~ユノ~
遮光性ばっちりの建具のおかげで、現在時刻は全く分からない。
日付はとうに変わり、明け方まであとわずか、といったところだろう。
「はっ!」
今日のシフトは早番だった!
加えて、ラストまでのフル勤務の日!
(キッチン長が非番のため)
体力削って、寝不足している場合じゃない!
「今何時?」
ヘッドボードはめ込みのデジタル時計は3:20とあった。
「セーフ。
焦ったぁ」
「何時までゆっくりできるの?」
風呂はここで借りて、いったん自宅に帰って着替えるとなる...と俺は頭の中でぱぱっと計算する。
「5時にはここを出たい」
「え~、帰っちゃうの?」
「しょうがないだろ、仕事なんだから」
「仕事は何時から?」
「7時」
「うちから職場へ行けばいいじゃん」
「着替えたいし」
「僕のを貸してあげるよ」
「やだよ。
あんたは細身
男の恰好した女の服みたいだ」
「ゲイだから?
それって偏見だよ」
ああ言えばこう言う、どこまでも食い下がってくるチャンミンと、言い負かされる俺。
そして、ぽろっと出てしまった俺の失言に、泣きだしそうな顔を見せるチャンミン。
「悪い。
俺がもっこりズボン穿いて出勤してきたら、パートのおばちゃんたちが卒倒するよ」
鏡に映るちんちくりんパンツ姿に俺は顔をしかめた。
「どう?
おさまりいいっしょ?」
「こういうの穿き慣れていないんだけどなぁ」
「凄い似合ってるよ」
「触んなよ」と、俺の股間に伸ばされたチャンミンの手を跳ね除けた。
チャンミンは俺の背後に立つと、俺の肩に顎をのせた。
相変わらず綺麗な顔をしている。
俺の頬に触れる柔らかな髪は紫がかった白銀色。
肌はすべすべだし、華奢に見える身体は引き締まっており、単なる運動不足による貧弱ボディではなさそうだ。
チャンミンの全身は自己鍛錬とお手入れのたまものだと見受けられた。
素材が良いうえに、自身を魅力的にみせるためのお手入れのおかげで、そこら辺のイケメンとは次元が違う。
チャンミンの隣に立つ男とは、週7日ジムに通ってプロテインが主食のマッチョ男や、バリバリの高級スーツを着た金持ち男なんかが相応しいのでは?
それに引き換え俺と言えば、ファッションにこだわりもなく、食べたいものを食べ、日々流されるままナチュラルに暮らしてきた25歳の若造。
ついでに言えば、運命の人を捜し求めていた結果、つい2時間前まで童貞だったりする。
...でも、俺とチャンミンが並んでいる姿を見る限り、人工的な銀髪プレイボーイと天然の金髪男とまあまあ釣り合っているのではないだろうか。
悪くないんじゃない?
ふうん、そうか。
俺の理想とはかけ離れた展開へとあれよあれよと進んでしまったが、俺は童貞を捨てることができた。
運命の相手...オトコ...を見つけることができた。
それからそれから、俺はこの男と付き合うことになった。
悪くないんじゃない?
・
いつもとは違う路線の電車に乗って、俺は職場へと向かっている。
俺はつり革に体重を預け、車内広告を見るともなく見ながらもの思いにふけっていた。
俺の休みは3日後、チャンミンの休みは今日と明後日。
(お互いシフト制だから、休みが合わないなぁ...)
シフトを組むのは俺の担当だ。
この特権を利用させてもらおう。
(来月分はチャンミンと休日を合わせよう、そうしよう)
俺は頭の中でチャンミンとしたいことを、次々と挙げていった。
買い物だろ、映画だろ、海水浴に温泉。
過去の彼女たちと経験してきた、定番デート一覧。
プレイボーイ「だった」チャンミンなら、もっといいアイデアを持っていそうだ。
(それに...)
シフトが合わなくたって、仕事終わりならいつだって会えるし、チャンミンの職場には、俺のばあちゃんが入所しているんだ。
ばあちゃんの顔を見がてら、仕事中のチャンミンを見ることができるじゃないか。
交際したては、毎度心踊る。
今回の恋は、これまでの恋とは格段に違う。
既に身体と身体を繋げているのだ!
ああ、楽しみだなぁ。
うんとあいつを大事にしてやろう。
・
「次の休みはいつ?」
「明日」
「残念。
僕は5連勤なんだ」
「今日はチャンミンは何時上がり?」
「日勤だから5時」
「俺、ばあちゃんの顔を見に行きたいからそっちにいくよ。
一緒に帰ろっか?」
「僕んちにする?
ユノんちにする?」
部屋で何をするかといえば、ただひとつ。
相性の良さを知ってしまったからには、会う度にヤリまくってしまっても仕方がない。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]