~チャンミン~
ユンホさんから「飲みにいかないか?」と誘われた僕は、天にも昇る思いだった。
他の人だったら100%断っていた(ま、誰も僕なんか誘わないだろうけど)。
でも、ユンホさんだったら話は別だ。
ウメコさんのお店は狭くて、ちょっとよろめいたら、ユンホさんの身体に触れられるくらいの接近できてドキドキだった。
卵とケチャップを買いに出ていったユンホさんを、僕はひとりスツールに腰掛けて待っている。
ウメコさんと2人きりになってしまって、僕も一緒についていけばよかったなぁ、って小さく後悔。
ウメコさんは厚化粧でも髭剃り青さを隠せてないし、ネックレスもイヤリングも指輪も過剰過ぎている。
「ザ・女装」「ザ・オカマ」そのまんまな人で、最初は怯えてしまった。
ユンホさんとは学生時代からの友達だというから、僕の知らないユンホさんをいっぱい教えてもらおう、と気持ちを切り替えた。
「ユノはね、ああ見えてかなりの奥手なのよ」
ウメコさんのぽっちゃりした手から、ビール瓶とグラスが手渡された。
「そうなんですか!?」
思いがけず大きな声になってしまった。
ユンホさんみたいなカッコいい人には...偏見かもしれないけど...とっかえひっかえ女の人が周囲にいるのかと思ってた。
何人もの女性社員がひそひそと、ユンホさんのことを噂しているところを何度も聞いた。
大っぴらにオフィス内で「あそこがカッコいい」「こんなことを言われた」、あーだったこーだった、って。
彼女たちにしてみたら僕なんか、男としてカウントする価値のない、面白げのない社員のひとりなんだろうね。
見た目もよくて、営業成績もよくて、女性に人気のあるユンホさんが、他の男性社員たちから妬まれても仕方がない。
だから僕は、目を光らせている。
ユンホさんの失敗を望む人が現れようものなら、僕が徹底的に阻止しないと、ってね。
それから、ユンホさんは書類仕事が苦手な人だから、僕がフォローしてあげなくちゃいけない。
たまに完ぺきに仕上げてくる時もあって、残念がる自分がいた。
こんなことがあった。
ユンホさんがサンプル品をオフィスに置き忘れて行ったことがあった。
即、連絡を入れたら「俺のとこまで届けてくれないか?」って頼まれて、指定された駅まで僕は走った。
オフィスにいるはずの時間に、外にいることが珍しくて新鮮だった。
ユンホさんはすぐに分かった。
スマホに視線を落として、駅構内の本屋の前で僕を待つユンホさん。
片脚に体重をかけている腰のラインが、なんだか色っぽかった。
細身のスーツがスタイルのよさを際立たせていて、とにかくカッコよかった。
憧れに近いほのかな恋心が、この瞬間に確信に変わった。
ユンホさんが...好きだ。
でも。
ユンホさんは男の人だ。
僕も男だ。
男が男を好きになるのは、レアなケースってことは重々承知してる。
僕は常識的であるべきことを重要視する人間だ。
ところが、ユンホさんに関しては多数派とか一般的とか、そんなことは一気に吹き飛んでしまった。
世の中の恋愛事情は、僕には関係ない。
僕は僕。
僕は僕がしたいように、恋愛をする。
ユンホさんが「男の僕を受け入れてくれるかどうか」の問題は脇に置いておいて、今はユンホさんと2人きりになれたことを楽しもう。
ユンホさんのプライベート・タイムに僕を加えてもらえて、ワクワクしているんだ。
ユンホさん、早くお使いから戻ってきてくださいね。
「ぐふふふ...」
しまった!
つい気が緩んで、気持ち悪いひとり笑いをしてしまった。(『キモいんだけど』と陰口を言われても仕方ないか)
誤魔化すようにビールを2杯、立て続けに飲んだ。
「チャンミンくぅん」
「は、はいっ!」
ウメコさんに呼ばれて、僕の背筋がシャキーンと伸びた。
ウメコさんは人差し指をクイクイと曲げて、僕に近くに寄るよう合図している。
「なんでしょうか?」
カウンター越しへ身を乗り出すと、ウメコさんが僕の耳元で囁いた。
「チャンミン君は...ユノのこと...好きでしょ?」
「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
初対面の人にズバリ指摘されてしまった。
おかしいな、どうしてバレたんだろう。
髪を撫でつけたり、ネクタイを緩めたり、そわそわしてしまう。
「ユノのこと...好きでしょ?」
もう一度、尋ねられた。
「...はい」
僕はあっさり認めた。
ウメコさんの派手な見た目は多分、鋭い観察眼をカモフラージュするためのものなんだ。
ウメコさんに隠し事は出来ないと悟った。
「好きなんだぁ...」
「はい。
その通りです」
ウメコさんはそっち系の人だろうから、僕が男のユンホさんを好きだと知られても平気な点は救われた。
「ふぅぅん、そんなんだぁ...」
意味ありげに笑うウメコさんが不気味で、僕はごくり、と唾を飲み込んだ。
ドキドキ。
(つづく)
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