僕はシベリアンハスキー。
僕のご主人は、チャンミンという男の人だ。
ご主人が十何歳かの時に、子犬だった僕がご主人の元へやってきた。
(僕は犬だから、人間の年齢のことはよくわからない。
僕のご主人は、年をとってもずーっとご主人だ)
飛びついたり、吠えたり、噛みついたり、めちゃくちゃに走ったり、ものを壊したり、僕はご主人をいっぱい困らせた。
僕はワンパクだったからね。
でもね、
今は走りたくないんだ。
吠える元気もないんだ。
白内障、とかで、ご主人の顔もよく見えないんだ。
近頃、ご主人が優しすぎて僕は困ってしまう。
おしっこを失敗しても怒らないし、
僕の大好きなクリームパンを食べさせてくれるんだ。
どうしちゃったの?
困っちゃうよ。
ああ...。
眠いなぁ...。
全くもって、眠いなぁ。
僕の頭を、ご主人が撫ぜてくれる。
気持ちいいなぁ。
幸せだなぁ...。
僕のご主人がチャンミンで、本当によかったなぁ...。
・
...なんて思っていてくれたらいいな。
僕は君にぴたりと身体をつけて横たわっていた。
ピンクと黒のまだら模様の鼻はカサカサに乾いている。
毛皮のお腹をかいてやる。
お腹がゆっくりと上下している。
その動きも、次第に弱々しくなっていくだろう。
クリームパンをあげようか?
好きだろ?
ポテトチップスもピザも、なんでも食べていいんだからな。
枯れ草みたいな匂いがする、君の喉元に僕は顔をこすりつけた。
君が僕にするみたいに。
君が見ている夢の世界に、僕はするりと飛び込んだ。
・
君は僕を後ろに従えて、力強く、気持ちよさそうに走っていた。
ピンと尖った耳、シルバー色の艶やかな毛皮。
馬鹿力の君にめちゃくちゃに引っ張られて、つんのめった僕は転んでしまった。
自由を得た君は、散歩紐を引きずって公園内を走り回っていた。
「大丈夫ですか?」
後に僕の恋人となる人...ユノが、駆け寄ってきて立ち上がる僕に手を貸してくれた。
君が繋いだ「縁」だよ。
ユノのTシャツの上でおしっこをして、僕に怒られた。
ユノは大笑いしていた。
僕とユノが眠るベッドに勢いよくダイブしてきて、僕に怒られた。
大事にしていたプラモデルのコレクションを、バラバラにぶち壊された時は、僕は泣きそうだった。
ヤキモチだったんだろ?
大丈夫だよ。
君への愛情は減ってないから。
君に甘いユノは、笑うばかり。
休日の昼下がり、読書をする僕らの間に陣取って、
君はユノの膝に頭を、僕の膝にはお尻をのっけて、悠々と昼寝をしていた。
月に一度のシャンプーが大嫌いだったよな。
大暴れする君を、僕とユノで抱きかかえてやっとのことで、連れていったよな。
太りすぎたから、「人間の食べ物」が禁止になって、犬用ビスケットが唯一のおやつだったね。
今ならいいよ。
アイスクリームでもなんでも、食べていいからな。
どうして君は、僕らと一緒に年をとってゆけないんだろう。
僕を見上げる瞳は、水色で綺麗だった。
僕を頼り切った、疑いのない目。
君は僕から目を反らさない。
君は絶対に、僕を裏切らない。
そう。
君は僕がいないと生きていけないんだよな。
まぶたは閉じられてしまい、もう白く濁った瞳は見えない。
鼻の下に指を当てると、よかった、温かい湿った空気。
「チャンミン...。
今夜もそこで寝るのか?」
僕の恋人ユノは、君を挟んで横たわった。
ふわりとかけた毛布に、僕と君とユノは包まれた。
・
僕は君と十数年過ごした。
君のためにもっとしてあげられたことは、あったのかな。
君は幸せだったかい?
僕はいい飼い主だったかい?
君の尻尾が、パタパタと床を叩く。
よしよし、いい子だ。
君は最高の犬だったよ。
生まれ変わって、僕らの元にまた戻っておいで。
3人で散歩をしよう。
待ってるからな。
(おしまい)
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