(55)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

昨夜は徹夜だった。

 

(...やべ)

 

ショーケースを埋め尽くす、総菜たちの色とりどりの洪水に呑み込まれる感覚に襲われた。

 

眩暈で身体が傾いだ。

 

隣で補充作業中だったパートのお姉さん(勤続30年のベテラン)に寄りかかってしまう羽目になったが、彼女の豊かなお尻にボインと跳ね返された。

 

「すみません!」

 

「ユノ君、大丈夫?

目が真っ赤」

 

「昨夜、ゲームをやり過ぎたみたいっす」

 

(ある意味ゲームと言えなくもない。

朝日が昇るまでチャンミンとプレイを楽しんだから。

にしても、無茶し過ぎた。

今度からはセーブしよう)

 

「徹夜?」

 

「はあ。

そうっすね」

 

目頭を揉む俺に、お姉さんは「ふ~ん」と訝し気な表情を見せている。

 

「友達も一緒だったから、余計夢中になってしまって...」

 

「友達...ね」

 

適当に嘘をつけない質の俺は、意味深げなお姉さんの視線に耐えられず、そそくさと作業に戻ることにした。

 

「はい、友達っす(それ以上の関係です)」

「年は近い?」

「同い年です(これは本当)

学校が同じだったんで(これは嘘)」

 

俺たちはワゴンにぎっしり乗せられたおにぎりや日替わり弁当を、もくもくとショーケースに並べていった。

 

「恋をしてるわね」

 

消費期限を確認していた俺の手が止まった。

 

「え゛っ!?」

「ユノ君、彼女できた?」

 

お姉さんの顔の半分はマスクで隠されているけれど、目は糸のように細められていた。

 

「ど、どうして?」

「フラフラしてるのに、肌つやがいいんだもの」

「え゛」

 

反射的に頬に手をやってしまった行動が、彼女の質問に「YES」と言っているようなものだった。

 

「カマかけてみたら、普通に引っかかってくれるんだもの~」

「...っ」

「ユノ君って、可愛いわねぇ」

 

お姉さんは吹きだしそうになるのを、必死で堪えているようんだった。

 

「残りは俺がやるんで、××さんはゴミ出しに行ってきてください」

 

そして、品出しに精を出すスタッフたちに向けて声をはりあげた。

 

「...あと5分で開店ですよ!

急ぎましょう!」

 

 

客足が途切れた頃を見計らって、俺たちは作業台の下にしゃがんで束の間のお茶休憩中を取っていた。

 

俺はチョコレート菓子を皆に振舞った(休憩用にさっと口にできる菓子を用意するようにしている。もちろん自腹だ)

 

案の定、俺の話はデリカ部門に広がってしまっていた。

 

「雰囲気が浮ついていたのよねぇ」

「休み時間はずっとスマホを見ているし」

「若いっていいわねぇ」

「目がキラキラしてるし。

でも、たまに充血してるし」

「段取りがよくなって、みんなが時間通りに帰れるようになったし」

「前の日と同じ恰好してる時あるし」

「お洒落になってきたし」

 

(最後の言葉には、ちょっと傷つく。

洋服選びの際、チャンミンのアドバイスを参考にするようになったからかな)

 

彼女たちの冷やかしの視線に耐えられず、俺は目を伏せちびちびと茶を飲んでいた。

 

どうせバレてしまったのだ、今さら否定の声をあげても彼女たちをヒートアップさせてしまうだけだ。

 

「はぁ」とか「まぁ」とか、適当に相づちを打つだけにとどめておくことにした。

 

「良かったじゃないの~」

「そうですかね」

 

日課となるつつある、チャンミンにメッセージ(内容は他愛のないものだ)を送りたいところだったが、厨房中にバレてしまった今、彼女たちの前でそれがしにくくなってしまった。

 

席を外したりなんかしたら、俺の恋バナで花盛りになってしまうことは想像に難くない。

 

「ユノ君に春が来たわね~」

「いつ彼女ができるか、おばちゃんたちみんな心配してたのよ」

 

(ということは...これまでの恋愛では、恋人がいる気配をさせていなかったんだな。

でも、チャンミンとの交際では、ウキウキがにじみ出てしまってるのかぁ)

 

「ユノ君って25歳よね?」

「はあ、そうっす」

「うちの娘と一緒よ」

「わっかいわねぇ。

あたしん時は、旦那と結婚したのが23だったから...」

「あんたの話はいいのよ。

いっつも聞かされてるから。

イケメンの話が聞きたいのよ」

「イケメン...っすかねぇ...」

 

すると、突然。

 

「...ユノ君」

 

さっきまでの浮ついた雰囲気からうってかわり、すっとこの場の空気が引き締まった。

 

「は、はぁ。

なんでしょう?」

 

皆の表情がマジなものに変わっていた。

 

「どうしたん...ですか?」

「ユノ君を泣かす子は、うちらおばちゃんたちが許さないからね」

「何かあったら言いなさいね」

「皆で懲らしめてやるから」

 

冷やかしの次は、俺を心配する親心の発動だ。

 

「それは...やめてください。

マジでやめてください」

 

まさか俺の恋人が男だとは、誰にも想像はつくまい。

 

「やるわけないでしょう」

「よく知らないおばちゃんたちが押しかけてきたら、怖いわよえぇ」

「代わりに私が立候補しちゃおうっかなぁ?」

「今の旦那はどうすんのよ?」

「どうしようかしら」

 

彼女たちはゲラゲラ笑って、俺の背中をバンバン叩いた。

 

「頑張ってね」

「は、はあ」

「徹夜は駄目よ」

「セクハラ発言セクハラ発言!」

「だってぇ、そういうことしか思いつかないのよ」

 

(もう勘弁して...)

 

冷凍庫のデジタル画面がちょうど目の前にある。

 

10分休憩の時間をとうに過ぎていることに気付いた。

 

 

デリカ部門での社員は俺だけで、パートタイマーの女性たちをとりまとめる役割を担っている。

 

男も俺だけで、かつ最年少だったりするから、彼女たちからかわれる対象となっている。

(嫌われるのではなく、可愛がられているのだから幸いと思ってよい。

1歳上の鮮魚コーナーの先輩は、女性スタッフたちにめちゃめちゃ嫌われている)

 

(今日は会えないけど、あと3日勤務すればチャンミンと会える)

 

なんだかんだ言って、彼女たちにひやかされて緩んだ頬を叩いた。

 

「休憩終わりです。

持ち場に戻りましょう」

 

(つづく)