ネコは尻尾が弱いみたいだ。
ネコの反応が面白くて、俺は何度も尻尾を撫ぜる。
「尻尾ばかり、触らないで」
怒ったネコに、手の甲を引っかかれてしまった。
俺の手を傷つけたことに、ネコはすぐに後悔したようで、
「ごめんね...痛いよね、痛いよね?」
俺の手を両手で包み込み、みみず腫れになった箇所にふぅっと息を吹きかけた。
こんな風にしてもらったこと、過去にもあったなぁ。
・
去年のあいつの誕生日に、手料理を振舞おうと俺は張り切っていた。
危なっかしい包丁つかいに、隣に立ったあいつはヒヤヒヤしていた。
「そんなところで切っちゃうなんて...勿体ない」
「押さえる手は、猫の手にしないと!」
「ホントにヘタクソだなぁ」
「黙ってろ」
口うるさいあいつの忠告を無視して俺は、まな板の上の野菜を乱暴に、ザクザクと切った。
「...あっつ!」
押さえていた指に激痛が走り、包丁を放り出してその個所を確かめようとした。
ところが、その前に俺の手はあいつにかっさらわれた。
「もぉ!
血が出てるじゃないか!
もぉ!
僕の言うことを聞かないんだから...痛いよね...痛いよね」
怪我はたいしたことなくて、中指の節を少し切っただけ。
それなのに、まるで俺が骨折でもしたかのように、おろおろの仕方が凄かった。
怪我をしたのは俺の方なのに、その様子が面白くってクスッとすれば、あいつは当然ムッとするわけだ。
怒ってるのになぜか眉が下がってて、頬を膨らませちゃってて、すごい可愛かった。
・
「...ネコ...」
ネコの毛皮の胸に顔を埋めてつぶやいた。
俺の背中をネコは優しくさすってくれる。
「...寂しいですか?」
「寂しいね」
俺は素直に認めた。
「相方さんはどこへ行っちゃったんですか?」
「さあ...実家に帰ったか...友達んちか...」
ネコの背中を抱き直した。
「でもなぁ、あいつは友達が少ない奴だから。
ホテルに泊まってるだろうなぁ。
それでさ、ルームサービスであれもこれもと注文して、腹いっぱい食べて。
カードの請求額に、俺は真っ青になるんだ...きっと、そうだよ。
もの凄く、怒ってたから」
「喧嘩したんですか?」
「...うん」
「原因は?」
「大した内容じゃなかった。
長く一緒にいるとね、小さなことに気が障ることが増えてくる。
仕事が忙しくて...イライラしてたんだ。
突き詰めてみると...俺が悪いんだろうね」
「じゃあ。
ちゃんと謝らないとね」
「...そうだな。
許してもらえるかな?」
「許しますよ。
ユノの『ゴメン』を待ってると思います」
「これまで、ちゃんと謝ったことがないんだ。
なんとなく仲直りしてて。
言わなくても分かるだろう、って。
...甘えていたんだろうね」
「...いらっしゃい」
「...え?」
ネコに腕をひかれ、寝室へと誘われた。
「僕を可愛がって」
両手を広げたネコの胸に、俺は飛び込んだ。
・
俺はネコに口づけながら、毛皮のビスチェを脱がせた。
二つ並んだ桜色のボタンに、俺は堪らず吸い付いてしまう。
「...っあ...あぁ...」
あまりに可愛らしい声を漏らすから、俺の行為はつい激しくなってしまう。
「待って...」
もっともっとと吸い付く俺の口を、片手で押しとどめると、ネコは毛皮のショートパンツをするりと脱いだ。
小さな白い尻が露わになって、その中央から猫の尻尾が生えている。
「可愛い尻尾だね」
「でしょ?」
裸になって急に恥ずかしくなったのか、俯くネコの顔は真っ赤になっている。
さっきから俺を煽る、揺れる尻尾。
軽く握って、先から付け根に向けてその手を滑らすと、
「んんっ...」
甘い声を、喉奥でくぐもらせるのだ。
くくっと緩く引っ張ると、
「ああっ...」と、より甘高い声を漏らすのだ。
「ダメ...引っ張ったらダメ」
「ネコは尻尾が敏感なの?」
「...うんっ...」
「触るの...止めた方がいい?」
「......」
恥ずかしくてたまらないのか、俺の腕の中の肌が熱く汗ばんでいる。
「もっと引っ張ってもいい?」
尻尾の付け根をつかんで、じわじわと引く力を込めていく。
「...ああっ...あぁぁ...!」
もっと甲高い悲鳴を上げて、顎も肩もマットレスにぺたりと落としてしまった。
高く突き出した腰。
愛らしい割れ目の中央に、黒く長い尻尾。
「いつまで猫をやってるつもりだ?
尻尾をとらないと、できないよ?」
「......」
「抜いてやろうか?」
「うん...」
引っ張ったり押し戻したり、さんざん焦らして、ネコの尻尾が抜けるまでに、たっぷり時間をかけた。
背中を丸めて、俺の太ももにしがみついて、ネコは猫の鳴き声を忘れてしまっていた。
いつもの、聞きなれた、切なげに、かすれた甘い声音で。
揺さぶる度、ネコの首で鈴が鳴る。
・
「ごめん...怒鳴ってごめん」
額にはりついた、汗に濡れた前髪を人差し指でそっとよける。
3度目の「ごめん」で、ネコはやっとで頷いてくれた。
「...許してあげる」
不承不承、ネコはそう答えた。
尖らせた唇が可愛くて、ついついパクリと咥えてしまった。
「...僕こそ...ごめん」
俺以上に意地っ張りで照れ屋なネコ、俺の口の中でもごもごとつぶやいた。
「聞こえないなぁ」
「...ごめんね」
「いいよ。
謝らなくても、俺はとっくに許してたよ」
シーツの中からもぞりと抜け出たネコは、俺の上になると、俺の枕元に両手をついた。
大きな猫耳が、ダウンライトの黄色い灯りにふちどられている。
俺を見下ろす1対の眼は、猫というより子犬の眼だ。
「ユノ」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」
「うん、ありがと」
「僕たち、喧嘩しちゃったでしょう?
でも、お祝いしたかったから、戻ってきました」
「おかえり」
「僕からのプレゼント。
気に入ってくれた?」
「うん。
可愛いネコだった」
「気合を入れたからねぇ。
ネコの僕、どうだった?」
「最高だよ。
チャンミンは...俺だけのネコだよ」
・
玄関ドアを開けた時。
尻尾を付けたチャンミンが、ドアの前にうずくまっていたんだ。
「何してるんだ!?」の大声を、ぐっと飲みこんだ。
猫みたいに「にゃあぁぁぁ」って鳴くのを聞いて、吹き出すのを必死で堪えた。
俺は猫になったチャンミンをそのまんま、受け入れた。
羽織っていたダウンコートを脱いだ姿に、俺は度肝を抜かれた。
だってさ、チャンミンの奴、バニーガールみたいな格好をしていたんだ。
身に付けているものは、黒いファー製のビスチェにショートパンツだけ。
猫耳といい尻尾といい、この日のために用意していたんだと思う。
せっかく仕込んできたのに、喧嘩中だからって中止するのも悔しかったんだろう。
誕生日プレゼント兼仲直り。
チャンミンの計画は大成功だ。
いかにも俺が喜びそうなコスチュームに身を包んで登場するんだから。
喧嘩のきっかけはお互い様なところがあって、どちらが悪いとも言い切れない。
実際の俺たちは、仲が良すぎるくらい良いから、たまの喧嘩もいいスパイスだ。
それにしても...。
可愛かった。
とんでもなく可愛いかった。
俺が特に気に入ったのはもちろん、尻尾だ。
「もう一回、付けてくれる?
俺が挿れてやろうか?」
「えー、恥ずかしいから...嫌だ。
あれは、年に一度のお楽しみ。
そう言うユノこそ、尻尾をつけてよ」
...よいしょっと」
チャンミンは、ベッドの下に落とした尻尾を拾い上げた。
「どう?」とクスクス笑って、毛先でさわさわと、俺の鼻先をくすぐった。
「ネコなのはチャンミン。
俺はネコじゃないの!」
「ふふっ。
分かってるよ。
...そうだ!」
チャンミンは自身の頭から、猫耳のカチューシャを取って、俺の頭に装着する。
「うん、可愛い。
よく似合ってる」
「そう?」
「僕より似合ってる」
俺の目尻にとん、とチャンミンの細い指が添えられた。
「あーがり目、さーがり目、くるっと回って、ニャンコの目。
ほら、ユノの目って猫っぽいでしょ?」
「そう?」
「うん」
「...腹が減った。
御馳走の続きを食べようよ」
「僕もペコペコ。
あのシャンパン、ちょっといいやつなんだ」
「チャンミンはネコだから、ミルクだぞ?」
「ヤダね。
猫の時間は終わりだよ」
ベッドを下りたチャンミンにはもう、あの尻尾はない。
俺が引っこ抜いちゃったから。
「次は白猫になってあげるね。
来年のユノの誕生日を、こうご期待!」
チリチリと鈴を鳴らしながら、リビングに向かうチャンミンの背中を、俺は追った。
(おしまい)
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