~チャンミン~
僕らは一生、別れがたい運命の仲だと信じていた。
高校生の時に出逢って以来、約10年近くうまくやってきた。
この間、小さな浮気もしたし(興味本位で女性を抱いた)、絶交する勢いの激しい喧嘩もした。
そして5年前、僕たちは関係を絶った。
僕たちは将来のある関係に憧れていて、僕たちが一緒にいる限り決して得られないことを手にしたかった。
ユノの潔癖さを、僕はよく知っている。
僕も同様だということを、ユノはよく知っている。
せーので、僕らは繋いだ手を放した。
同時に見えて、実は僕の方が先に手放したんだ。
彼女との婚約を伝えたのは、僕が先だったから。
さよならは言わなかったけれど、「じゃあな」と片手を挙げて、僕たちはあっちとこっちへ歩み出した。
ところが...。
ある晩、ユノを呼び出した。
その日はユノは現れなかった。
僕はもう一度呼び出した。
ユノがドアをノックするまで、しつこく何度も彼を呼んだ。
18日目、ユノがドアの向こうから現れ、僕はむしゃぶりついて、懐かしい香りを吸い込んだ。
・
僕らの逢瀬は今夜が最後。
このベッドで、どちらのものか分からない体液まみれになるのも最後だ。
頭の芯まで痺れる、究極の快楽。
開いてるはずの僕の目には何も映っておらず、真白に光はじける波間に背中から墜落した。
「チャンミン?」
ユノに頬を優しく叩かれ、僕は意識を取り戻す。
呼吸を忘れていた肺いっぱいに、精の香りを吸い込んで、僕は跳ね起きた。
ユノの全身を...濡れそぼるユノのアソコも、脇も足の指も全部、ぺろぺろと舐めた。
くすぐたがって身をよじらせるユノを押さえつけ、膝に肩にと歯をあてた。
「今生の別れじゃないんだから...」
ユノは呆れ顔でそう言うけれど、ユノのことを信じているけれど...。
「チャンミン、俺を奪いにくるか?」
「ユノこそ...僕を奪いにくる?」
僕たちの視線が一直線にぶつかった。
ユノの瑞々しく濡れた瞳が、真剣で優しかった。
僕も真心を込めて、見返した。
身支度をした僕たちは、同時に立ち上がった。
「さよなら、チャンミン」
「さよなら、ユノ」
窓のない狭い部屋。
午前6時きっかり。
朝日が昇っているかは確認できない、ベッドがあるだけの部屋。
僕らは同時に、この部屋を出た。
こうして僕らの逢瀬は終わった。
~ユノ~
俺たちが別離を選んだ訳は、単純な話だ。
俺にフラれた女をチャンミンが慰め、チャンミンにフラれた女を俺が慰めた。
当時、俺たちは深く愛し合っていたはずなのに、ぐらりと女によろめいた。
俺もチャンミンも、女に欲情できる質だったから、始末が悪い。
共に30を越え、常識とか世間とかを気にし出した。
俺はチャンミンから離れ、チャンミンは俺から離れた。
そして、俺たちはそれぞれ、誰かのものになった。
チャンミンの手を先に離したのは、俺の方だ。
浮かれたチャンミンの言動と、罪悪感交じりの俺への視線に直ぐに気付いた。
輝かしく見えた未来を、先に掴みかけていた俺。
チャンミンの告白を待っていた。
「ごめん」と謝り俯くチャンミンの肩を叩いた俺は、「おめでとう」と言った。
それから、「実は...」と俺の告白タイム。
つくづく狡い男だった。
・
あれから半年後、チャンミンが俺を呼びだした。
俺は耳を塞ぎ、目をつむって無視ができたのも、最初の数回で、その次の数回はドアの前までいって、ノックをすべきかどうしようか、思い迷った。
このドアを開けたら最後、引き返せなくなることが分かっていたからだ。
さらに数回後、我慢の限界点を越えた俺はドアノブをひねった。
抱きつくチャンミンの勢いで、俺の背中でドアが鈍い音を立てて閉まった。
あれ以来、俺たちはあの小部屋に閉じ込められている。
現在の俺たちの全てを占めているのは、「今度こそ一緒になりたい」だけ。
これから、俺たちは酷い男たちになる。
これから、彼女たちを捨てる。
・
彼女が寝入ったのを確かめ、俺はベッドを抜け出した。
一度だけ眠る彼女を振り返り、1分見つめた。
ゆっくりと深呼吸をひとつだけして、俺は彼女に背を向けた。
暗闇の中手早く着替え、用意していた書類をダイニングテーブルに置く。
必要最小限のものだけを詰めたバッグを手に、家を出た。
この部屋に戻ることはもう、ない。
~チャンミン~
残業だとかで、彼女は未だ帰宅していなかった。
僕は書類と共に、便せん1枚にしたためた手紙を、食卓テーブルに置いた。
僕の私物は全て、昼間のうちに処分しておいた。
5年共に過ごした彼女を、僕は無情に捨て去る。
僕は残酷な男だ。
~ユノ~
真夜中の高速道路、急く気持ちを抑え、制限速度ぎりぎりを保って愛車を走らせていた。
眠気覚ましに買ったコーヒーに口をつけ、その熱さに舌を火傷してしまう。
「チャンミン...本気で噛みつくんだから」
あるはずのない傷が、ひりひりと痛みだした。
~チャンミン~
夜行バスに乗り込んだ。
デイパックを棚に放り込んだ僕は、シートに深々と腰を沈め、備え付けの毛布で身体を包み込んだ。
僕の胸に散っているであろう、想像の鬱血の花が、熱を帯びてちりちり疼く。
胸がドキドキする。
「ユノ...」
声に出さずに僕は、彼の名前をつぶやいた。
~ユノ~
夢の中で逢っていた。
5年間、夢の中で抱きあっていた。
互いを恋焦がれる思いが、俺たちに同じ夢を見せた。
場所はいつも同じで、ベッドがひとつあるきりの、窓のない小さな部屋だ。
俺たちは夢の中で、抱きあい愛し合い、会話を交わし合う。
午前6時まで、夢の中では俺たちは恋人同士。
恋焦がれている俺たちなのに、一度は互いを手放した。
なぜ?
分からない。
手放すに至った事情や、誤った選択をしたのはお互いさま。
それを責め合ったり悔やまないのは、俺たちの暗黙の了解だ。
今、俺たちは彼女たちを絶望の底に落とし、人生を狂わせた。
そのことに罪悪感をさほど感じないほどに、俺たちは狂っている。
午前6時に俺たちは、リアルな世界でそれぞれ目を覚ます。
ベッドの中で、しばらく甘やかな余韻に浸る。
今夜も会いにいくよ、と。
隣に眠る彼女の長い髪が視界に飛び込み、一瞬で現実に引き戻される。
この繰り返しだった。
月日が経つうちに、どちらの世界が現実なのか区別がつかなくなった。
夢で逢いましょう。
嫌だね。
かつてのように、現実世界で逢いましょう。
~チャンミン~
バスを降りた僕。
道中ずっと、眠っていた。
夢の中にユノは現れなかった。
僕も、あの小部屋に近づかなかった。
僕らはもう、あそこで逢うことはない。
きんとえた空気は透明で、清々しかった。
白々と明けてゆく空。
駅構内の掛け時計を見上げて、心臓がドキンと大きく打つ。
午前6時。
それは、僕らを昨日と今日に分ける時刻だった。
「また明日」と小部屋のユノと別れてから、僕の今日が始まっていたのだ。
「チャンミン!」
振り向いた先に、ユノ。
運転席から手を振るユノの背後、朝焼けのオレンジがまぶしかった。
「ユノ!」
5年ぶりのユノだった。
夢で見るよりずっと、ずっと逞しく精悍で、それから華やかで...最高だ。
僕はユノの元に駆け出した。
僕たちはなんて罪深い男たちだろう。
冷酷で非情な二人の男たち。
彼女たちの不幸を踏み台にして得た、僕らのこれから。
出逢ってから十数年経つのに、好きで好きでたまらない。
罪悪感の欠片もないくらい、僕たちは愛に狂っている。
(おしまい)
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