ハッチの下から梯子を登って地上に出たチャンミンは、目の前にいる二人を見つけて、最初は目を丸くして驚いた表情をしていたが、
その二人がシヅクとカイだと認識すると、一気に仏頂面になる。
「チャ、チャンミン...そうか、点検か!」
地下にある給水関係の設備へのアクセスは、ハッチから梯子を下りるしかなく、ドームでの給水、排水設備管理を担当しているチャンミンは、毎朝ここを出入りしていた。
今日は通院のため遅刻してきたため、点検時間が昼近くになっていた。
「びっくりした」
チャンミンは胸をなでおろすシヅクを、睨みつけている。
「そうだよ、知ってるだろ?」
「チャンミンさん、おはようございます...って時間じゃないか」
チャンミンは、カイに挨拶されてちらりと見るだけで、挨拶には応えない。
(お!無視ですか、チャンミンさん)
今日のカイのファッションは、黒地に蛍光オレンジの転写プリントTシャツとグレーのパンツだ。
シヅクは相変わらずモノトーンでまとめているが、彼女のブーツから赤いソックスがのぞいている。
チャンミンは、無地の白Tシャツと、色あせたデニムパンツ、黒一色のスニーカーといった身なりが気になりだした。
(自分はなんて、かっこ悪いんだ)
シヅクとカイが一緒にいるところに居合わせた苛立ちと、野暮ったい恰好をした自分を恥かしく思った。
「シヅク!サボってないで仕事したら?」
それだけ言うと、チャンミンはすたすたとフィールドを突っ切っていった。
「なんだ、あいつ」
カイは、あっけにとられた風のシヅクと、遠ざかるチャンミンを交互に見る。
(なるほどね)
「チャンミンさんって、あんな人でしたっけ?」
可笑しそうに言う。
「チャンミンさん、最近おかしいんですよ」
「どんな風に?」
シヅクはバッグをかき回していた手を止めて、カイの方を振り向いた。
「ため息ついたり、僕にジュースおごってくれたり」
「そいつは珍しいね」
(周りも気付いてきたか...)
「イライラしてるチャンミンさん、初めて見たかも」
「そうかもね」
答えながら、シヅクは一昨日の夜の、チャンミンがかけてきた電話を思い出す。
(チャンミンのやつ、機嫌悪かったよな)
「カイ君、あげる」
「嬉しいっす」
シヅクからもらったミント・キャンディを、口に放り込んだカイは顔をくしゃくしゃにさせた。
「腹減った。
飴程度じゃ、腹はふくれんな」
カイはシヅクのバッグを見て、くすりと笑う。
「でかいバッグですね」
「そうなんだよー。
何から何までいっぱい詰まってるんだ」
よいしょっとシヅクは、バッグを肩にかける。
「シヅクさん、もうすぐ昼ごはんですよ」
「やったね」
カイはシヅクと並んで管理棟へ向かいながら思う。
(僕らを見た時の、ムッとした態度、
僕のことをまるで無視していた。
チャンミンさんの眼付、あの目の色...
先週、「恋わずらいっすか?」ときいた時の反応...
チャンミンさん、分かりやすい人ですね)
「カイ君さ、いやらしいこと考えてんのか?」
カイのニヤニヤ顔に気付いて、シヅクはふざける。
「そんなとこです」
「やれやれ、若者は盛(さか)ってるなぁ」
シヅクは思う。
(チャンミンのやつ、本性出してきたな。
混乱してるだろうなぁ。
感情を持て余してイライラしてるんだろうなぁ。
週末あたりから、えらい怒ってるみたいだし。
なんでだろ。
可哀そうに、フォローしてやらんとな)
チャンミンは、季節を夏冬反転させているハウスの中にいた。
泥に足をとられながら、水稲の長さを測りながら思う。
(僕の中にあるものは、「怒り」だ)
水稲はまだ背丈が低く、背の高い彼は深く腰をかがめないといけない。
(シヅクに怒りをぶつけてしまった)
だるくなった腰を叩く。
(大人げなかった)
リストバンドを見ると、既に昼休憩の時間になっていた。
(あとで謝ろう)
チャンミンはハウスを出ると、管理棟からバッグを取り、再びハウスまで戻る。
回廊のベンチで、ミーナと昼食をとっていたシヅクが、「おーい」と手を振っていたが、チャンミンは無視してしまった。
シヅクの隣がミーナだったことに、ほっとしているチャンミンだった。
いつものようにドームの壁にもたれて食事をとろうと、ハウスの裏にまわりこむ。
(誰かいる)
「やあ」
タキがバツが悪そうに口にくわえていたものを、振って見せた。
「どうも」
「ここで吸っていたことは内緒にしてくれよ」
チャンミンは、タキの手の中の電子タバコを認めると、うなずく。
どうやらタキは、全館禁煙のドーム内でこっそりとタバコを吸っていたらしい。
「一緒に昼めし、いいかな?
一人の方がいいなら、遠慮するけど?」
「構いません」
うなずいたチャンミンを確認すると、タキはチャンミンの隣にどっかと座ったのだった。
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