~チャンミン~
僕は6時に起床する。
仕事がある日も、ない日でもそれは変わらない。
乱れた布団を整えたら、家じゅうのブラインドを開ける(寝室とリビングの2部屋だけど)
シャワーを浴びて、着替えたら朝食だ。
僕にとって食事とは、栄養補給に過ぎない。
カロリーも栄養も一度に摂取できる、オールインワン・ドリンクに頼っているが、今朝は違う。
昨夜、シヅクが出張土産でくれた「天むす」とかいう食べ物を食べる。
ブラックコーヒーと、醤油だれ味がイマイチ合わない気がしないでもないが、あっという間に6個平らげてしまう。
汚れたお皿とマグカップを入れようと、ディッシュウォッシャー機の扉を開けた時洗浄後の食器が並ぶ様を見て、昨夜のシヅクと過ごした時を思い出す。
(楽しかったな...)
思わず笑みがもれる。
キッチンカウンターに置かれた真っ白な炊飯器も、大型のオーブンも昨夜のために新調したものだ。
(本当に楽しかった)
カウンターにもたれて、リビングの窓の外に延々広がる、薄グレーのビル群を見るともなしに眺める。
昨夜のシヅクとのやりとりを、時間を追って思い出しているうち、急に身体が熱くなってきた。
(そうだった...!
僕は...思わず...シヅクに...!)
シヅクの感触を思い出しながら、僕は自分の唇を右手でなぞる。
「何やってんだ、自分」
気持ちを切り替えるためには、身体を動かさないと。
クローゼットから専用バッグをとり、髪を整える間もなく、僕はでかけることにしたのだった。
休日の午前中はスポーツ・ジムへ出かけることにしている。
昼食はたいてい、ジムに併設されたカフェテリアでとる。
ジムの後は、食材の買い物しがてら街中を散歩して、
帰宅したら、気になる書籍をいくつかDLして読書をする
それから、簡単な夕食をとって、ネット・ニュースをチェックしたり、通販をしたりした後、ベッドに入ってさっさと寝てしまう。
僕は、ルーティンに生きてきた。
他人と比べたこともないし、身近に比べられる誰かもいないけど、おそらく僕はとても退屈で、無趣味で、いつも一人で...。
(そうだ...僕は...独りだ)
今朝ほど、自分が「独りぼっち」であることを実感したことはないかもしれない。
シヅクと過ごした時間と、独りでいる自分を比較するようになったせいだと思う。
ジムでたっぷり汗をかいて、心地よい疲労を感じながらの帰り道。
信号待ちをしていると、彼女を見かけた。
片側4車線の大通りの、向こう側にシヅクがいた。
赤いコートと、ショートカットの黒い髪、シルエットは間違いない、シヅクだ。
僕の心拍数は、早くなる。
声をかけたかったが、彼女は通り向こうの遠くにいる。
じりじりと信号が変わるのを待っている間、シヅクの姿を見失わないよう目で追っている時、はっとした。
(隣にいるのは誰だ?)
シヅクには連れがいる。
(男だ)
僕の心拍数は、もっと早くなる。
細身の背の高い、若い男。
目をこらして、彼を観察していてようやく気付いた。
(カイ君!?)
明るい茶色の髪、カラフルな洋服、すらりとしたスタイル...間違いない。
シヅクとカイ君は、互いに顔を見合わせて、会話を楽しんでいるように見える。
シヅクは...笑顔だ。
胃のあたりが、ギュッと縮んだのが分かった。
(危ない!)
電動自転車が、シヅクのすぐ側をかすめるように走り抜ける。
息をのむのと同時に、カイ君がシヅクの腕を引いて、間一髪接触してしまうのは避けられた。
(よかった...)
シヅクは、カイ君を見上げてお礼を言っているようだ。
ブラウン系でまとめた中に、グリーンのトップスが鮮やかで、カイ君の雰囲気によく似合っている。
反面、僕の黒づくめの、地味な装いときたら...。
僕は初めて人の身なりを、自分のと比較していた。
ファッションに無頓着な僕でも、カイ君が洗練されていることが分かる。
今から追いかけても、追いつけないほど、二人は遠ざかってしまった。
信号が青になり、信号待ちの人々は、立ち尽くす僕を邪魔そうに避けながら、ぞろぞろと通り向こうへ歩き出していた。
じっとりと、手のひらに汗をかいていたことに気づく。
僕の顔は固く、強張っていただろう。
昨夜の電話越しに、シヅクが会う約束をしていたのは、カイ君だったんだ。
シヅクとカイ君が、休日に会うほど親密だったなんて、僕は気づかなかった。
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