(49)チャンミンせんせ!

 

翌朝。

高まった胸を抱えての就寝など不可能かと思われたが、案外2人はぐっすりと眠ったのだった。

チャンミンは強力精力剤を飲んだにも関わらず、眠りにつけた自分に感心した。

 

(よほど疲れていたんだなぁ)

 

ユノは寝返りを繰り返した結果、チャンミンを抱き枕にした体勢が一番落ち着くようだった。

さらに片足を、チャンミンの膝に絡めていた。

チャンミンは、背中いっぱいに感じる重みの暑苦しさで目覚めた。

 

(ん...これは...?)

 

胸の上で組まれたユノの手よりも、尾てい骨あたりに当たる弾力あるものに、体温が上がり鼓動も速くなった。

 

(大きい...そして、固い...)

 

もうしばらく、この形状を楽しんでいたかったが、チャンミンにも同様の生理現象が起きており、ここに欲が加わったら、当分大人しくなってくれなさそうだった。

穿いているハーフパンツがどんな具合になっているのか、見て触って確かめる必要はない。

チャンミンは、勢いよく飛び起きた。

 

「う...んん...」

 

背後の呻き声にふり返ると、たわんだマットレスの振動でユノも目を覚ましたようだった。

ユノは半分しか開いていない目で、こちらを見下ろすチャンミンを見上げていた。

 

「......」

 

ユノの頭はボーっとしていて、なぜ自分がここにいるのか、なぜすぐ側にチャンミンがいるのか、そのワケといきさつを思い出すまで、しばし時間が必要だった。

 

(思い出した...思い出したぞ!)

 

「せんせ、おはよ」

 

チャンミンは、ユノの「おはよ」に胸がきゅんとした。

 

「お、お...おはようございます」

 

チャンミンはパッとユノに背を向けた。

 

(顔が真っ赤になっているのは、わざわざ説明する必要はないが)

 

「顔を洗ってきます。

6時ですから、まだ寝ていてもいいのですよ」

 

そう言って、チャンミンはそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 

「ふう」

 

ユノはドアが閉まりきると、持ち上げていた頭を枕に戻した。

脇を見ると、チャンミンの身体の形通りにシーツにシワが寄っている。

 

(これはこれは...情事の翌朝の恋人同士のようではないですか!

何もなかったけどさ)

 

ムフムフしている間に、前髪とTシャツの胸元をびしょびしょに濡らしたチャンミンが戻ってきた。

 

「俺、せんせの試験が終わるまでここにいる」

 

ユノは昨晩から温めていた計画を、ここで披露したのだ。

 

「いけません!」

「いけなくはないっすよ。

ここに居るつもりで、ここに来たんすよ」

「お風呂は?

着替えは?」

「シャワーはここか、漫喫のシャワールームを借ります。

着替えはなんと...用意してあるのです!」

 

ユノのリュックサックの中には、精力剤の他、2日分のTシャツと下着が入っていた。

 

「...っ!」

 

チャンミンは丸一日ユノの相手をしていられないし、周囲に何もないここでは時間を持て余すだけだと説得したのだが、ユノは聞く耳を持たない。

 

「学校は?」

「講義のひとつやふたつ、平気っす」

「サボっちゃ駄目でしょう。

バイトは?」

「今週のシフトはもうありません。

それからバイトをひとつ減らしました。

これからは、ファミレスのバイトだけっす。

もう補習代を稼ぐ必要はありません」

「ごめん。

僕の教え方が下手で、補習ばかり受けさせてしまいました...」

「嫌味のつもりで言ったんじゃないっすよ。

補習に関してはウェルカムだったですし。

せんせだって分かってたでしょ?

補習なのに、テンション上がってた俺のことを?」

「ふん。

でも、上手くいかないって、泣いてましたよね?」

「それは言わないで」

「からかって、ごめん」

「『ごめん』は要らないっすって。

下手くそ過ぎて補習受けまくり、仮免不合格...こんな奴は男では滅多にいないらしいっすよ。

俺の自動車学校時代は黒歴史になりそうな中身ですけど、せんせのおかげでそうでもなくなりました」

「よかったです」

「バイトに充てていた時間がまるまるせんせのために捧げられるんすよ。

どうですか、せんせ。

嬉しいですか?」

「うっ...」

 

チャンミンは一旦つまったが、「正直になれ」の心の声に背中を押された。

 

「...嬉しい...です」

 

ユノはチャンミンの答えに大満足だ。

チャンミンは、朝日以上に白く眩しいユノの笑顔に見惚れていた。

 

(綺麗な子だと、初めて会った時からずっと感動していた。

この子の笑顔は...何かに例えるとしたら...朝日だ。

なぜなら、真面目で素直で、明るくて...眩しくて、クリーンだ。

ノンケでなのに僕のことが好きで。

好きじゃ足りない。

ユノは僕のことが『大好き』なんだ」

 

チャンミンは涙がこぼれそうになったのだった。

 

 

「僕が講習の間、ユノさんは何してますか?

ここは何もありませんよ?

暇ですよ。

街に下りたとしても、ショッピングセンターも近くにないから、時間つぶしも大変ですよ」

「ストーップ!」

 

ユノは、同じことを繰り返すチャンミンの口を塞いだ。

 

「子供じゃないんだから。

俺の心配はいいですから、ご自分の心配をして下さいよ。

せんせも寂しいでしょ?

今日の講習が終わった時、俺は帰ってしまっていない、ってのは?」

 

チャンミンは想像してみた。

 

「寂しい...ですね」

 

素直に認めたチャンミンに対して、ユノは「でしょう?」とニヤニヤした。

 

「でもねユノさん。

さすがにこのベッドでもうひと晩、眠るのはキツイです」

 

チャンミンは寝違えた首ときしむ腰を指さした。

 

(今夜こそ、何かが始まるかもしれないし...。

というか、僕が手を出してしまうかもしれない)

 

「分かってますって。

俺、街に下りてホテルをあたってみます。

今夜はホテルに泊まります」

「自転車で!?」

「下り坂だし、5、6キロの距離ですよ。

ここに来る途中、ホテルを見かけましたし。

せんせの講習が終わるまで、適当に時間潰してますよ。

夕方に合流して、夕メシを食いましょう」

「...分かりました」

 

(ユノは20歳なんだ。

あ~、過保護になってしまう自分が嫌になる!)

 

これからのプランはまとまった。

しかし、朝の情報番組を見ながらニコニコと、チャンミンが朝食にありつくまでひと悶着あったのだ。

チャンミンが持参してきた、チョコレートバー1個。

「せんせったら、すげぇやつれてるじゃん。俺は要らない!」とユノは拒んだが、「肉体労働をしたユノさんこそ、食べないといけません」と譲らないチャンミン。

昨夜のユノはチャンミンに元気になってもらおうと、栄養ドリンクを差し入れることしか頭になかったのだ。

押し問答の末、もともと街で食事を済ませるつもりでいたからと、ユノはチャンミンを説得したのだった。

 

「ひと口、食べますか?」

「いりません」

「そう言わないで、ひと口だけでも」

 

怖い顔をしたチャンミンは、ユノの目の前にチョコレートバーを差し出した。

 

「いいっすけど」

 

ユノはチョコレートバーの端っこをしぶしぶ齧った。

カリっといい音。

伏せたまつ毛は真っ黒で、疲労の名残か赤くなった目尻や、肌のきめや小さな傷痕など...ユノの顔が間近に迫った2、3秒は、チャンミンにとってスローモーションのようだった。

第3者にはどうでもいいやりとりだ。

恋人関係2日目のほのぼのさを、見せつけてくれる2人を紹介してみた。

つい忘れがちだが、チャンミンには本日の講習と明日の本番が控えているのだ。

 

 

講習2日目の本日、チャンミンはまる1日講義棟と場内コースに缶詰だった。

ユノは愛車で街へと向かい朝食にありつけたし、無事ホテルも見つけた。

ところが、融通のきかないフロントマンは、チェックイン時間になるまで部屋を案内することはできないと突っぱねた。

 

(別にいいけどさ)

 

ユノは漫画喫茶のコイン・シャワールームを借り、着替えを済ませてさっぱりすると、ここで時間を潰すのではなく、愛車にまたがった。

最初から、夕方まで街でチャンミンを待つつもりは全くなかった。

汗だくになって上り坂をのぼり、宿泊棟まで引き返したのだった。

そして、チャンミンの部屋で1時間ほど学科試験勉強をしたのち、場内コースの様子を見に行った。

 

(せんせはいるかなぁ...。

あっ、いた!)

 

ユノは大型トラックの運転席にチャンミンを発見するなり、大きく手を振った。

 

(ユノ!?)

 

チャンミンはどんなに遠くからでも、ユノを見つけることができた。

なぜなら、教習車の中でも、自動車学校の校内でも、チャンミンはずっとユノの姿を遠くから観察してきたからだ。

今は実車指導を受けている最中だ、チャンミンは手を振り返すわけにはいかない。

信号待ちの時など、チャンミンはトラックの見晴らしのよい運転席からユノの姿を追っていた。

屋根付きのプラットフォームには、ベンチが並べられており、そこで講習生(教習指導員)たちが、指導の順番待ちをしている。

ユノは彼らに気軽に話しかけているようだ。

部外者であるユノが周辺をウロウロしていても、見咎めを受けることはない。

その証拠に、各自動車学校から、例えば休日を利用して後輩の様子を見に来た先輩指導員や、遊びがてらやって来た講習生の家族が何人かいるのだ。

 

(ユノ...君という人は)

 

ユノは楽しそうに彼らと会話を楽しんでいるらしい。

チャンミンはユノが気になって仕方がない。

 

(『ご家族ですか?』

『いいえ、俺の彼氏が今運転中です。

応援しに来たんですよ』

...なんて、説明していたらどうしよう!

まさか、ねぇ)

 

時おり、チャンミンに向けて手を振ってくるから、ヒヤヒヤさせられる。

要するに、ユノはチャンミンの邪魔をしていた。

ところが、ユノの存在に気をとられそのおかげで、過緊張気味だったのが、随分楽になったのは事実だった。

 

 

午前の講習を終えたチャンミンは、ベンチで待つユノの元へと駆け寄った。

 

「ユノさん!」

 

小言を言おうと用意していた怖い顔など、作れるはずない。

 

「せ~んせ。

昼メシ、一緒に食いましょうよ」

 

ユノはここに戻る際、弁当を2人分用意してきたようだった。

 

「ここって、弁当を用意してもらえるんすね。

俺、せんせの代わりに貰ってきましたよ」

「貰ってきたの!?」

 

ユノの物怖じしない性格に、チャンミンは感心した。

 

「はい。

ここにいた人たちから教えてもらったんす。

そうか~、あの人たちはみんな、先生なんすね~」

 

「凄いなぁ」とつぶやくユノの袖を、チャンミンは引っ張った。

 

「休憩時間は50分しかありません。

食べましょう」

 

そして、2人は3人分の弁当をたいらげた。

 

「食欲が戻ってきたみたいです」

「よかったっすね」

「好きな人の存在は凄いですね。

ユノさんのおかげです」

「あ...ども。

はい...そう言ってもらえて何よりです...」

 

語尾は消え入りそうだった。

唐突なチャンミンからのストレートな愛情表現に、実のところユノはまだ慣れていなかった。

 

「午後も頑張りますよ」

 

立ち上がったチャンミンの背筋が伸びていた。

午後からも頑張れそうだ、と、チャンミンに力がみなぎっていた。

 

(つづく)