ユノに脱がされたパンティはベッドの足元にくるん、と丸まっていた。
ぺとりと濡れて張り付いた前が、気持ちが悪かった。
「悪かった」
「慌てなくていいから...。
初めてだったし」
ユノの潔癖症について触れるわけにはいかず、これ以上ユノにかける言葉が見つからなくて、もじもじ俯いていた。
ユノも立てた膝に額をつけて俯いて、「すまない」を繰り返していた。
マットに落とされた指が震えていた。
(そうか...!)
手を拭いたいのを、僕を気遣って我慢しているんだ。
僕は室内温室を出て、除菌シートを取って引き返した。
外の空気が清々しく感じたのは、室内温室の中は僕らの体臭が充満していたせいだろう。
出入り口のビニールをめくった時、静かだった空気清浄機が赤いランプを灯して稼働し始めた。
その作動音を聞かせたくなくて、ビニールカーテンをすぐに閉めた。
「ユノ、拭いた方がいいよ?
シャワーは朝にならないと使えないから...」
ユノの手を取って、除菌シート3枚で包み込んだ。
「...いや、俺のことはいいんだ」
ユノは僕を手首をとって、脇へと除けた。
「チャンミンこそ、洗った方がいい」
以前、ユノが言っていたように、彼は誰かを汚してしまうことを恐れている。
体毛、垢、皮脂、体液...そして匂い。
他人のそれらが自身に付着すること以上に、自身のそれらが他人に付着してしまうことを恐れている。
ユノの潔癖について調べてみたいと思っても、LOSTには情報を得る手段がない。
書籍を取り寄せてもいいけれど、ユノに関心を持っていることを施設側にバレてしまう。
僕にできることは、ユノが嫌がることはしないこと。
ユノと少しでも長く側にいられる方法を考えることだ。
「そろそろ寝ようか?」
「う、うん。
見回りもくるだろうから」
僕もユノも、場が白けてしまったことを気付かないフリをしている。
今この時、見回りのスタッフが来てくれるといい、と僕は願った。
ユノの部屋にいたらいけない僕は、ユノの胸にくるまれて隠れるのだ。
ユノのドキドキいう鼓動を聞きながら、異常なしを確認し、スタッフが立ち去るのを待つ。
ドアが閉まる音に、僕らは「危なかった~」と顔を見合わせて笑うのだ。
・
「誰だろう...?」
廊下の床へと給湯室の光が漏れていて、僕は足を忍ばせた。
「...ユノ?」
半裸になったユノが、タオルで二の腕を拭いていた。
石鹸をよく泡立て、爪ブラシで指先を擦っていた。
僕は泣いてしまった。
僕とユノとの距離を思い知らされた。
・
目覚めた時、そのシーンが夢だったと分かった。
耳の穴の溝に、冷たくなった涙が溜まっていた。
「...よかった」
目にしたくないと恐れるがあまり、そのシーンがそのまま夢に登場したらしい。
夢うつつで目にした現実だった可能性もあるけれど、それは無いと信じたい。
キスもしたし、全身で最も汚いところに指を入れて、内部を荒したんだ。
全身の中で最もデリケートなところを、僕にゆだねたんだ。
弾力と味、形状と匂いを思い出した。
あれはリアルだ。
椅子の背もたれに引っかけたワンピースは、しわだらけだった。
裾に付着した精液の汚れをもみ洗いしないと...。
胸の真ん中がギリギリ痛み始めていた。
小箱の中身が外に出せと足を踏み鳴らして、ガタガタと蝶番を揺らしていた。
ユノが用意してくれた鍵...銀色に光る錆一つないが守ってくれているから、任せて大丈夫だ。
全身が重くだるい。
ユノの指でもたらされ快楽に溺れた結果、僕は全身虚脱状態だった。
時間がない焦りと、慌てず慎重に進めていきたい思いの狭間に僕はいる。
手放しに楽しめないとは、僕らの関係をいう。
僕の元から去っていった婚約者も、浮気相手と心から楽しめなかっただろうな。
僕とユノは浮気をしているわけじゃないけどさ、LOSTという場所がいけないだけだ。
ユノは度合い強めの潔癖症で、僕は僕で変わったところがある。
共通点は、喪失の悲しみを抱えていること、そこから抜け出したいこと...そして、思いがけず新しい恋を得てしまったこと。
...眠くて仕方がない。
朝食の時間まであと2時間ある...半分だけ覚醒していた意識は霞の中へと沈んでいった。
(つづく)
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