなかった。

 

(違うな...チャンミンは俺に気付かれないよう、抜き足差し足、忍者のように忍び寄ったんだ。『ユンホさんを驚かしちゃお』なんて可愛いいたずら心を起こしてさ)

 

「......」

 

「...ん?」

 

俺の肩に顎を乗せたチャンミンの視線は、俺のあそこに注がれていて...。

 

「見るなって!

恥ずかしいだろ」

 

肘でチャンミンを押し避けて、下着の中に納めスラックスを元にもどした。

 

「ユンホさん、おはようございます」

 

「おはよう」

 

俺の後にくっついてくるチャンミンに、「あれ?お前はしなくていいの?」と尋ねた。

 

「ユンホさんにお話があったのです」

 

手を洗う俺の背後に、ぬっと立つチャンミンが鏡に映っている。

 

いつもと変わらない七三分けヘアに紺のスーツも白シャツもシワひとつない...ビシッとしているのに、どこか垢抜けないのだ。

 

「話?

何?」

 

話があるって一体、今日は何を言い出すんだろう?

 

愉快な気分になるけれど、ウメコに何やら仕込まれているチャンミンだから、何を言い出すのか想像つかない。

 

濡れた手をハンドドライヤーで乾かそうとしたら、さっとハンカチが差し出された。

 

遠慮なくイチゴ柄のハンカチを借り、相変わらず気が利くなぁと感心した。

 

(チャンミンがイチゴ推しには、ちゃんと理由があるのだ。『情熱の残業』編を参照のこと)

 

「ユンホさん。

喜んでください!」

 

「?」

 

「ユンホさんと僕。

おんなじ部屋ですよ」

 

同じ部屋?と首を傾げていると、

 

「旅行ですよ、社員旅行」

 

「へえぇ。

部屋割り、もう決まってるんだ?」

 

「実行委員の特権を利用して、ユンホさんと同じ部屋にしたのであります。

えっへん!」

 

「えっ!?

チャンミン、実行委員だったの?」

 

チャンミンの「えっへん」はスルーした。

 

「そうですよ。

ユンホさんは再来年くらいに回ってくるでしょうね」

 

「面倒くさそうだなぁ」

 

実行委員メンバーは、各部署から1名ずつ選出された者たち。

 

(実行委員なんて皆のお世話係、遠足に引率する担任教師のような役割。皆がやりたがらない役目なのだ。立候補する者などおらず、部署によってローテーション制やくじ引きで決定しているらしい)

 

「僕らが男同士で助かりましたね」

 

「?」

 

「ユンホさんが男だったおかげで、疑いをもたれる恐れなし、です。

正々堂々と同室です!

6人部屋、というのが面白くありませんけど...」

 

鼻にしわを寄せたチャンミン...か、可愛い。

 

「お布団は隣同士に敷きましょうね。

ユンホさんの浴衣姿...ぐふふふ。

はだけた胸...ぐふふふ。

ユンホさんと温泉...ぐふふふ。

背中を流しっこするのです...ぐふふふ。

旅行まで我慢するつもりでしたが、さっき息子さんを見ちゃいました...ぐふふふ」

 

そうだよなぁ、じっくり観察していたからなぁ。

 

「あとはバスの席順を隣同士にするだけです。

ユンホさんを狙う女豹がいっぱいいるから、ちょっと骨が折れますが頑張ります」

 

口を覆う両手の指先から、半月型に笑った眼が覗いていて、か、可愛い...。

 

今朝は始業前からチャンミンに萌えてしまった。

 

「いつまで便所にいるつもりだ?

オフィスに行くぞ」

 

チャンミンの腕をとり、トイレを出ようとしたら...。

 

「わっ!」

 

俺の方が腕をとられ、あっという間にチャンミンに抱きすくめられていた。

 

「???」

 

「チューしてください」

 

「ちゅー」の形に尖らせた唇がずいっと迫ってきた。

 

「待て待て!

ここは職場だぞ?

お前の主義に反するんじゃないのか?」

 

「始業前なので『可』とします」

 

「なんだよ、それ...」

 

俺の返事もきかずに重ねられた唇。

 

チャンミンの常識や信念はわりと柔軟で、その時々で緩くなることがある、と心のチャンミン録にメモした。

 

この大胆さはウメコの呪術のせいか...?

 

違う、呪術は未だ効いていないはずだ。

 

じゃなきゃ、重ね合わすだけのキスで済むはずない。

 

俺とキスを交わして満足したらしいチャンミンの、廊下をずんずん歩く彼の猫背を見ながら安心した。

 

 

(つづく)

 

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