(10)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<初めての発情期の巻>

 

ここオメガバースの世界では人類と科学技術の発展にアルファ属の存在は欠かせなかった。

 

アルファ属の優れた知性と探求心、どん欲さがあったからこそ、今の社会がある。

 

社会発展と共に深刻さを増していったのが人口減少だ。

 

原因は、性欲と結婚の重要度の低下による生涯未婚率が高まったとか、環境ホルモンなどの影響で生殖能力も低下したとか云云かんぬん、仮説に過ぎないものも含めると、これがそうだとは一言では説明しきれない。

 

人口減少に歯止めをかけるために、アルファとオメガという旺盛な性欲と驚異的な生殖能力を持ち得た属性を生み出したのだが...。

 

ここ20年の統計によると、アルファ属の出生比が下がりつつあるらしい。

 

アルファ属は近代社会の維持と発展に必要不可欠な存在であるから、アルファ属の出生比の減少は、大袈裟に言ってしまえば人類滅亡の道へ逆戻りしてしまう、ということだ。

 

ここで再び、オメガ属の出番となった。

 

人口減少に歯止めをかけるために、妊娠出産に特化した属性として生み出されたオメガ属。

 

今度は、アルファ属減少に歯止めをかけるために必要不可欠な存在となったのだ。

 

...近年のアルファの子のほとんどが、男女を問わずオメガが妊娠出産した子である、という現実。

 

オメガが関わらないとアルファが誕生する可能性が著しく低い、という事実。(この組み合わせ例の一覧は、次話で紹介する)

 

言い換えると、人類滅亡を救うのはアルファ属の存在だが、そのアルファ属を生み出すためにはオメガ属の存在が不可欠だ、ということ。

 

結果、手の平を返したかのように、オメガ属の保全に社会は本格的に乗り出し始めた。

(悲しいことに、人々の意識はそう簡単には変わることなく、オメガ属とは性欲と生殖の為だけに生存している属種だと蔑み、冷遇する風潮は依然としてあるのが現実だ)

 

希少だったオメガの希少性がさらに高まったことが、チャンミンがオメガである事実を隠さなければならない理由のひとつでもあるのだ。

 

オメガだと知られた途端、拉致られる可能性がある。

 

発情中のオメガを外に連れ出すこととは、どれほどの危険行為なのか。

 

重々承知しているが、チャンミンを一人で独身社員寮に残すことの危険と、帰省旅行にチャンミンを同行させる危険とを、ユノは天秤にかけた。

 

(アルファである俺が全力で守り抜けばよい)

 

結果ユノは、時価数百億の宝石、又はたった1滴でビル1棟爆発させられる爆薬の小瓶がおさめられたアタッシェケースを持ったスパイになりきる必要があった(大袈裟)

 

 

チャンミンに初めて発情期が現れた日を振り返ってみよう。

 

それは初潮からしばらく経った頃、何の前触れなくそれは訪れた。

 

よりによって、授業中のことだった。

 

「チャンミン、この問いに答えよ」

 

「はい」

 

教師に指名されたチャンミンは、設問に答えようと起立した。

 

(!!!)

 

その直後、何かが『下りる』感覚に襲われた。

 

(おもらし!?)

と、血の気が下がったが、すぐにそうではないことが分かった。

 

(これはおもらしじゃない。

それとは違う...とろっとしたものが、重力に伴い下りた感じ...)

 

その『とろっとしたもの』は、どうやらお尻から溢れ出たようだった。

 

(おかしいな。

生理は2週間前に終わったばかりだ)

 

身動きしたら、その『とろっとしたもの』がもっと出てきそうで、既に内腿を濡らし始めている。

 

(どうしよう...)

 

「......」

 

無言のままもじもじと、突っ立ったままのチャンミンに、教師も周囲の生徒たちが不審に思い始めたようだ。

 

「チャンミン君?

答えられないのか?」

 

「...はい」

 

この教師は意地悪と悪評高く、「分かりません」と白旗をあげてもそう易々と解放してくれやしない。

 

「つい今まで説明していたところだぞ?

お前、ノート取っていただろ?

なんだ、文字が読めないのか?」

 

「......」

 

お尻に力を入れていないと漏れそうで、チャンミンは身動ぎひとつ出来ず、教師の設問に答えるどころじゃないのだ。

 

ユノの席はチャンミンの真後ろだった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

ユノは小声で声をかけると、モノサシでチャンミンのお尻の辺りを突いた。

 

いつものチャンミンなら、モノサシで突かれただけで敏感に反応し悲鳴をあげるはずなのに、今日のチャンミンはびくともしない。

 

(ん?)

 

お尻にカッチカチに力が入っているのだ...まるで、お尻の穴を引き締めているかのように...。

 

真ん前にあるチャンミンのお尻を目にして、ユノは心の中で叫んでいた。

 

(チャンミン!!!)

 

チャンミンのスラックスの後ろがじわじわと、濡れ始めていることに気づいたのだ。

 

(生理か!?

漏れたんだ!)

 

「チャンミン君。

私の質問に答えなさい!」と、しつこい教師。

 

「はいっ...えーっと、えーっと...」

 

チャンミンはしどろもどろになるだけで、「トイレに行かせてください」のひと言が言い出せない。

 

ユノは「チャンミンをトイレに連れていかねば」と腰を浮かしかけた。

 

(チャンミンをトイレへ引きずっていきたいが、俺が付き添うのは不自然過ぎる...)

 

ユノの頭上の電球がピカっと光った。

 

(チャンミン、悪いな)

 

ユノは片足を目一杯前方に伸ばした。

 

そして、チャンミンの膝裏を突いた。

 

『膝かっくん』だ。

 

「!!!」

 

チャンミンは、がくんと膝から崩れ落ちた。

 

ガタガタっと椅子が倒れ、机も前方に大きくずれた。

 

チャンミンはかろうじて机にしがみついている。

 

「チャンミン!」

 

ユノは勢いよく席を立ち、ずっこけたチャンミンの側にひざまづいた。

 

「これは...いけない...。

先生!」

 

ユノは鬼気迫る、迫真の演技を始めた。

 

「チャンミンが大変なことになっています!

俺、保健室に連れていきます」

 

と宣言すると、チャンミンを抱きあげた。

(ユノの強圧的な態度と気迫のこもった視線に、教師の身体はすくんでしまっている)

 

「きゃあぁ!」と女子たちが悲鳴をあげる。

 

「ユノ!」

 

ユノの突然の行動にチャンミンは目を剥いて、ユノの腕から逃れようと両脚をバタつかせた。

 

「黙っとけ。

お前のアソコが大変なことになってる」

 

ユノに囁かれチャンミンはしゅん、と大人しくなった。

 

(彼の言う通り、立った姿勢だと濡れたお尻がバレバレだ)

 

軽々とチャンミンを抱いたユノの姿に、教師は扉を開けてやった。

 

教師はユノの気迫に圧倒されるあまり、教師の立場上2人に同行すべきであることを失念してしまっていた。

 

皆はユノの勇姿に釘付けだ。

 

女子たちはピンク色のため息を漏らし、男子たちはユノが素晴らしすぎて嫉妬すら起こらない。

 

怪我をしたのか過呼吸なのか貧血で倒れたのかよく分からないチャンミンのことなど、誰も見ていなかったのが幸いだった。

 

グレー色のスラックスのお尻部分は、謎の液体で濡れたことで濃いグレーに染まり、その範囲がかなり広がっていたからだ。

 

教師の「よろしく頼む」の見送りを背に、ユノの足はチャンミンを抱いて保健室...ではなくある場所へと向かっていた。

(オメガに変属したチャンミンは華奢な体型になった為、体重は軽めだ。

アルファに変属したユノはその逆で、筋肉の厚みもパワーも俊敏さも増していた)

 

「ユノ!

僕、歩けるよ!」

 

「いいのか?

下ろしたら、尻から出ちまうぞ?」

 

「......」

 

ユノは旧館の空き教室が並ぶ最上階まで移動すると、利用者がほとんどいないトイレでようやくチャンミンを床に下ろした。

(人口減少の影響で、空き教室が増えている)

 

「着替えようか」

 

ユノは一番奥の個室の扉を開けた。

 

そこは掃除道具入れになっている。

 

トイレットペーパーの段ボール箱の中から紙袋を取り出した。

 

紙袋の中には替えのスラックスと下着、ウェットティッシュ、ナプキンの予備が入っている。

 

生理の周期が乱れた時も慌てないよう、必要品を掃除道具入れに備えていたのだ。

 

「着替えてこいよ」

 

「うん」

 

ユノは個室のドアを開け、チャンミンの背を押した。

 

ドアが閉まる。

 

ユノは個室の外で待つことにした。

 

衣擦れの音。

 

「あ゛ぁぁーーーーー!!」

 

「どうした!」

 

チャンミンの悲鳴に、ユノは個室の扉をこぶしで叩いた。

 

「何なのさ、何なのさ~!」

 

「鍵を開けろ!」

 

「何なの~!

ヤダ、ヤダよ~~~!」

 

パニクるチャンミンは、扉の鍵を開けるどころじゃないらしい。

 

ユノは扉に飛びつき、その上から個室の中を覗き込んだ。

 

チャンミンは半べそ顔で、ユノを見上げていた。

 

「ユノぉ...。

僕の身体、また変になっちゃったぁ...」

 

そこでユノが目にしたものとは...。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]