発信音が数回鳴ったのち、
『どうした、チャンミン?』
「...別に」
『困ったことでもあるのか?』
「別に...」
『電話くれるなんて、どうした?』
「...電話しちゃ悪いのか!」
思わず苛立った言葉を発してしまった直後に、自分を恥じる。
(何、イライラしてるんだ)
『そういう意味じゃないよ、チャンミン、怒るなって』
「怒ってないよ!」
電話の向こうで、シヅクのため息が聞こえる。
『腹減ってるのか?』
「子供扱いするな!」
『ごめん』
「謝るなよ」
『どうしてた?』
「いつも通りだよ」
『どうした?』
「どうもしてないよ」
『ふうん』
「......」
沈黙。
『ごめん、チャンミン。
今、出先なんだ』
「ごめん」
『チャンミン、謝るなって
月曜日に、またな』
僕はシヅクに尋ねたいことが、沢山あった。
昨夜の電話の相手は誰だったんだ?
どうして、僕の部屋にいることを内緒にしたんだ?
カイ君と会ってたんだろ?
カイ君と仲がよいのか?
僕の言動が、随分と子供っぽいことを認識するようになっていた。
どうして、今夜は僕の部屋に来るって言ってくれないんだ?
シヅクがからかうように、
僕は29歳で、大人なのに。
どうしてこんなささいなことで、いちいち動揺するんだろう。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
元の自分に戻りたい。
何も感じなかった僕に戻りたい。
ひざを丸めて、僕は顔を伏せて、ギュッと唇をかんだ。
シヅクは、僕のことをどう思っているの?
楽しかった昨夜のことが、うんと遠い出来事のようだった。
目覚めた時、
暗闇で光る数字が、夜明け前だと知らせる。
頭が痛かった。
びっしょりとかいた汗で、Tシャツが身体にはりついている。
「はぁ」
ベッドから身を起こして、トクトクと鼓動する胸を押さえた。
(なんだよ!)
僕は、夢をみていたらしい。
(思い出せ)
あっという間に、遠ざかってしまう曖昧な夢のイメージを逃さないように、
ひとつひとつ、すくい上げる努力をする。
えーっと、僕は歩いていた。
僕の靴は、落ち葉を踏んでいた。
僕は隣を歩く誰かと、会話をしていた。
女の人だった。
(誰だ?)
目を閉じた僕は、濃霧の中の人影を探すように、
ぼやけた映像から少しでも多くの情報を得ようと努力する。
僕の隣を歩いていた、女性の顔は分からない。
見覚えのない人物が登場する夢を見ることは、これまでなかった。
僕を見上げる女性の顔は、フィルターをかけたかのように、ぼやけている。
目をこらせばこらすほど、彼女の顔は白く塗りつぶされていき、
しまいには周囲の景色も消えてしまった。
最後に残ったのは、
見渡す限り黄色い落ち葉が、一面敷きつめられた空間を、
ゆっくりとした足取りで歩く僕の、落ち葉を踏む音だけだった。
吐き気をもよおす頭痛をなんとかしようと、キッチンカウンターに置いた薬のボトルから、1錠だして飲んだ。
カラカラと立てる音から、残りわずかなのが分かる。
(病院へ行かなくちゃいけないんだった)
カウンターについた手の甲を見、
ひっくり返した手の平を見、
その手で脈打つこめかみに触れた。
ズキズキと痛む僕の頭が、うっとうしかった。
街中で見かけたシヅクの姿と
電話越しに苛立つ気持ちをぶつけてしまった僕、
夢で見た知らない女の人,
そのどれもが、不愉快だった
シヅクの声が聞きたい。
「頭が痛いのか、僕ちゃんは?」
子供にするみたいに頭をなぜて、
痛みに顔をしかめる僕の顔をのぞきこんで欲しかった。
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