~ユノ~
眼を覚ますと、俺は俺と目が合わせていた。
最初の十数秒は、それが自分自身だと認識できなくて放心していた。
手を持ち上げて頬を触ってみると、真上の男も同じ行動をする。
目覚めて1分後、感覚と意識と思考の3つがようやく縒り合された。
(...鏡...か?)
「!!」
勢いよく起き上がった。
直後、耳元で銅鑼が打ち鳴らされたかのように、頭がぐあぁんと痛んだ。
「...っく」
頭を押さえてうずくまった時、むき出しの手足に気が付いた。
「!!」
俺は全裸だった。
(なぜ!?)
周囲を見回した。
(その前に...ここは...どこだ!?)
俺はベッドにいる...天使が踊る柄の壁紙、正面に巨大テレビ、複雑な造りの椅子...天井と壁の境目をぐるりと取り囲んだネオン管の灯りのおかげで、室内のアイテムをカウントできたのだ。
そして、天井...ベッド上...は、鏡ばりになっている。
(ここは...いわゆる...?)
俺は今、その手のホテルの一室にいるらしい...でも、なぜ!?
俺は記憶を辿る。
(この頭の痛さは二日酔いだ...昨日は...忘年会で...そうか、そりゃあ二日酔いになるよな。
終電を逃して、タクシー使うより、近くのホテルで泊まることに...ん?
なぜ、ラブホテルに!?
...ラブホテルということは...!)
俺は今になって、デカいベッドの反対端に誰かが寝ていることに気づいたのだ。
短髪頭、シーツからガッチリした肩...広い背中...裸の背中...裸?
(お、お...男!?)
さ~っと、血の気が引く音が聞えたかもしれない。
ばばっと股間を確認する。
そろそろと萎れた俺自身に触れて確認してみる。
ぬるり、とした感触。
「!!!!」
(...使用済みだ)
向こうを向いて眠る人物ににじりより、覗き込む。
(チャ、チャ、チャンミン君!?)
驚きのあまり飛び退いてしまった。
チャンミン君。
赴任先の支店スタッフ。
年齢と立場は俺の方が少し上。
業務上の会話しかかわしたことがなく、忘年会の席で初めて、プライベートの話をぽつりぽつりとしたような...。
(チャンミン君と俺は今、ラブホテルにいる...!)
もうひとつ確認してみたいことがあった俺は、再度にじり寄る。
シーツをそぉっとめくってみる。
(は、裸の尻...!?)
以上のことから導き出される答えはただ一つ。
俺は男と...チャンミン君とヤッたかもしれない!
「う~ん」
俺は頭痛以外の理由で頭を抱えてしまった。
目をつむって唸っているうち、おぼろげながら思い出してきた。
俺はチャンミン君と...『した』
あの時の感触、覚えているぞ。
...すげぇ気持ちよかった...かも、しれない!
・
遡って数時間前。
忘年会の三次会は、参加者わずか3名。
そのうちの1人の年長者は酔いつぶれてテーブルに伏せっており、残りの若い2人は、上司を残して帰るに帰れない状況だった。
上司の妻が運転する車が到着した時、2人は顔を見合わせて心の底からの安堵のため息をついたのだ。
若い2人はユノとチャンミンと言い、ユノは先月赴任してきたばかりの30歳で、チャンミンは2歳年下の28歳だった。
ユノには気になることがあった。
アルコールが入っていたせいなのか、チャンミンの自分を見る目が『普通じゃない』と感じていた。
(こいつ...もしかして...?)
「この手」の視線を浴びるのは実は初めてではなかったのだ。
(あの絡みつく視線。
さりげなく...でも、それと分かるように、頻繁に触れてくる)
なぜ彼らの好奇をくすぐってしまうのか、ユノ自身は全く気付いていないようだった。
ひと言で言い切ると、ユノという男はいい男だった。
女性うけする「ハンサム」というより「美男子」...男の美の本質を求める者たちにうけそうな空気を漂わせていた。
完璧なルックスの持ち主なのに、どこか隙だらけ...そんな点も、彼らの欲をくすぐったのであった。
ユノはノンケ...彼女いない歴3年。
(まさかな...。
俺自身が欲求不満だからって、チャンミン君が俺を狙ってるなんて...思い込みがイタすぎるな)
チャンミンにしてみても、ユノと同レベルの、ユノとはタイプは違うが『いい男』だった。
ユノと違うのは、チャンミンの恋愛対象は男だ...つまり、ゲイ。
ユノは割り勘分を支払おうとするチャンミンを制し、「じゃあな」と手を上げその場を立ち去ろうとした。
「あれ、どこに行くんですか?」
駅とは反対方向へ歩き出すユノを、チャンミンは追いかけた。
チャンミンはユノと離れがたかったのだ。
チャンミンはユノの存在が気になっていて、3次会まで粘ったのもユノと一緒にいたかったからだ。
一目惚れだった。
支店に赴任してきたユノと関わり合いを持ちたくて、今夜の忘年会は待ちに待った機会だったのだ。
(ユンホさんと仲良くなりたい)
チャンミンという男、温厚な大型犬のような眼をしているのに、気性は猪突猛進タイプだった。
距離を少しずつ縮めていく王道の方法など、生温くじれったかった。
(アルコールを言い訳に使わせてもらいます)
酒の強いチャンミン。
赤い顔をしている見た目ほど、酔っぱらっていない。
「酔い覚ましに歩いて帰るよ。
チャンミン君は?
ギリギリ終電に間に合うぞ?」
腕時計を見ようと、上げたユノの腕はチャンミンにがしっと掴まれた。
「!?」
突然のことで目をむくユノに構わず、チャンミンはユノにしなだれかかった。
「ユンホさん。
ホテルに行きませんか?」
(ああ、やっぱり)
ユノは観念した。
なぜならユノは、酒が強いフリがもう限界だった。
キャパを越えた酒量に、実際のところ意識は朦朧、足元もおぼつかなかったのだ。
「ユンホさん、フラフラじゃないですか。
ホテルで休みましょう」
チャンミンは幸せ気分でいっぱいだった。
(いきなり襲っちゃいますけど、許してくださいね)
・
部屋に入るなりチャンミンは、ベッドに寝かしたユノにまたがった。
ユノのジャケットを脱がせ、スラックスのベルトを外し、ファスナーを下ろした。
(ユンホさん。
僕が...)
スラックスも下着も下ろし、その中身を目にしてチャンミンの喉が「ごくり」と鳴った。
自身も下の物を全て脱いだ。
(僕がいいところに連れていってあげます)
チャンミンはユノの上にまたがると、用意を済ませたそこにユノをあてがい、じりじりと腰を落としていった。
Y
「え?
これで終わり?」
C
「うん。
ハッピーエンドでしょう?」
Y
「どこが?
『これからどうなるんだろう?』のところで終ってるじゃん」
C
「ユノを落とそうと、本気の火がついたチャンミンにロックオンされたんだ。
絶対にユノは落ちるって。
そういう予感がするように仕上げたつもりだけど?」
Y
「短編でおさめるには、テーマが大きいんじゃないのかな?
できればもう少し、確実にハッピーエンドになるって確信できるところまで読みたい」
C
「短編だと人物描写でページを割いてしまうんだよね」
Y
「短編は何本くらい掲載していくんだ?」
C
「今のところ、1年契約だから、最低24本。
文字数がだいたい決まってるんだ」
Y
「キャラ設定を固定したらどうだ?
主人公の二人は、どの話でも名前とルックスを同じにするんだ。
読者も人物像を掴む手間も省けるし、いい男だってことは事前に分かってるから安心して読める」
C
「そっかぁ。
いろんな映画やドラマに出演する俳優みたいなイメージだね?」
Y
「そうさ。
ストーリーや彼らの会話を集中して書くことができて、作者のチャンミンも楽しいんじゃないかな?」
C
「うん。
主人公たちにとって都合よく物事が展開するストーリーにしたいんだ」
Y
「主人公がどうして俺とチャンミンなんだ?
読んでて照れるよ」
C
「リアルでしょ?
これまでもこれからも経験していないシチュエーションで、ユノと恋愛がしたいんだ。
今さら僕らは高校生になれないでしょ?」
Y
「いい事考えるね。
これの〆切はいつ?」
Y
「3日後。
来月から掲載されるんだ」
Y
「今夜はもう少し書くのか?」
C
「疲れたからもう寝るよ
ユノは?」
Y
「あと1時間くらいテレビ見てから寝るよ。
...ん?」
C
「......」
Y
「...オッケ。
ベッドにいこうか?」
C
「ありがと」
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