(57)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

ドアの前にたたずんで、俺はチャンミンがシャワーを浴びる音をしばらくの間聞いていた。

ドア越しに声をかけようとしたが、言葉が見つからなかった。

このシチュエーションは覗きに近いと気付いた俺は、仕方なくリビングに戻った。

そこは無人で寝室をそっと覗くと、身体を丸めたリアがベッドで横になっている。

罪悪感が俺を襲う。

彼女のプライドをざっくりと傷つけてしまった。

「抱いて」の言葉に応えたところ、彼女の豊満な身体を前にしても俺の方は萎えたままだった。

別れを決心したくせに、彼女のことを可哀想だと思って、一瞬でも抱こうとした自分に嫌気がさした。

自身の喉元に刃物を向けた彼女の姿が、頭に焼き付いている。

ここまで彼女を追い込んでしまった自分の不甲斐なさにも嫌気がさした。

 

「はあ...」

 

俺はソファに寝っ転がって、広い天井に並ぶダウンライトを見上げた。

この部屋には、俺と男ひとりと女ひとり。

2人の間で右往左往している俺だったが、決して二人に振り回されているとは思わなかった。

その場限りの優し気な言葉を吐いていた結果がこうだ。

俺との別れを拒絶するのなら、リアを置いてこの部屋をさっさと出て行けばいいことだ。

けれども、それにストップをかける。

彼女を「捨てる」みたいじゃないかって。

ここを出るのなら、彼女には俺たちの別れに納得してもらいたいし、彼女の今後の生活のことも心配だった。

無責任なことはしたくないし、無責任な男だと思われたくなかった。

 

「そういうことか...」

 

どう思われたっていいじゃないか。

穏やかで寛大な男に見られたかっただけじゃないか。

本音に従って行動すればいいことなのに。

チャンミンのことを想う。

もし今、俺の想いをぶつけたら、彼は困るだろう。

特別に可愛らしいワンピースを着るくらいだ。

お洒落した姿を見てもらいたかったんだろう。

あんなに綺麗で可愛いワンピース姿を見せられたら、『例の彼』もぐらっときただろう。

彼の恋が順調そうな時に身勝手なタイミングで想いを告げたりなんかしたら、彼は悩むだろう。

彼とどうこうなる可能性が低くなったからといって、リアと別れることを思いとどまることは決してない。

俺は恋人が欲しいわけじゃないんだ。

 

「はあ」

 

ふわっとシャンプーのよい香りが漂ってきた。

湯上りチャンミンは、ソファの背もたれのこちら側に居る俺に気付かず通り過ぎると、6畳間に入っていった。

ゆったりしたワンピース姿を目にして、「いつものチャンミンに戻った」とホッとした。

綺麗に着飾った彼を見ると、胸がザワザワした。

なぜって、綺麗になるのは俺のためじゃなくて、『例の彼』のためのものだろうから。

おい、思い出せ!

リアと抱き合っているところを見られてしまったんだぞ?

床を這いつくばって彼女とコンタクトレンズを探していた、なんて感じじゃなかったんだぞ。

誤解を解きたかったが、うまい言いわけを思いつかない。

別れの条件を果たすために彼女と抱き合っていた、なんて言えるわけがない。

 

「はぁ...」

 

俺は立ち上がってキッチンへ向かった。

床に転がったカップケーキをひとつひとつ拾い上げた。

情けなく、そして泣きたくなるほど寂しい気持ちで。

「このカップケーキはね、豆腐や大豆粉で作られてるんだよ。

イソフラボンが含まれているから、チャンミンちゃんのお胸が大きくなるかもよ」

「ひどいですー!」

と、俺を睨んで頬を膨らませながらも、「でも食べまーす」って大きな口でパクパク食べるんだ。

「俺にも1個頂戴」っておねだりしたら、「1個だけですよ」って言いながらも、3個も5個も俺の手に乗せてくれるんだ。

彼はきっと、独り占めしない子だろうから。

俺たちは深夜のティータイムを楽しむはずだったのに。

 


 

~チャンミン~

 

ベランダの手すりにもたれて、夜景を眺めていた。

雨は上がっていて、雨上がりの涼しい風が湯上りの火照った顔や首を、ちょうどよく冷やしてくれた。

頭の中を整理しようと熱めのシャワーを浴び過ぎたみたいだ。

 

「はあ...」

 

今日はイベント盛りだくさんだった。

YUNさんに美味しいものをご馳走になったことだけでも嬉しすぎるイベントなのに、キスされちゃった。

「あー」っと声を出して、額を手すりに押し付けた。

YUNさんとのキスを、どう処理したらいいのか分からない。

嬉しいんだけど、素直に喜べない。

僕にキスした理由が分からない。

深い意味はなかったんだよね、うん、きっと。

だって、YUNさんには恋人がいるだろうから。

もうひとつの処理できない気持ち。

ユノさんがリアさんと抱き合っていた。

2人とも床に座っていて、リアさんの髪もユノさんの髪もぐちゃぐちゃに乱れていた。

2人とも赤い顔をして汗をかいていて...何をしようとしていたのか、僕だって想像がつく。

リアさんとやり直すつもりなんだね。

「リアとは別れる」って宣言してたのに、気が変わっちゃったの?

「別れたい」ってホテルで泣いてたけど、彼の本心はリアさんと別れたくなかったんだね。

ユノさんの...バカ。

心配したんだから。

リアさんと別れた彼を元気づける方法を、いっぱい考えたんだから。

ここは彼とリアさんのおうちだから、いつでもどこでもいちゃいちゃしてても、僕には文句は言えない。

でも...リアさんを抱きしめてる彼を見て、もの凄く動揺した。

「ラブシーンを見てしまった―!」っていう赤面ドキドキ動揺じゃないんだ。

呼吸が苦しくなる感じ、嫌な感じ。

この感情をひとことで言い表せる言葉を見つけた!

 

『面白くない』

 

彼とリアさんがいちゃいちゃしているところを見たくない。

彼には、リアさんといちゃいちゃして欲しくない。

でも...彼を責める資格は私には、ない。

彼はお兄ちゃんのお友達に過ぎないし、彼には恋人「リアさん」がいる。

それに。

僕はYUNさんのことが好きで、キスされて嬉しくて、でも彼には恋人がいて...。

どーしよー、頭がパンクしそう!

手すりにゴンゴンと頭を打ち付けた。

 

「!!」

 

後頭部に何かが触れた。

 

(つづく)