(41)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノのスマートフォンを震わせたのは、もちろんチャンミンだった。

 

「...っ」

 

飛び上がりたいほど嬉しいのに、あふれる想いのせいで「せんせ!」の一言が出てこないユノだった

 

一方、電話の向こうの沈黙に不安を覚えたチャンミンは、恐る恐る声をかけた。

 

『...ユノ...さん?』

 

「......」

 

『...怒ってますか?』

 

「......」

 

『ですよね?

全部僕が悪いんです。

すみませんでした』

 

「あの~、せんせ?

何について謝ってるんすか?」

 

チャンミンがしきりに謝るものだから、ユノは困惑してしまう。

 

「俺がせんせを怒るわけないじゃないすか。

それに」

 

ユノは安心と喜びのあまり大きな声を出してしまいそうで、送話口を手で覆い、深呼吸をした(例えば、『せんせ、会いたかったす!!』と、鼓膜が破れそうなくらいの音量で)

 

「俺がせんせのことで腹を立てることなんて、ないっすよ。

謝らなくちゃいけないのは、俺の方っすよ」

 

『ユノさんは何も悪くありません』

 

「やらかしてますって」

 

『何をです?

僕が悪いのです。

変な態度をとってしまって申し訳ありません』

 

「...もしかして、朝のことっすか?」

 

『え...?』

 

「ほら、“アレ”のことですよ。

萎えちゃって、すんません

男として不甲斐ない」

 

『不甲斐ないだなんて、言わないでください!

僕こそ時期尚早でした。

焦らないでいきましょう』

 

「そうっすね。

せんせはプロフェッショナルだから、俺に教えてくださいよ」

 

『...っ』

 

「せんせ!」

 

『はい?』

 

「セックスの話は脇に置いておきましょう。

それどころじゃないっすよ!

せんせの家族に何かあったんじゃなかったんすか?」

 

『そのことですが...』

 

チャンミンはここでようやく、帰省の理由を手短に説明した。

 

『...そういうわけだったのです。

僕のドジのせいで、ユノさんに不要な心配をおかけしてしまいました。

申し訳ありません』

 

電話の向こうで頭を下げている姿が目に見える、とユノは思った。

 

『明後日には戻りますから、待っててください』

 

「今日中に会えますよ。

俺今、せんせんちに向かってるんす」

 

『え?』

 

「すげぇ会いたくなっちゃって せんせんちまで行くことにしたんす。

夜遅かったんで、飛行機も列車も最終出ちゃってたし...そこで、いいアイデアを思い付いた。

俺、免許持ってるじゃん、って。

レンタカー借りて行っちまえ、って思ったんす」

 

ユノの言葉にチャンミンは耳を疑った。

 

『何やってるんですか!!』

 

「ひぃ」とばかり チャンミンの大声にユノは耳を塞いだ。

 

『だ、ダメですよ!

危ないですよ!

ユノさんは初心者じゃないですかっ!』

 

さすがに「下手くそじゃないですか!」と付け加えるのは、さすがに堪えた。

 

「初心者マーク付けてるし、保険も入ったし」

 

『そういう問題じゃありません!』

 

ぴしっと叱られて、ユノは『ああ、教習車に乗ってた頃を思い出す』としみじみ懐かしんだ。

 

「せんせの教えを守って、安全運転を守ってますって。

今更引き返せないっす」

 

『はあ...。

分かりました。

今、ユノさんはどこ辺りにいますか?』

 

「ええ~っと...」

 

ユノがサービスエリア名をあげると、チャンミンは残り距離と所有時間をざっと計算した。

 

(休憩なしであと5時間

ユノさん運転であと8時間か...)

 

『そこで朝まで仮眠を取ってください』

 

「ええ~。

眠くないっす。

せんせに早く会いたいっす」

 

『ダメです。

目をつむっているだけでいいです!』

 

「この車、狭いんすもん。

ほら、俺って脚が長いじゃん?」

 

『はいはい』

 

何時間も自転車を走らせ、遠方にいるチャンミンに会いにきたユノの情熱を、思い出すのだった。

 

思い出すたび涙がにじむ。

 

『分かりました。

絶対に急いではいけませんよ。

2時間おきに休憩を取るように!

少しでも眠い、と思ったら、最寄りのサービスエリアに入ってください。

煽る車がいても無視してくださいよ」

 

「はい!」

 

(返事だけは立派なんですから...)

 

「安全運転するんで、俺に何かご褒美くださいよ」

 

『いいですよ』

 

「俺に『好き』って言ってください」

 

『...う...』

 

「たった2文字じゃないっすか。

俺だったらいくらでも言えますよ。

せんせ、好きっす。

せんせの全部が好きっす」

 

部屋はチャンミンだけで、真っ赤になった顔を見られずに済んだ。

 

チャンミンの眼球に涙が膨らんだ。

 

『ぼ、僕も、ユノさんのこと...好きですよ』

 

 

「!」

 

くすくす笑いに顔を上げると、妹Eがドアの向こうからにやにや顔をのぞかせていた。

 

「電話が繋がったからって 恋人とイチャイチャしないでよね~」

 

Eは両手で口をふさぎ、冷やかしの声をあげないよう必死だった。

 

「う、うるさい!

あっち行けよ」

 

「お兄ちゃんの声、つつぬけ~。

真夜中なんだから、うるさいんだもん」

 

 

ユノはチャンミンの言い付けを忠実に守った。

 

チャンミンにべた惚れで、彼の頼み事なら何でも叶えたい...というよりも、心配性な恋人を不安にさせたくない一心で、休憩時間を適宜取り、都度報告を入れた。

 

チャンミンは枕元にスマートフォンを置き、うつらうつらしながらも着信音で飛び起きた。

 

ユノが電話をかければ、必ずワンコール未満で繋がった。

 

夜明けまで2時間、といったところか。

 

空が白みかけていた。

 

顔をのぞかせた朝日がまぶしく、サンバイザーを下した。

 

(もうすぐせんせに会える!)

 

ユノの眼は朝日を反射してキラキラと輝いていた。

 

この時チャンミンが助手席に座っていたとしたら、ユノの横顔に見惚れていただろう。

 

(つづく)

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