(49)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「こっちに帰ってきてたんだ?」と男は言った。

 

男は妻らしい女性と、友人らしい男3人を連れ添っていた。

彼らはみな、屋台で購入した食べ物とビールのプラカップで両手が塞がっている。

 

「まあ...そんなところ」と、チャンミンはぼそりと答えた。

 

(同級生かな...?)

 

ユノはチャンミンと声をかけてきた男を交互に見、チャンミンの固い表情とこぶしに握られた手に気づいた。

 

(会いたくない人なんだな)

 

男はビールを一口飲んだ。

 

「久しぶりだな。

卒業式以来?

成人式に来なかっただろ?

元気そうじゃないか」

 

(中学で一緒だったのか?

ってことは、卒業アルバムに載ってた奴らか)

 

ユノは昼間見た卒業アルバムの記憶を頼りに男の面影を探そうとした。

 

(もしかして...

いかにも人気者っぽい奴がいたな...こいつがそうか...)

 

チャンミンを見る男の目に冷やかしの色、小馬鹿にする色を見つけてしまった。

「こいつ、せんせの傾向を知っている!」ユノは悟った。

何が一体可笑しいのか、男は友人たちと顔を見合わせ、意味ありげな笑いを送り合っている。

その質の悪い笑いに、気分が悪くなった。

 

「一緒の人、友達?」と、男はユノに向けて好奇心丸出しな目を向けた。

 

「...彼は...」

 

適当な答えをひねり出せずにいるチャンミンに代わって、ユノは「先輩後輩っす。仕事の」と答えた。

 

「ふ~ん。

若いね。

新入社員とか?」

 

男の唇にビールの泡が付いている。

 

「そんなところです」

「ふ~ん...そうなんだ」

 

男は値踏みするように、ユノの全身まんべんなく...特にユノの顔を中心にぶしつけに観察した。

 

「職場の後輩を地元に連れてくるんだ?

仲いいんだな」

「出張のついでに寄ったんすよ。

花火見られるって聞いたんで」

 

同行している仲間のひとりは、チャンミンの素性を知らないらしい。

「あいつカマなの。××に言い寄って。まじ、キモイやつ』と、隣の男に説明されて「うわ~」とあからさまに嫌な表情をした。

チャンミンが地元のイベントに足を運びたくない理由がこれだった。

 

(すげーむかつく。

話、丸聞こえなんだよ)

 

ユノの中で怒りの炎が灯った。

「あんたこそ、先輩とどんな関係なんすか?」

 

(ユノ!?)

 

喧嘩腰の物言いと言葉使いの悪さに慌てたチャンミンは、ユノの脇腹を肘で突いた。

ユノの目尻は上がり、こめかみに青筋がたっている。

艶やかな黒髪は逆立っているようにも見えた。

 

(ユノ...怒ってる!)

 

拗ねたり、機嫌を悪くしたところは幾度か見たことはあるが、爆発しそうな怒りに耐えている姿は初めて見た。

静かな怒りほど怖いものはない。

ユノは男を威嚇するかのように一歩前進した。

すると、180センチ超えのユノが男を見下ろす格好となった。

背が高いだけじゃなく、体格もよい。

そして何より、目力がすごかった。

胸ぐらをつかみかねない勢いの鋭い眼光に、男は負けを認めた。

学生時代校内上位のイケてた男も、年齢とともに劣化した優男に成り下がっている。

 

「同級生...です」

 

隣の妻は、「早く、行こうよ」と不機嫌になっている。

男たちのビールの泡はすっかり消えてしまっていた。

 

「先輩、いこっか?」

 

(この場はさっさと離れるべきだ)

 

ユノは「行きましょ」とチャンミンを促した。

それから振り向きざまに、ユノは男をねめつけた。

そして、「ば~か」と言った。

当然、チャンミンにバレないよう口パクで。

あとで「不良みたいなことしたらいけないでしょう!?」と雷を落とされるに決まっているからだ。

 

 

「あ...」

 

パラパラと雨が降り出した。

 

夜空は雲で覆われ、徐々に雨足が強まっていった。

人々は祭り会場から屋根を求めて散り散りになってゆく。

花火の打ち上げ開始時間が30分繰り下げる旨の放送がかかった。

商店街のアーケードや区役所の屋根の下に逃げ込んだ者たちは空を見上げ、果たして45分後に花火は上がるのだろうかと不安げな表情をしている。

チャンミンは空を見上げることなく、無言のまま雨粒の軌跡を見据えている。

 

「......」

 

ユノはしばし迷った末、おずおずと手をのばし、すぐ隣にある手を握った。

通行人はほとんどおらず、外灯もわずか、手を繋いで歩く男2人を好奇の目で見られる心配はなかった。

 

「......」

 

振りほどかれなかったことに安心し、ユノは握る手に力を込める。

チャンミンの手は雨と汗で湿っていた。

もう片方の手は、食べかけのイチゴ飴の飴でべたべたしていた。

2人は花火観覧にぴったりの、見晴らしのよい河原に向けて歩いていた。

ユノもチャンミンもにぎやかな場所から離れ、静かなところを求めていた。

 

「俺の方がイケメンじゃないっすか?」

 

先程の出来事を何事も無かったかのようにするのはダメだ、とユノは考えていた。

 

(せんせは『気まずい雰囲気』が苦手なんだ。

きっと、事情をきいて欲しいと思ってるはずだ)

 

「俺の方が若いし。

絶倫せんせの相手に十分だし」

「ぷっ」

 

チャンミンは吹き出した。

 

「あいつは...僕が昔、片想いしてた人」

「そうだと思ったすよ」

「えっ!?

分かりました?」

「分かりますって。

バチバチ火花を散らしてさ。

何かあったんだな、ってわかりますって」

「...そうでしたか」

「せんせ。

そん時の話、教えてくださいよ。

俺、知りたいっす」

「......」

「教えてくださいよ~。

せんせの話聞きたい!」

 

ユノは繋いだ手を子供のようにぶんぶん振った。

 

「仕方がないですね。

退屈な昔話ですけど...聴いてくれますか?」

 

チャンミンには恋人に過去の恋愛について暴露した経験はほとんど無かった。

どの恋愛も別れ方が最悪だったからだ。

例えば、ある日帰宅したら恋人の荷物が無くなっていたとか、二股かけられていたり、彼女ができたから別れて欲しいとか、大泣きして追いすがっても振りほどかれたり...ほぼチャンミンがフラれるパターンだった。

恋愛関係に到るまではスロースターターなチャンミンだが、いざ火が付くと重い恋愛をしがちだった。

ところが、ユノ相手ならば、「僕のことをもっと知って欲しい」と思ってみたりしたのだ。

チャンミンは若かりし頃の、苦々しい思い出話を始めた。

 

 

(つづく)

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