(22)チャンミンせんせ!

 

 

昼食時間、チャンミンは教習ルートの地図を眺めていた。

 

独りになりたくて、場内コースの監視塔に上がっていた。

 

卒業検定は、教習で走行したコースを使用されるのだが、検定の直前までどのコースが選ばれるのかは知らされない。

 

矢印信号が複雑な交差点、片側4車線、勾配がある通り、小学校の側、一時停止の先は交通量の多い幹線道路、下町風商店街...コースによって難度に差が出てきてしまい、運悪くこれらのコースに当たってしまった受検者たちは気の毒としか言いようがない。

 

指導員にはどうこうできる権限はない。

(当日、公安委員会からコース決定の連絡がやってくる)

 

ユノの教習課程も後半戦に突入していた。

 

そろそろ、卒業検定を見据えた指導が必要なのだ。

 

相変わらずひやひや冷や汗無しで、ユノの隣に乗車することはできない。

(この日は幅寄せし過ぎたせいで、駐車中の高級外車と接触しそうになった。チャンミンの寿命が9年縮んだ)

 

「チャンミン!」

 

呼ばれて頭を上げると、両手に菓子パンを抱えた同僚Kだった。

 

「びっくりした!」

 

「休憩時間くらい仕事のことは忘れろよ。

最近、頬がこけてるぞ。

ほら、パンでも食べなさい。

俺からのおごりだ」

 

「ありがとう」

 

チャンミンの胃袋は時折キリキリと痛み、恋の病と合わさって食欲が減少していた。

 

チャンミンがルート地図とにらめっこしているワケは、ユノの為。

 

どのルートが当たってもいいように、それごとの最難関箇所をピックアップしていたのだ。

 

これまで、担当教習生ごとに差をつけないモットーでいたのに、ユノを前にしていつやら壊れていた。

 

Kはもそもそとカレーパンを齧るチャンミンを、しばらくの間眺めていた。

 

(前の男とは別れたらしいな。

ユノとかいう大学生にのぼせてしまって...隠しているつもりだろうが、俺からはバレバレなんだよ。

上の奴らは気づいていなさそうなのが救いだ)

 

「今週あたり、飲みにいくか?」

 

「ん?」

 

Kからの誘いにきょとん、とするチャンミン。

 

でもそのすぐ後に、Kの友情を感じとってじわりと胸が温かくなった。

 

(僕の様子がおかしいことに心配してくれるんだな。

隠してたつもりだけど、だだ洩れだったのか)

 

「ぜひ」

 

「うちに来るか?

チャンミンが来ると知ったら、嫁さん、張り切って御馳走を作ってくれるよ。

飲み過ぎたらうちで泊まればいいし」

 

Kからの誘いにチャンミンは、「そうだなぁ」と曖昧な返事だったため、Kはもうひとつの案を提案した。

 

「子供らも騒がしいから、落ち着かないか。

じゃあ、いつものとこで飲もうか?

俺の悩みも聞いてくれ」

 

「うん」

 

強風が吹くと監視塔は揺れ、二人の咀嚼音は、その風音でかき消されてしまっている。

 

(チャンミンが思い煩うのも仕方ない。

こいつはゲイで少数派だ。

ユノはチャンミンに気がありまくりで、俺が見るところ恋愛感情込みだ。

だから、チャンミンに可能性はあるんだが、彼が行動に動くかどうかの可能性は低い。

頭が固い奴だし、ユノはストレートに決まってるし...ハードルがいくつもある恋だ。

だからと言って、仕事をおろそかにしたらいけない。

最近のチャンミンは、ユノにばかりかかりきりになっている...)

 

この自動車学校は土日祝日営業のため、二人はシフトを確認し合い、二人飲みは週末土曜日夜に決定した。

 

チャンミンがカレーパンを食べ終えた頃合いを見計らい、Kはベンチから立ち上がった。

 

「最近練習をサボっているだろう?」

 

話題が変わったことにより、チャンミンの表情は硬くなった。

 

「講習日は迫っているんだ。

俺が見てやるから、今日こそ練習をするから。

分かったか?」

 

「...分かったよ」とチャンミンは渋々ながら答えた。

 

「あ、待って!」

 

チャンミンは、「先に戻っとくよ」と監視塔を出て行こうとしたKを引き止めた。

 

ふり返ったKに、チャンミンは「ありがとう!」と礼を言った。

 

「店は俺が予約しておくよ。

それじゃあ、午後も頑張りますか」

 

「ああ」

 

チャンミンとKは監視塔を出ると、急な階段を慎重に下りていった。

 

「わっ」

 

地面に着いたと思い込んでいたら、もう一段あったのだ。

 

夢想にふけるチャンミンは、あやうくすっ転ぶところだった。

 

 

 

3時間にわたる応急処置教習というのがある。

 

今回の担当はチャンミンだった。

 

チャンミンは密かに学校一のイケメンだと、女子教習生たちから囁かれていたのだ。

 

当然ユノは、面白くない。

 

(俺のせんせに近づくな)

 

応急処置教習に使われるこの部屋はカーペット敷のため、全員靴を脱いでいる。

 

「!!」

 

チャンミンの靴下のくるぶしに、ワンポイントにバンビが刺繍されている。

 

(せんせっ...か、可愛い~。

自分で買ったのかなぁ(注:正解))

 

ユノは口を覆った上で、顔面崩壊しかけた顔を背けた。

 

和室には、10体の心肺蘇生用の練習マネキンがずらり並べられていた。

 

「2人1組になってください。

僕が見本をやってみせますから、一緒にやってみましょう」

 

チャンミンの指示に、ペア探しに教習生たちはざわめいた。

 

ユノは素早く教習生の人数をカウントした。

 

(よっしゃ...!

奇数数だ!)

 

ユノはすっと手を挙げた。

 

「せんせー!

俺、1人です!」

 

「ユノ!?」

 

ユノの宣言に、彼とペアになるものと決めつけていたQは目を剥いた。

 

「私がいるじゃない」

 

「いやいや、Qは先生と組むのなんて嫌だろ?」

 

ユノはそう言いきって、Qの背をぐいぐい押した。

 

「えっ!?

やだ、ユノ、何々!?」

 

そして、Qの抗議を無視して、ペアが組めずに困っているフリーター風の若者に、彼女を押し付けたのだった。

(この若者は、可愛い部類にはいるQとペアを組めて、顔を輝かせた)

 

「せんせは俺とペアですね」

 

「ユノさん...」

 

教習生たちの前で、あからさまに嫌がる表情はよろしくない。

 

(困る。

意識してしまうから困る。

平静を保てるか自信がない)

 

教習時間に余裕はない。

 

チャンミンは「ユノさんは僕とペアで」と素っ気なく言うと、ビニール袋入りのマウスピースを教習生たちに配布した。

 

「人形にマウスピースを付けて...」と、チャンミンはマネキンの脇に膝をついた。

 

「まずは安全な場所へけが人を運びます。

ユノさん!

足を持って!」

 

「はい!」

 

「合図に合わせて...持ち上げますよ~。

はい、1、2、3!

次にけが人の肩を揺すります。

こんな風に『もしもし、大丈夫ですか?』と、大きな声で呼びかけます。

ユノさん!

やってみせて」

 

「はい!

『大丈夫ですか?

もしもーし、大丈夫ですか?』」

 

 

「声が小さい!」

 

 

「!!!!!」

 

日頃物静かだったチャンミンの大声に、教習生たちはビクッとする。

 

「はい!

すんません!!」

 

(ひー!

いつものせんせと違う!)

 

「次!

周囲に助けを呼んでください!

『誰か!

誰か!

助けて下さい!』

手を大きく振って...。

はい、ユノさん、やってみせて!」

「はい!

『誰か!

誰か!

助けて下さい!』」

 

「声が小さい!!!」

 

「すんません!」

 

(せんせが...せんせが...怖い...。

ギャップ萌えだぁ。

...悪くない...悪くないぞ)

 

「ムフフ」と、ユノはにやついたのだった。

 

 

(つづく)

 

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