(6)甘い甘い生活

 

 

~チャンミン~

 

 

「約束を覚えてる?」

 

 プロポーズにYESと答えたユンホさんは、ニヤニヤ笑いを見せた。

 

 これまでの付き合いの間でどんな約束をしたっけ?と、頭を振り絞ってみたけど、全然思いつかない。

 

「その時が来たら、襲ってあげるって自分で言ったこと...忘れた?」

 

 「ああ!」

 

 傷ついて大泣きしたユンホさんに胸を貸してあげた時、僕が口にしたセリフだ。

 

 「今はその時じゃないから、襲いません」と一晩中、添い寝をしたんだった。

 

 思い出して赤くなっていると、「失礼」と断って、席を立ったユンホさんはどこかへ電話をかけている。

 

 すぐに戻ってきて「チャンミンに代わるね」と電話の相手に言って、僕にスマホを渡した。

 

 『あたし、おばーちゃんのとこにお泊まりするから、ユノさんをチャンミンに貸したげる』

 

  ユンホさんの愛姪あーちゃんの声が聞えてきた。

 

  目の前で何度も頷くユンホさんに促されて、「いいよ、行っておいで」と答えた。

 

 「...というわけで、俺たちもお泊りしよう」

 

 「えっ!」

 

 『お泊り』の意味が分かってドキッとしていると、ユンホさんは席を立って僕の手を取った。

 

 「行こうか」

 

 にっこり笑ったユンホさんは、カフェの精算を済ませると、ぼーっとしている僕の背中を叩いた。

 

 「お約束通り、チャンミンに襲われるよ」

 

 「僕の方がユンホさんに襲われるんじゃなかったの?」

 

 そう言い返したら、ハンドルを握るユンホさんの顔が真っ赤になっていた。

 

 

 

 

「用意周到だって笑うなよ」

 

 フロントでカードキーを受け取ったユンホさんは、照れ隠しなのか早歩きで廊下を歩くから、僕は小走りで彼を追いかけた。

 

 ホテルを予約していたなんて。

 

 豪奢なエントランスも、ドアマンも、分厚いカーペット敷きの廊下も。

 

 1泊いくらするんだろうと、心配になるくらいの部屋に通されて、ユンホさんがどれだけ今日を大事にしているかが伝わってきた。

 

 どう振舞ったらいいのか分からなくて、僕は部屋の中央で立ち尽くしていた。

 

 ユンホさんはカーテンを閉め、二つ並んだキングサイズのベッドに積まれたクッションを床に降ろし、ベッドスローをはがした。

 

 テキパキ動くユンホさんの顔はやっぱり赤くて、僕以上に照れているみたいだ。

 

 「恥ずかしいのは分かるけどさ、俺も恥ずかしいだぞ?」

 

 ミニバーの充実ぶりに感心していると、

 

 「今は飲んだら駄目だ。

素面じゃないと!」

 

 ユンホさんからブランデーのミニボトルを取り上げられ、代わりに炭酸水のボトルを手渡された。

 

 「飲むわけないでしょう?

 へぇって見てただけ!」

 

 そう抗議したら、ユンホさんはぴたりと動きを止めて僕を見た。

 

 「チャンミン...やっと喋ったね」

 

 胸がいっぱいになってしまって、気持ちが追い付かなかった。

 

 あれよあれよのうちに事が進んでいって、何を言って、どんな顔をすればいいのか分からなかった。

 

 ユンホさんはジャケットを脱ぐと、ソファの背にかけた。

 

 「お風呂にはいろっか?」

 

 「は!?」

 

 僕の素っ頓狂な声に、ユンホさんはハッとしたみたいで、くしゃくしゃと頭をかいている。

 

 「がっついてるみたいで、駄目だなぁ...ホント...緊張する」

 

 コホンと咳ばらいをしたユンホさんは、真っ白な大理石造りのバスルームに消えた。

 

 「湯船にお湯をためるよ。

 バスジェルがあるぞ...。 

いい匂いだなぁ。

おー!

 泡がもくもくで、雰囲気出るね」

 

 「ユンホさん...もしかして、一緒にお風呂に入るつもり?」

 

 「当然」

 

ひょっこりバスルームから顔を出したユンホさんは、きっぱりと言い切った。

 

 「そんな...恥ずかしいから...」

 

 「嫌だ」と言う前に、僕の口はユンホさんの唇にふさがれた。

 

 「いい加減、観念しろ」

 

 片手で腰を引き寄せられ、もう片方の手が首に触れ、背中と腰の間をゆるゆると往復した。

 

 手の平で凹凸を確かめるような、僕を煽るような官能的な感触で、膝の力が抜けそう。

 

 僕のシャツをウエストから引き抜くと、その下からユンホさんの手の平が素肌に触れた。

 

 ボタンがひとつずつ外され、ぱさりと足元に布地が落ちたときには、心臓が喉元までせりあがってきたみたいに苦しい。

 

 「やだ...見ないで。

 見ないで...」

 

 両手で顔を覆った。

 

 「仕方がないなぁ」

 

 腕を伸ばして照明を消すと、「これならいい?」と顔を覆う僕の手首をつかんで開いた。

 

 煌々とした灯りの元では、何もかもが露わになり過ぎる。

 

 開け放った入り口から漏れる淡い明るさが、僕たちにはちょうどいい。

 

 照れ屋な僕たちだから。

 

 「何度も言うけど、俺も恥ずかしいんだぞ?」

 

 僕も覚悟を決めた。

 

 ハートは全部、ユンホさんに差し出した。

 

次は身体を差し出す時だ。

 

 ユンホさんの頬を両手で挟んで、力づくで引き寄せて口づけた。

 

 「!」

 

 ええいっとばかりに下着を脱いで、バスタブに飛び込んだ。

 

 「チャンミン...!」

 

 たっぷりの泡が、身体を隠してくれる。

 

 「ユンホさんも...早く...」

 

 服を着たままのユンホさんの手を引っ張った。

 

 「待って...」

 

 と、ユンホさんはシャツを脱ぎ、ベルトを外してパンツを脱ぎ、最後に下着をとった。

 

 全裸になったユンホさんを直視できなくて、僕は両手で顔を覆ってしまう。

 

 男の人とそういう関係になるのは久しぶりで...ううん、それだけじゃなくて。

 

 大好きな人だから。

 

 大好きなユンホさんの、何も身に着けていない姿なんて。

 

ずっと見てみたかったのに、いざその時が来ると、猛烈な恥ずかしさに襲われてしまって...この気持ち、わかってもらえるだろうか?

 

 バスタブは広くて深くて、僕たちは端のこちらとあちらに向かい合わせに身を沈めていた。

 

 「こっちに来いよ」

 

 にゅうっとユンホさんの腕が伸びてきて、僕の肩をつかんだ。

 

 「わっ!」

 

 あっという間に、くるっとひっくり返された。

 

 「やっぱり...チャンミンは綺麗な首をしてるね」

 

 僕の膝ごと抱きかかえられて、ユンホさんの顎が僕の肩に乗った。

 

 「これは話したことなかったな。

 俺たちが初めて出会った、コーヒーの教室のこと。

 参加者の中で一人だけぴょんって頭突き出ててね。

 テーブルが低すぎて、チャンミンの背中が猫みたいに丸まってるの。

 後ろから見ててさ、『首長いなぁ』って思ってたんだ。

 緊張してただろ?

耳が真っ赤になってたんだ...可愛かったなぁ」

 

 ユンホさんの唇が首筋に押し当てられて、温かいお湯の中にいるのにぶるっと震えた。

 

 「会ったその時に...?」

 

 「そう」

 

 僕の背中いっぱいにユンホさんを感じた。

 

 背中にユンホさんの固い胸があたってるし、お尻にあたっているのは恐らく、そう。

 

 もう無理...苦しい。

 

 「お湯加減はどう?」

 

 僕の耳の下に軽く吸い付くと、その唇を首筋に沿って滑らせ鎖骨に到達した。

 

 ユンホさんの舌が触れる度、僕の肩が震える。

 

 「このままじゃのぼせてしまうから、出ようか?」

 

 言い終える前に、ざばりと泡の中から引きずり出され、抱えあげられた。

 

 「抱っこなんて...嫌!

 下ろして!」

 

 「仕方がないなぁ」

 

 ユンホさんはいったん僕を床に下ろすと、バスタオルで僕の身体をふわりと包んだ。

 

 「プロポーズに『YES』と言わせるために、あんなことができたんだろ?

 やっとでその時が来たんじゃないか?

 裸くらいで恥ずかしがり過ぎ!」

 

 一気に抱き上げられて、視線が高くなる。

 

 ユンホさんの足の運びに合わせて、僕の身体はふわふわと揺れる。

 

 熱めのお湯と、湯気と、薔薇の香り、それから緊張でくらくらになった僕はもう、どうにかなりそう。

 

 びしょ濡れのユンホさんの首にしがみつく。

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”23″ ]