男同士でも恋愛ができるんだ...。
衝撃だった。
ユノのつむじに稲妻が落ちた。
知識として知ってはいたが、身近に存在しないこともあり遠い存在だった。
今回、生身の同性カップルを目の前にし、それはもう愛憎みだれるやりとりを聞いて、ユノの初心なハートは揺さぶられた。
ユノは20歳そこそこの若造で、別れる別れない、嫉妬と恨み、泣いて殴って浮気して...と、ディープなやりとりの経験がなかったこともあるが...。
ユノはフラれ男...チャンミンを放っておけなかった。
(見た目大人しそうな人なのに、恋をするとああも激しくなれる人なんだな。
滅茶苦茶泣いてるじゃん。
あ~あ、突き飛ばされて、手が濡れたじゃん。
可愛い顔をしているなぁ...。
傘...持っていないよな、貸してあげようかな)
店先に居る間に声をかければよかったのだが、迷っているうちにチャンミンは通りへと歩き出していってしまった。
ユノは自転車にひっかけていた傘だけとって、チャンミンの後を追った。
追いついた後どうするつもりなのかはノープラン。
追わずにはいられなかった。
(可哀想に、浮気男に捨てられて。
俺よりずっと年上なのに、顔をぐちゃぐちゃにさせて泣きじゃくってさ。
よっぽど好きだったんだなぁ...相手は男だけど)
ユノはチャンミンの10メートル後ろをついていった。
チャンミンはうつむき加減でとぼとぼと、雨に濡れるにまかせている。
(びしょびしょじゃん。
ま、俺も似たようなものだけどさ)
背後を歩くユノに、チャンミンは気付いていないように見えた。
ときおり立ち止まっては、髪からつたう雨と涙が一緒になった雫をこぶしで目を拭っていた。
(傘をさしかけて、『濡れますよ』って声をかけたら、びっくりさせてしまうかな。
『もう濡れてますけど?』って返されたりして...ははは。
傘は1本きりだから、『あなたも濡れますよ?』となる。
『それならば、自宅まで一緒に行きましょう?』と提案してみるのは?
...変だよな)
迷い過ぎて声をかけるタイミングと勇気を失ってしまったユノは、チャンミンの後ろ姿を追うしかない。
(脚、ほっそ。
顔を見たいけど、追い越さないと無理だ。
声をかけたいけど、時間が時間だけにカツアゲだと誤解されてしまう。
『怪しい者じゃありません』と最初に断っておく必要があるな)
チャンミンは律義に信号を守るタイプらしい、無人の交差点を青になるまで待っている。
(俺だったら無視するんだけどなぁ...。
おっと!
危ない危ない。
バレるところだった)
立ち止まったチャンミンに接近しないよう看板や街路樹の陰に隠れるユノは、まるで尾行中の刑事か、ストーカーのようだった。
(この人が無事、家にたどり着けるまで見守ろう)
チャンミンを見ていると、守ってあげたくなるのだ。
ユノのハートがボッと、ピンク色の炎をあげた。
(男同士でも恋愛ができるのか!
そうか!
俺もこの人と恋愛できるんだ...!
俺だったら浮気なんて絶対にしないし、どついたりもしないし、大事にするのに)
大発見に、ユノの思考と感情は飛躍した。
チャンミンの姿は茶色いタイルのマンションの中へと吸い込まれていった。
オートロック式で、ユノは建物内には入れない。
ユノは灯りがともる部屋はどこか、建物を見上げて待っていたが、途中、マルちゃんからの電話で目を離したせいで、分からなくなった。
(今も泣いているんだろうなぁ。
可哀想だなぁ。
赤の他人の俺はどうにもしてやれないし...。
あったかくして、風邪をひかなければいいのだけど...大丈夫かなぁ)
ぶるるっと寒気が走った。
「さむ...」
もともと濡れねずみだった上に、いつまでも寒空をほっつき歩いていたせいだ。
「へっくしゅん」
案の定、その日ユノは風邪をひいた。
・
以上のような出来事がきっかけで、ユノはチャンミンに興味を持ったのだった。
その時は恋心とまでは言えず、チャンミンが美形の青年であること、浮気をした恋人を強い口調で責めていたこと、同性の恋人にフラれたこと、泣きじゃくっていたこと...つまり強烈な衝撃を与えた人物であること。
それから、守ってあげたいと思ったこと、可愛いと思ったこと、自分だったらいい恋人になるのにと思ったこと。
では、どうやってユノとチャンミンは自動車学校で再会できたのだろうか?
ユノはチャンミンを知っているが、チャンミンはユノを知らない。
ラブコメといえば...『運命の再会』である。
・
熱が下がった日、ユノは再びチャンミンのマンションへ赴いた。
皇帝ペンギンのDVDの返却(号泣した)ついでに寄っただけだと言い訳しながら。
(自宅は分かった。
では次にどうすればいい?)
マンションの前に張ってチャンミンが出てくるのを待ち、DVDでも落として声をかけてもらうとか、マンション前にぶっ倒れて、チャンミンに助けてもらう...とか。
(俺はアホか。
人と人が知り合うとは、なんと難しいのだろう。
気になるこの人とお近づきになるいい方法はないだろうか)
勇気を出して声をかけるべきだったと、熱が下がった3日後の今日、烈しく後悔したのだった。
「いかにも、怪しい人になっているなぁ」
かれこれ10分以上、マンション前でうろつくユノは明らかに不審者だった。
ユノは諦めてマンションを後にすることにし、通り向こうに渡るため車の切れ目を見計らった。
1台の車がユノの前を通り過ぎ、離れたところで停車した。
「...!」
ユノの切れ長の目が、カッと見開かれた。
行燈が屋根にあったせいでタクシーかと思ったが、それは自動車学校の教習車だった。
(もしかして!)
ユノは助手席に座っている者の顔を確認しようと、ペダルを踏みその車の前に出た。
(やっぱり...!)
レンタルビデオ店のフラれ男だった。
(運命だ...)
ユノのつむじに2度目の稲妻が落ちた。
フラれ男は身振り手振り熱心に、運転席のおばあさんに話をしていて、前方でぽおっとなっている男子大学生に全く気付いていない。
それはそうだ、向こうはユノを知らないのだから。
ところがユノは有頂天だった。
フラれ男(チャンミン)との繋がり方が見つかったのだ。
教習車にプリントされた学校名とフリーダイヤル。
5秒後にはユノは電話をかけていた。
「入学したいのですが...」
(つづく)
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