(61)オトコの娘LOVEストーリー

~ユノ~

 

 

俺の周囲から音が消えた。

「チャンミンちゃん...急に、どうした?」

「どうもこうもしてません!」

彼が消え入るような小声で言った。

「ユノさんは僕が相手でも、キスできますか?」

 


 

~タクシー・ドライバー~

 

深夜2時30分。

呼び出されたマンションの前で乗り込んだのは、若い男二人。

片方の頭は、雪みたいに真っ白だ。

行き先が片道1時間弱はあるところで、距離が稼げて「今夜はついている」と気持ちが上向いた。

ちらちらとバックミラー越しに後ろの様子を窺った。

俳優みたいにきれいな二人だったから、ついつい見てしまう。

ぼそぼそと会話を交わしている。

信号待ち時、さりげなく後ろを振り返ったら、手を繋いでいて「おっ!」と驚いた。

やれやれだ。

世の中、いろんな人がいるもんだ。

(!!)

頭の白い方の顔が、黒い方の頭で隠れた。

キスしてるじゃあないか。

しかも、男同士じゃないか!?

バックミラーから視線を前方に戻したら、赤信号に気付いて慌ててブレーキを踏んだ。

ぐっと前のめりになり、シートベルトが肩に食い込んだ。

危ない危ない。

「お客さん、すんません」

後ろの2人に謝りながら、振り返った。

 


 

 

~ユノ~

チャンミン発言、「キスできますか?」に俺はフリーズしてしまった。

俺の中では、彼の質問に「できる」と即答していた。

彼が知りたいのは「好きな人がいながら、他の人とキスができるのか?」だ。

この質問の答えは「YES」でもあり「NO」だ。

リアとのことを棚に上げられるのは、いくつかの恋愛模様を経験した結果、すれてしまった大人の俺だからだ。

でも、彼はそうじゃない。

彼が欲しい答えは、「NO」なのだろう。

彼は青い。

彼の理想は、「好きな人とだけしかキスしない人」だ、きっと。

『チャンミンとキスしたいのか?』

この質問の答えは「YES」だ。

でも、彼は俺の気持ちを知らない。

どうすればいい?

こんなことをわずか5秒の間に考えていた。

走行する車がまばらの深夜過ぎの道路。

規則的に並ぶ街灯が、規則的なリズムで彼の真剣な表情を照らしていく。

じぃっと俺を見つめている。

チャンミン、何があった?

どうして俺にそんなことを尋ねるんだ?

切なそうな目が色っぽく俺の目に映っているよ。

そんな目で見られたら、『お兄ちゃんのお友達』でいられなくなるよ?

言われなければ、女の子と間違われてしまう凛々しくも可愛らしさを同居させた顔。

その顔に、顔を近づける。

止められない。

目の前の彼が、鏡に映る自分に見えて、まるで鏡とキスをしようとしているみたいに錯覚した。

暗い車内で、彼の顔のディテールが曖昧になっていたから、余計にそう見えた。

繋いだ片手はそのままに、もう片方の手を彼の頬に添えた。

彼の頬がぶるっと震えたのを手の平で感じたら、目の前の鏡板は消滅してしまった。

斜めに傾けた顔を、15㎝の距離でぴたりと止めた。

彼は繋いだ手の力を抜いて、身動ぎせず呼吸も止めているようだ。

俺は彼とキスがしたい。

これが俺の答えだ。

 

 

俺の目が彼の喉がこくりと動いたのを認めたのち、俺は目を閉じて唇を彼に寄せた。

あと1㎝。

「!!!!」

俺たちの身体が前方につんのめり、その後一気に引き戻された。

彼に寄せた顔がぐいっと引き離された。

赤信号を見落としそうになったタクシーが急ブレーキをかけたのだ。

「!!」

反動で俺の唇は彼の首筋に落とされた。

彼の汗と、ミルクみたいに甘い香りをすうっと吸い込んだ。

彼の首筋がぴくりと震えた。

俺と繋いだ手に力がこもったから、男の欲が抜き差しならない状況に陥ってしまう。

「すみません!」

タクシーの運転手さんの謝罪の言葉が耳に入らない。

唇を押し当てているだけでは足りない。

唇をわずかにをずらして、口づけた。

俺の唇はうなじの方まで移動してゆき、鼻先を彼の後ろ髪に埋めた。

そしてついには、彼のやわらかい皮膚に柔く吸いついてしまう。

「あ...」

彼から掠れた声が漏れて、俺の胸がうずいた。

そんな声を出したら駄目だよ。

止められなくなるから。

彼の喉がこくりこくりと何度も動いて、俺を煽る。

俺の唇はとくとくいう彼の鼓動を感じ取っている。

タクシーの中だということを忘れて、ついばむ唇の隙間から舌先をそっと押し当てた。

「ん...」

チャンミン、そんな声出さないで。

そう思いながらも、もっと彼の掠れた声が聞きたかった。

やっぱり唇にキスしたい。

彼の耳の下から唇を離して、もう一度顔を寄せようとしたら、胸を押された。

「駄目です」

するりと手が抜かれ、俺の手の中は空になった。

彼は俺の胸に手を置いたまま、俯いてつぶやくように言った。

「ユノさん、駄目です」

 

(つづく)