「死にたいと思ったことある?」
二人はシーツにくるまれていた。
目を合わせてはクスクス、互いの首筋に噛みついてみてはクスクス。
擦りつけているうちに、再び昂ってきた。
パリッと糊がきいていたシーツも皺くちゃになり、彼らの汗を吸い取ってゆく。
室内に二人分の荒い呼吸音。
呼吸が落ち着くまで、離れがたいユノとチャンミンは抱きあったままでいた。
いつまでも抱きあっていたいと思った。
チャンミンの中に埋めたものが柔くしぼみきってから、ユノは覆いかぶさっていた身体を離した。
カーテンレールに吊り下げたサンキャッチャーを透かした日光が、天井に光の模様をつくる。
「死にたいと思った?」の台詞は、二人が光の揺らぎを見上げていた時だった。
「今まさにそう思っているよ。
でも...死ぬよりも生きていたい、と思ってる」
「死んだ方がマシだって、言ってたくせに」と、チャンミンはくすくす笑った。
「だってさ、死んでしまったら、チャンミンにこういうことや...」
ユノはチャンミンの膨らみを揉み、谷間を広げた箇所を軽くタップした。
「こういうこともできない」
「現状は地獄みたいだけどね」
「うん。
あの瞬間は死にたくなった」
・
二人はまだ高校生で共に優等生で、大人の庇護のもとぬくぬくと平和に暮らしてきた。
そして、大好きで大好きで大好き過ぎて、身悶えしそうなくらいの恋をしていた。
「明日、大変なことになってるよ、きっと」
「校長室に呼ばれてさ」
「ふしだらな俺たちの関係を、青筋立てて責めるんだろうなぁ。
『放課後の更衣室でセックスしたらいけません!』って時と場所を責められるのか。
それとも、『男同士、セックスしたらいけません!』なのか、どっちだろう?」
「両方じゃないの?」
ユノはくくっと、肩を小刻みに揺らしている。
「現行犯逮捕みたいだったじゃん。
多分、生徒の誰かに目撃されてて、先生が真偽のほどを確かめようと張ってたんだ」
「『こらぁ!』ってドアがバーンって開いたからね。
絶対そうだよ」
「あの瞬間...死にたくなった」
「へぇ。
そのわりには堂々としてたじゃん」
「恥ずかしいとかじゃなくて、チャンミンとの仲を引き裂かれるんじゃないかって、怖くなったの。
だって、俺らってガキの身分だからさ」
「分かる」
「チャンミンの可愛いケツが丸見えだったし」
「ユノだって、立派なものが丸見えだったし」
「おしゃべりな生徒が触れ回ってるから、学校側も隠し切れないの。
俺らの両親を呼び出したものの、ストレートに『息子さんたちはセックスしてました』とは言えないから、言葉を濁して伝えるんだろうね。
『ふしだらな行為を』...とかなんとかって。
母さんは泣いてるの。
『チャンミン!
なんてことしてくれるの!』って」
「俺なんて、親父に殴られるんだ。
『そんな子に育てた覚えはない!』ってさ」
ざぁっと、庭を吹き渡った風が樹木の葉を鳴らした。
レースのカーテンがたなびいて、その淡い影がユノの頬にゆらりと落ちた。
「大騒ぎする皆を見ると、馬鹿馬鹿しくて死にたくなる」
「ね~」
お互い好き合っているけれど、駆け落ちなどしない。
自分たちは親の庇護にある高校生で、ぬくぬく育ってきた。
愛さえあれば耐えられると言い切れるほど、夢見がちではない。
高校を卒業する頃になれば、多少は親の怒りや拒否感はトーンダウンしているだろう。
少しでも長く...できれば一生...一緒にいたいから、子供の身分の間は現実的でいることが得策だと考えたのだ。
「学校で陰口、気持ち悪がられて友だち無くして、ご近所にひそひそ話のネタにされて、両親を泣かせたり」
「そうそう。
内申点も悪くなるから、推薦も狙えないね。
さらには、『もう、あの子と会ったらいけません!』って部屋に閉じ込められたりしてさ」
「展開が読めるよね」
「周りが反対したりするから、余計に二人は盛り上がっちゃうのにね。
“許されない関係”扱いが逆効果だよ。
言い古されてきたことじゃん。
なんで分かんないんだろね」
「みんなが大騒ぎしちゃう気持ちも分かるし、普通じゃないな、って自覚もあるけどさ」
「僕らのことだから、どんな手段を使ってでもして抜け出して、会うけどさ。
でも、それもグッと我慢するよ」
二人は優等生で頭がよく、相手のことが大好き過ぎるからこそ、先を見通す冷静な面もあった。
その場の欲求に流された行動は、いたずらに周囲を刺激するだけだ。
ここは、大人しく従ったフリをしておくのが賢明。
「うん、俺も。
学校を卒業するまでの辛抱だ。
それまで大人しくしていよう」
「本意じゃないけど、『僕らは別れました』
『興味本位で彼とセックスをしていただけです』を装ってね。
...でも。
寂しい、寂しいなぁ」
チャンミンはしくしくと泣き真似をした。
「よしよし」と、ユノはチャンミンの頭を撫ぜた。
二人の汗はすっかりひいた。
「さっぱりした空気だ...さらっと乾燥していて...」
「天国みたいに気持ちがいい。
二人の逢瀬は今日が最後...」
18歳の彼らにとって、死とは遠いけれど近しくて、想像してみては甘やかな憧れに浸ったり、ぞっと恐怖する存在だった。
卒業までの1年あまりの期間、お互い気のないフリをし続けることは、死にたいほど辛いものだった。
「噂のキモい生徒になって、いっぱい責められて、嫌われても、しゃんとしていろよ?」
「ユノこそ。
君は案外ナイーブなんだから。
寂しすぎて死んじゃわないでね」
チャンミンの平たい腹に、七色なのに透明な光の模様ができた。
その光を、ユノは指で追いかけた。
ふわふわとユノの陰毛が風で揺れた。
「ねえ、こうすると...」
チャンミンは寝そべったまま、宙に人差し指を伸ばした。
「指が太陽に透けて真っ赤」
「じゃあ、これは?」と、ユノも自身の手を差し伸ばし、チャンミンの手を優しく包み込んで誘導した。
すると、サンキャッチャーの光の屑がちょうど、チャンミンの薬指に落ちた。
「ぴかーん。
婚約指輪...な~んて」
「何それ」
クスクス笑うチャンミンの目尻に、透明な雫が浮かんだ。
「もう一回いける?」
ユノはチャンミンを後ろ抱きにした。
「またぁ?
もう痛いんだけど?」
「明日から当分、会えなくなるから、最後にやっておきたいと思ったんだ」
「それなら...」
チャンミンは身を起こすと、たぐりよせた箱から2つ取り出し、その1つをユノに手渡した。
「しごき合いっこにしよう」
ユノは擦って復活させたものに装着すると、次にチャンミンを手伝った。
(おしまい)
彼らはズルさや裏切り、憎悪に貧困を知らずに育った汚れなき小さな大人。
青春のひとときは、命みなぎる時なのに、彼らは現実社会を前にあまりにも無力。
世間知らずに見えて、衝動に流されないしたたかさを持った二人のお話でした。