(36)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

「Kさんは、どうしてコンテストに挑戦するんですか?」

 

僕が尋ねると、Kさんは照れ臭そうに笑って言った。

 

「好きなんでしょうね、こういうことが。

モデルになってくれた人に似合うスタイルを、思う存分追求できる機会ってありませんから。

出場料も高いし、カラーリング剤や衣裳の材料費は自分持ちです。

あ!

モデル料はご心配なく、これはサロンから出ます」

 

「頑張ってくださいね」

 

「もちろん。

チャンミンさんという素材を、頑張って調理しますから」

 


 

~ユノ~

 

俺は待ち合わせのレストランへ向かう電車に乗っていた。

よくよく考えると、レストランは別れ話の場にふさわしくなかった。

食事をしながら別れを告げるなんて、無神経も甚だしい。

メインディッシュを食べ終えて、食後のコーヒーの時に「話がある」なんてあらたまって切り出されたら、胃におさめたそれまでの食事を吐き出したいくらい不味いものになってしまう。

しまったな。

今ならBに予定変更をお願いできるかもしれない...。

スマートフォンを操作しかけたその時、着信音が鳴り響いて、驚いた俺はそれを取り落としそうになる。

 

「どうした?」

 

『ユノ?

仕事が休みになったのよ。

今、家に居るの。

外へ出て行く元気がないから、外食はナシにして。

いいでしょ?』

 

「ああ」

 

助かった、と思った。

何事につけ、俺は断りの言葉を口にすることが苦手だった。

いい顔をしてしまうのだ。

特に彼女を前にすると。

 

「こんなんで、ホントに大丈夫なのかよ...」

 

自分を叱咤するように、独り言をつぶやいた。

情けない。

なにビビってるんだ。

腕時計が19時を示している。

チャンミンの帰宅は22時過ぎになると聞いている。

それまでは、彼女と2人きりになれる。

 

よし。

 

すぐに帰宅して、家に居る彼女と話をしよう。

2人きりになれる場所で、まっすぐ彼女の眼を見て告げよう。

俺は予約を入れていたレストランへキャンセルの電話を入れると、家路を急いだのだった。

 

 

「何か作ろうか?」

ソファで雑誌をめくるBに声をかけた。

 

「ジントニック」

 

ジントニックは彼女が好きなカクテルで、冷蔵庫にはトニックウォーターのストックは欠かしていなかった。

ライムは切らしていたので、八つ切りにしたレモンを添えた。

右手にビール、左手にジントニックのグラスを持って、彼女の隣に座った。

 

「この時間に、君がいるのは珍しいね」

 

そこまで言って「しまった」とヒヤリとした。

何の気なしの一言が、彼女にとっては嫌味に聞こえるらしいから。

 

「たまにはゆっくり休みたいのよ」

 

ジントニックをちびちびと口に運びながら、ため息交じりのその言い方に疲れがにじんでいた。

彼女の言う通り、疲れているようだった。

とはいえ、すっぴんでも十分美しい彼女の横顔。

かつて俺の心をぎゅっと捕らえた彼女の美貌。

彼女の為に何でもしてやりたかった。

今の彼女は隣にいるのに遠い存在だった。

彼女がいなくても寂しいと思わなくなっていた。

いつの間に彼女のことを 過去形で語っている自分にあらためて驚いた。

 

「なあ、B...」

 

「B」と発音する一言目がかすれてしまって、俺は咳ばらいをした。

口をつけずにいたビールの缶を、ローテーブルに置いた。

ビールなんて全然飲みたくなかった。

手の平も脇の下も汗で濡れている。

YUNのオフィスでかいた汗とは種類の違う汗だ。

無言が続いてしまった。

彼女は俺の様子がおかしいことに気付いたらしく、こちらに身体を向けて座りなおした。

 

「ユノ...可哀そうに。

あなたも疲れているのね。

仕事が忙しいのね」

 

マニキュアが綺麗に塗られた白い指が伸びてきて、僕の片頬を撫ぜた。

 

「いや...俺は大丈夫だよ」

 

俺は首を振り、彼女の手首をつかんで、そっと下ろした。

彼女はごくごくたまに、俺を気遣う優しい言葉を吐くから困るんだ。

 

「ユノ...顔がマジで怖いんですけど...?

どうしたの?」

 

彼女は僕の顔をまじまじと見る。

西欧の血が混じった彼女の瞳は、明るい茶色をしている。

かつて、この美しい1対の瞳が俺のものになったと、喜びのあまり心打ち震えるほどだったのに。

俺は意を決して、言った。

 

「別れたい」

 

「え?」

 

毛先がカールしたまつ毛に縁どられた大きな目が、もっと大きくなった。

 

「別れたいんだ」

「え...?」

 

彼女の声もかすれていた。

 

「別れる?

私と?」

 

「ああ、そうだ。

君とは終わりにしたい」

 

 

(つづく)