(52)チャンミンせんせ!

 

チャンミンのプラン通りに帰路につくことにした。

数キロごとに設定した待ち合わせ場所...コンビニエンスストア...で、2人は合流する。

先に到着したチャンミンは、自転車のユノが到着するまで待った。

曇り空ならよかったのだが、強い日差しがユノの体力を奪っていった。

チャンミンは早々と車から降りて、道路の向こうに目をこらし、ユノの姿が現れるのを今か今かと待ち続けた。

その姿は、初めてのおつかいに出掛けた我が子を、自宅前で待ち構える親のようだった。

 

(来た!)

 

「せんせっ...はあはあ...お待たせです」

 

待ち合わせの回を重ねるごとに、ペダルを漕ぐユノの脚が緩慢になってきたのがよく分かる。

 

「お疲れです。

チョコレートで糖分補給しましょう」

 

「せんせぇ。

俺、アイスクリームの気分っす」

 

「今買ってきます!」

 

チャンミンは、マラソン選手の給水場になっていた。

ユノはチャンミンの車の中で、エアコンの冷たい風で熱い身体をクールダウンする。

その間、15分程とりとめのない会話を交わすのだ。

 

「せんせ、今のお気持ちは?」

 

「実感がないですね」

 

「それって、受かって当然って思ってた証拠っすよ。

『緊張する~』『僕、駄目かも~』って、不安なこと言ってたけど、内心自信があったんです。

だから俺が思うに、せんせが不安がったり、心配しまくるのは単なる趣味じゃないっすかね。

全部が全部、ホントの感情じゃないっていうのかなぁ...?

どう思います?」

 

「そう...なのかな」

 

チャンミンは、ユノの言うことが少しは理解できた。

 

(そうかもしれない。

僕はいたずらに、不安を育てることが得意過ぎる。

これがこの先、僕らの仲を壊す原因になるだろう。

これから、気をつけないと!)

 

「せんせ。

おめでとうございます。

俺なんて、あんなデカい車動かせないっすよ」

 

ユノはこれで何度目かのお祝いの言葉を口にした。

 

「どういたしまして」

 

実際終わってみると、この試験とは大して恐れるものではなかった。

そう。

チャンミンは、大型自動車教習指導員試験に合格していた。

滞りなくコースを走り終えた時点で、検定員は合格を告げてくれる。

(ここが、一般の者が受ける卒業検定と違う点だ)

 

 

日が沈むと、随分楽になった。

休憩時間を頻繁にとっていたため、2人が街に帰りついたのは21時過ぎになっていた。

2人はユノのアパート前にいた。

 

「ユノさんちはここなんですね」

 

チャンミンは、ベージュ色のモルタル塗りの2階建てのアパートを見上げた。

 

「いい感じのところですね。

ユノさんの部屋は?」

 

ユノは、「2階のあそこです」と指さすと、バルコニーで揺れる洗濯物を発見してしまった。

 

「しまった!

干しっぱなしだった!」

 

チャンミンは、「ユノさんらしいですね」と笑った。

 

「一昨日は着替えを取りに帰るのがやっとだったんすよ」

 

膨れたユノの表情が、隣のチャンミンを振り向いた時には真顔に変わっていた。

 

「ねえ、せんせ」

「はい」

「夢みたい...」

 

満面の笑顔になったユノにつられて、チャンミンも微笑んだ。

 

「そうですね」

「せんせとこんな風になれて。

マヂ、嬉しい...です」

「ユノさん...」

 

チャンミンは自転車のハンドルを握ったユノの手に、自身の手を重ねた。

 

「僕はユノさんのこと、真剣に考えています」

「知ってます」

 

ユノの答えに、チャンミンは目を丸くした。

 

「ふっ。

せんせの真似をしてみました」

 

チャンミンはユノから手を離せず、ユノはいつまでも手を離さないチャンミンを、ニヤニヤしながらからかった。

 

「名残惜しいのなら、俺んちに泊まります?」

「!」

「ジョークです。

今の俺、フラフラなんで、後日に回しましょう。

『そういうこと』はおいおいです。

ね?」

「じゃあ。

おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

踵を返す直前、チャンミンはユノの肩を引き寄せた。

ユノとチャンミンの頬はくっ付き合った。

ユノの頬は汗ばんでいて、その男らしい汗の匂いにチャンミンはクラクラした。

 

「学科試験は?」

「明後日です」

「会場まで僕が送ってゆきます」

「ええっ!

俺、子供じゃないっすよ」

「明日明後日は休日です」

「俺を甘やかしますなぁ」

 

チャンミンは頬と頬を離す瞬間、ユノの額に口づけた。

「チュッ」と音をたてた、可愛らしいキスだ。

 

「その夜に、ご飯を食べに行きましょう」

「はい」

 

2人は手を振り合い、チャンミンは愛車に乗り込んだ。

...と思わせて、チャンミンは車から降り、ユノの部屋の照明が点くまで見守った。

ストッパーが外れたチャンミンは、やっぱり溺愛タイプの男だった。

 

(つづく)