(6)虹色★病棟

 

 

その後の朝食も、もちろんユノと一緒。

 

僕という人間は元来、人付き合いは苦手な方だ。

 

でも、限定されたメンバーだけで閉鎖された空間に長くいると、ささいな変化にどん欲になる。

 

もっとも、僕のフィーリングに合う者が、入所者たちの中にいなかったからなんだけど。

 

ここはお友達を作るための空間じゃない。

 

皆それぞれ、自分自身のことで精一杯なのだ。

 

他の入所者たちと比較して、他人に興味を持つだけじゃなく、接近をはかれる余裕がある僕は、単に古株なだけ。

 

ここにやってきて何年?

 

3年だ。

 

日記をつけていなかったら、今日が何月何日なのかもわからなくなっていただろう。

(僕は5年日記をつけているのだ)

 

先輩が新入りのお世話係になる。

 

実際は誰からも依頼されていない、僕が好きでやっていること。

 

 

 

 

ここでの朝食メニューは極めて質素で、僕は気が楽だ。

 

心得えたスタッフの手により、耳を切り落とされた食パンと牛乳が僕のメニュー。

斜め前のテーブルで、ベタベタにジャムを付けている一人から目を反らした。

 

ユノは、といえば、マスクの隙間に差し込んだストローで、クリーム色の液体を飲んでいる。

 

「それが例のプロテイン?」

 

「ああ」

 

500ccサイズボトルの中身が、かなりのスピードで減っていく。

 

「何味?」

 

「バナナ味」

 

「ふうん。

バリエーションは他にもあるの?」

 

「ストロベリー味やココア味、マスカット味...それから、シトラス味に...青りんご味、これは人工的な味だから好きじゃない」

 

「気分で楽しめていいね」

 

「お前にはヨーグルト味のをやるから安心しろ」

 

「お気遣いありがとう」

 

なんてことのない言葉を交わしながら、僕は目の前のパンにとりかかっていた。

(切り落とし損ねた茶色い生地は、ちぎってトレーに落とす)

 

「ごちそうさま」と手を合わせた時、

 

「なあ」

 

僕の脇を突く何やら固いモノは、教師が使う指示棒だった。

 

やれやれ。

 

「痛いなぁ。

突くならもうちょっと、優しくしてよ?」

 

僕とユノとの間は椅子2つ分開いているのは分かるけどさ。

 

「すまない。

教えて欲しいことがあるんだ。

ここでは必要なものがあれば、取り寄せてもらえるんだよな?」

 

「うん。

火が出るもの、燃料、刃物以外のものなら。

お酒も駄目だよ。

カウンターにある用紙に記入してスタッフに渡しておけば、早くて明日には届くよ。

もちろん中身チェックはあるよ」

 

「そうだろうな」

 

僕がカウンターからとってきた注文用紙を、ユノは両端1mmを指先でつまみ持って、注意事項に目を通している。

 

椅子の背もたれに背中を預けることのできないユノは、ぴんと背筋を伸ばしてとても姿勢がいい。

 

「お前が代筆しろ」

 

「はいはい」

 

不特定多数が触れたペンに抵抗があるんだろう。

 

承知していた僕は、用紙と一緒に借りてきたペンでユノの言うとおりに記入していく。

 

「前にね...1年前だっけな。

入所者のひとりが小鳥を注文したんだ」

 

「...小鳥ってつまり、ピーピー鳴く羽根の生えた?」

 

「犬や猫とは違って籠の中で育てられるからね。

許可するか否か、会議が行われたんだよ」

 

「で?」

 

「許可されたよ。

でもね、飼い主自身がいなくなっちゃって...今は中庭で飼ってる」

 

悪い噂を既に聞いているからなんだろう、飼い主の行方について、ユノは何も尋ねなかった。

 

ユノが言うとおりに欄を埋めたのだけど、専門用語過ぎて何に使うものなのか、僕はさっぱり分からない。

(最新消毒液の名称なのかなぁ、と)

 

「ねえ。

今から散歩しに行こう。

小鳥を見せてあげるよ」

 

昨日までの雨が嘘のように、パキッとどこまでも青い空が食堂のはめころし窓の形に切り取られている。

 

暑くなる前の午前中に、緑したたる中庭を歩くのもいいかもなぁ、と思ったんだ。

 

「う~ん...」

 

腕を組んだユノの頭の中は、屋外に出た時のばい菌リスクでいっぱいだろう。

 

「紫外線で殺菌されるんじゃないかな?」

 

「......」

 

この沈黙は無下に断ったりしないよう、ばい菌対策法を考えているからだ、きっと。

 

「散歩の後にお風呂に入ればいいじゃない?」と助け船を出してやると、

 

「付き合ってやる。

着替えてくるから、部屋の前で待ってろ」

 

「はいはい」

 

僕に指を突きつけ「10分後に集合だ」、そう言って自室に戻ってしまった。

 

もちろん、二重に履いたスリッパは廊下に脱いで。

 

「あっ...!」

 

と、小さく悲鳴を上げてしまったのは、ひらりとひるがえしたユノのガウンの裾に気付いたからだ。

 

塗りたてのシトロングリーンのペンキが付いている。

 

もしかしたら、朝食前からそうだったかもしれない。

 

黙っていよう。

 

ペンキはばい菌じゃないし、恐怖に強張るユノの顔は見たくないからね(洗濯の時に気付くだろうけど)

 

後でドアノブに、『ペンキ塗りたて』の札をぶら下げておこうっと。

 

 

 

 

僕はクローゼットを開け、お散歩用に何を着ようか迷っていた。

 

ユノの朝食から連想されたバナナ色のワンピースを一旦は手に取った。

 

ウエストの後ろでリボンで結ぶデザインになっている。

 

 

 

そこでしばし迷う。

 

(このワンピースはデートの時に着たいからなぁ...)

 

「デート...か」

 

僕の脳裏に浮かんでいたひとつの光景。

 

昨日知り合ったばかりの人物...それも、ここに入所してきたばかりの...一般社会では生きづらさを感じていた者。

 

そこは海浜公園。

 

海風で僕のワンピースは裾をたなびかせ、ユノの前髪も斜めに乱れている。

 

僕とユノは手を繋いでいる。

 

まるで恋人同士みたいに。

 

このワンピースはその時の...海辺の散歩の時用にとっておこう。

 

あれ?

 

僕はユノの恋人になりたいのかな?

 

友だちになろうと握手したばかりなのに。

 

気の早い僕だ。

 

 

(つづく)

 

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