シヅクは、艶消しアルミのドアの前に立っていた。
(待ちきれない)
時刻を確認すると、約束より15分早い。
(チャンミンのことだ、頓着せんだろう)
荒くなった呼吸を整える。
(よし!)
チャイムのボタンを押す。
(......)
インターホンの応答がない。
もう一度押す。
(......)
「ったく、またかよ」
舌打ちをしてシヅクは、さらに3回チャイムを鳴らし、きっかり1分ずつ待つ。
(何やってんだか!)
在宅ランプが灯っているので、部屋にいるのは確か。
(...今日も...風呂か?)
シヅクはニヤリとする。
(出てこないチャンミンが悪いのだ)
チャンミンは、洗面ボウルの縁にかけた手に体重を預け、ゆっくり呼吸した。
洗面所の鏡の前で、髪を整えようとした直後だった。
(まただ...)
視野が暗くなって、耳鳴りがする。
(もうすぐシヅクが来るのに...)
チャンミンは強く目をつむって、大きな深呼吸を繰り返した。
(!)
チャンミンは、自分の肩の上に、重みを感じた。
「わっ!」
肩の上の手の持ち主は、シヅクだった。
激しく収縮した体の力を抜いて、深く息を吐き、チャンミンは
「お願いだから...」
シヅクを睨む。
「お願いだから...」
「もっと『普通に』入ってきて下さいよ!」
チャンミンは、怒鳴っていた。
チャンミンの剣幕に驚くシヅクは、白いブラウスに黒のジャケットを羽織っていて、いつもよりフォーマルなファッションだった。
(出張だったから、スーツを着てるんだ)
シヅクに対して腹をたてつつも、冷静に彼女の全身を観察していた。
(珍しい、ピアスを付けている)
シヅクの耳には、小さな赤い石が光っている。
腹を立てているチャンミンの様子にも、シヅクは悪びれることなく、
「だって、チャンミン出ないんだもの。
心配だったからさ。...」
クスっと笑って肩をすくめた。
「僕の風邪はもう治ったよ!」
「万が一ってことがあるじゃないの」
すっとチャンミンの目は細くなる。
「違うね!
シヅクは、僕を驚かせようとしたかっただけだと思うな!」
「バレた?」
チャンミンはシヅクを見下ろす。
「シヅクの行動パターンは、なんとなく分かりかけてきた」
シヅクは、ふっと真剣な表情になる。
「ねぇ」
「何?」
チャンミンはまだ不機嫌な声だ。
「あんた、大丈夫?
気分が悪かったんじゃないの?」
シヅクは、先刻チャンミンが洗面所でうつむいていたのを案じていた。
「頭が痛いの?」
赤のグロスを塗ったシヅクの口元から、目をそらしながらチャンミンは、
「平気だって、ただの立ちくらみだよ!」
チャンミンは苛立っていた。
この時のチャンミンは、シヅクの気遣いが、少しだけ、少しだけうっとおしく思えた。
「それなら、いいんだけど...さ」
「ところで、シヅク!」
チャンミンは、リビングへ向かおうとするシヅクの腕をつかんだ。
「な、何?」
チャンミンから、触れてくることは初めてだったから、シヅクは、つかまれた腕を強く意識してしまう。
「僕はシヅクに聞きたいことがあるんだ!」
[maxbutton id=”1″ ]