(8)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

困った。

 

俺は大いに困り果てていた。

 

俺の頬にふわふわ柔らかい髪が触れ、視線を下げるとぐっすり眠りこけた男の寝顔。

 

女ものの甘い香水と、アルコールの匂いが混じっている。

 

この男...チャンミンは、意味の分からない男だ。

 

自動販売機の照明で、伏せたまつ毛の影を作っている。

 

上半身ごと俺にもたれかかっているから、俺が今立ち上がったら、ごろんと地面に倒れてしまう。

 

「はあぁ...どうしよう」

 

2時間前に知り合ったばかりの、知人友人でもない他人が、俺の肩に頭を預けている。

 

チャンミン、性別男、25歳...ゲイ。

 

分かっている情報はこれだけだ。

 

もし凄い色気を出して迫られたら、断り切れる自信がなかった。

 

これだけの美貌で迫られたら、性別なんてすっ飛ばして、「うん」と頷いてしまうかもしれない。

 

でも、俺に色目を使うこともなかったから安心した。

 

手を握られただけで、全身に鳥肌がたったんだぞ。

 

男に抱きつかれたり、キ、キスされたり、それから、アレなことされるなんて...!

 

ぶるぶるぶるぶる...無理だ。

 

泣いたり、俺の手を握ったり、初対面の者にカミングアウトしたり、笑ったり...失恋のショックで感情のセンサーがぶっ壊れたんだな、きっと。

 

フラれたばかりで意気消沈、失恋の痛みをチャンミン相手に滔々と語るつもりだったのに、彼のキャラクターが強烈過ぎてそれどころじゃなかった。

 

見た目はきざったらしい奴だけど、どこか隙だらけで、こんな挑発的な恰好でうろちょろしてたら、その気のある者に襲われちゃうぞ。

 

と、地面に長々と投げ出した長い脚に目をやる。

 

光沢のある革生地は肌に張り付くほどタイトで、膝や太ももの凹凸をひろっていて...。

 

「!!」

 

こいつ...勃ってる!?

 

ボトムスがピッチピチ過ぎるんだ、蒸れや締め付けはアソコにはよくないんだぞ。

 

まじまじとチャンミンのアソコを凝視していたことにハッと気づき、通りへ視線を戻した。

 

チャンミンのだらりと地面に落とした片腕を持ち上げ、元気なソコを隠してやる。

 

通り過ぎる者たちは大抵、俺たちに好奇な視線を向ける。

 

酔いつぶれて地面に無様な姿をさらす者など、珍しくもなんともないが、俺たちの場合は違う。

 

俺、じゃなくて、連れのチャンミンが目立つからなぁ。

(白シャツ黒パンであってもチャンミンの場合、舞台衣装のように派手に見えるのだ)

 

「チャンミン、起きれるか?」

 

無駄だと分かっていたが、肩を揺すってみる。

 

「......」

 

ぐらぐらと俺に揺すられるだけで、呻き声もあげない。

 

参った...ぐっすり眠ってる。

 

ゲロしたり、奇声をあげて暴れないだけマシか。

 

さっきからパタパタと寄って来る蛾がうっとおしく、振り仰いでそれらが自動販売機の灯りに誘われたからだと気付いた。

 

「!」

 

俺たちが腰を下ろしているここが、ラブホテルだということにも気づいた。

 

なるほど...通行人たちが俺たちを一瞬凝視したあと、バツが悪そうに目を反らしていった理由が分かった。

 

チャンミンがチャンミンだけに、ゲイカップルに見えるかもしれない。

 

俺は白に限りなく近い金髪頭だし、チャンミンも白に限りなく近い銀髪だ。

 

似たような背恰好で、身を寄せ合いラブホテルの脇で待機している青年二人。

(宿泊タイムの23時になるのを待っているのだ)

 

そう思っているのは、俺だけかもしれない。

 

俺は偏見の塊だし、チャンミンの告白を受けたばかりだったから、そっち方面に思考が偏ってしまうのだ。

 

チャンミンの家がどこにあるのか分からない。

 

ホテルのエントランスは数歩先にある。

 

チャンミンをこの場に置き捨てていける冷酷さは、俺にはない。

 

チャンミンの爆弾発言(僕はゲイだよ)に、俺はどう対応したらいいか分からず、誤魔化すために、空になった彼のグラスに酒を注ぎ続けた。

 

だから、チャンミンを酔いつぶしてしまった責任は俺にあるのだ。

 

 

「はあはあ...」

 

重い...。

 

脱力した者は誰でも重いが、俺並みに長身の男はもっと重い。

 

数十メートル歩いては、背中にチャンミンを載せた状態で、両手で膝を支えて息を整える。

 

両腕の疲労が回復したら、チャンミンを背負い直して数十メートル歩く。

 

タクシーでは乗車拒否されてしまい、仕方がない、自力で運ぶしかなかったのだ。

 

これを10回ほど繰り返してようやく、俺の住むマンション下までたどり着いた。

 

玄関ドアを開けた時には精魂尽き果てて、俺はチャンミンを背負ったままうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 

「はあはあはあはあ...」

 

なぜチャンミンを自宅に連れ帰ったのか。

 

目と鼻の先にあるホテルに部屋をとり、チャンミンを寝かせて帰ってきてしまってもよかったはずだ。

 

それはなんだか可哀想な気がしたし、あれっきり別れてしまうのも寂しかったんだ。

 

チャンミン...この男は実に興味深い。

 

甘ちゃんみたいな話し言葉で、男が好きなイケメンで、傷心でメソメソしてるのに、エロい革パンを履いている。

 

見ず知らずの者(つまり俺)と相席する度胸と、赤面したかと思えば、酔いつぶれて素性のよく分からない者(つまり俺)に介抱されるというガードの緩さもある。

 

チャンミンのレーダーチャートはいびつな星を描いている。

 

涙を流すほど前カレを想っているのに、乳首が見えるシャツを着ている...一途なのかナンパなのか...どっちなんだよ?

 

(つづく)

 

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