気まずそうなユノとチャンミンの顔を交互に見ていたQはにっこり笑い、ユノの肩を力一杯叩いた。
「いたっ!」
「どうせ私 邪魔者だし。
喧嘩でもしたの?」
「違うよ」
と否定してみたが、ユノとチャンミンのきまずそうな空気感は明らかに普通ではなかった。
「行ってらっしゃいよ」
「いいの?」
まるで小さな子供がママからお許しを貰ったかのようなユノの表情を見て、Qは、「こんなユノは見たことない」と思った。
(私はユノに甘えるばかりだった。
ユノは甘えられる人が欲しかったのもしれない。
私じゃもう、太刀打ちできない)
「じゃ、またな」
「じゃあね」
Qは小さく手を振ると、友人たちが待つテーブルへと戻って行ってしまった。
ユノは深呼吸をして固い表情をほぐすと、チャンミンの方を振り返り、「いらっしゃいませ」と声を張り上げて言った。
「接客代わります」
ユノは店長に目配せし、チャンミンの前へ出た。
店内に響き渡る大声にギョッとしたチャンミンは、途端に恥ずかしくなり、店内をキョロキョロ見回した。
窓際の遠くのテーブルにQが居ることを見つけて、チャンミンの気持ちはストン、と落ちてしまった。
(あの子は確か...)
ユノはチャンミンの渋い表情に気付く。
「たまたまっすよ。あいつは俺のバイト先知らないから」と言って、チャンミンを安心させた。
「せんせ、こんばんは」
「こんばんは」
チャンミンの声は消え入りそうに小さい。
(まさかここがユノのバイト先だったとは...)
発散しきれなかった熱のやり場 終夜営業している店を求めて車を走らせていたところ、たまたま目に付いた店にユノがいた。
チャンミンはユノに案内された席に腰を下ろすと、そそくさとメニュー表に視線を落としてしまった。
まともにユノの顔を見られなかったのだ。
2人はお互いに気まずい思いでいることに気付いていた。
気まずさの要因が何なのかは、概ね合致していると言ってもいいが、2人はそのことを知らない。
「ドリンクバーとサラダですね」
「はい。
......ユノさん!」
チャンミンは注文を受け付け厨房へと踵を返したユノを呼び止めた。
「まだ注文ありましたか?」
「いいえ。
あの...あの...」
ユノは、気恥ずかしさと緊張のあまりどもってしまうチャンミンを急かすことなく待った。
「バイトの後...僕んちに来ますか?
ちょっと早いけれど」
日付が変わった今日、夜勤明けのユノとチャンミンは『デート』をする予定だったのおれ
「喜んで!」
当然ユノはチャンミンからの誘いに即答した。
ユノの弾ける笑顔に、チャンミンはホッと、安堵のため息をついた。
「待ってますよ、ここで」
「ここでっすか!?」
あと4時間もありますよ?
暇っすよ?
いいんすか?」
ユノはレジカウンタ―上の時計を見て言った。
「本を読んで待ってます」
チャンミンはバッグをポンポンと叩いた(チャンミンは読書家なのだ)
「分かりました!
俺、仕事頑張るんで、せんせも頑張って待っててください!」
こうしてバイト終了時間までの間、ユノはチャンミンのテーブルへせっせと料理を運んではサービスをしたのだった。
「ユノさん...いいのですか?」
「へーきっす」
「在庫が合わなくなりませんか?
怒られないのですか?」
「怒られます」
「ユノさん!
駄目ですよ!」
「んなこと言って、せんせ、全部食べちゃったじゃん。
せんせって大食いなんすね。
新発見だ」
「...全部払います」
「俺オリジナルメニューもあるんで、値段がつけられません」
「そういうわけにはいきません!」
「俺の驕りっす」
2人の会話は、遠慮するチャンミンとそれを押し切るユノとの間で、どうしても押し問答になってしまう。
結局今回もユノの押しが勝ち、チャンミンはあきらめることにした。
Qたちは帰ってしまった店内は、チャンミンひとりだけだった。
休憩時間をたっぷり2時間オーバーで取ってしまった店長は、押し問答する2人を放っておくことにした。
・
チャンミンは車で、ユノは自転車だった。
愛車を駐車場に置いておくわけにはいかないため、チャンミンのマンションで集合となった。
先に到着したチャンミンは、こもった空気を入れ替えるため、窓を開け放った。
そして、大急ぎで部屋の片づけを開始した。
当初の予定よりずっと早くユノが訪れることになり、室内には見られたくないものがそのままになっている。
つまりそれらは、乾燥中のアレとか、ぬるぬるした液体が入ったボトルとか、散乱した丸まったティッシュペーパーとかいったものだ。
モヤモヤの発散方法といえばアレしかない。
ユノと『アレをする!』と、心を決めたことによる前準備を兼ねてもいた。
(ユノに発見されて相当恥ずかしい思いをしたにもかかわらず、懲りずに使用してしまうチャンミン)
チャンミンはゴミ箱を空にし、目を細めてソファの座面によからぬものが落ちていないかチェックをした。
それから、洗面所で乾燥中だった例のブツのやり場に、しばし考えを巡らせた。
(これはどこに隠そう...。
浴室だと、ユノが入浴するかもしれないから駄目だ。
やっぱりクローゼットか)
タオルにくるんだそれを携えたチャンミンが、洗面所を出たところでチャイムが鳴った。
(ユノだ!)
ユノがチャンミンに会いたい一心で愛車を爆走させた結果、予想より早い到着となったのだ。
洗面所から玄関まで数歩の距離。
「!」
鍵を外し玄関ドアを開ける直前、今自分が何を携えているかに気づいた。
チャンミン宅は、玄関から短い廊下を経てリビングが、リビングの隣に寝室がある間取りになっている。
「ユノさん!
ちょっ、待って...」
クローゼットのある寝室へと向かいかけた時、背後の玄関ドアがそっと開いた。
ドアの隙間から、汗だくのユノが顔をのぞかせている。
「せんせ?」
「ユ、ユユノさん!」
チャンミンはさっと、タオルにくるんだそれを背中に隠した。
「は、早かったですね」
「そりゃあもう...せんせに会いたいからに決まってるっすよ」
ユノはニコニコ顔でスニーカーを脱いだ。
「せんせ?
どうしたんすか?」
「いえいえ、別に」
ユノに背中を見せるわけにはいかないため、リビングへと後ずさりしてゆくしかない。
「せんせ...何か隠してます?」
ユノに背後を覗き込まれそうになり、チャンミンは「もう隠しきれない!」と諦めかけたが...。
「ユノさん!
鍵、鍵を締めてください!
ドアチェーンも閉めてください!」
「あー、すんません」
ユノが引き返すやいなや、チャンミンはリビングへと走った。
そして、チャンミンは何を思ったのか、タオルにくるんだそれを、開け放った窓ガラスの向こうへと放り投げた。
寝室は遠すぎると判断したのだろう。
それはサンダルを乗り越え、ベランダに置いた鉢植えに受け止められて止まった(ベランダの柵を超えて落下してしまったら、犯罪行為になる)
「鍵締めたっすよ」とユノがリビングに現れるのと、チャンミンがカーテンを閉めたのは同時だった。
(セーフ!)
ユノはチャンミンの挙動不審さには慣れているため、先程のチャンミンの不審な様子の件など忘れていた。
(つづく)
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