シヅクとタキは、マスクとゴーグルをかけた格好で、保管室にいた。
エポキシ樹脂が半量まで入ったシリコン型の液面が水平を保つよう、慎重にUVライトのスタンドの角度を変えた。
ほぼ一日中、PC相手の仕事が多いシヅクにとって、資料保管の作業は化学実験のようで、いい息抜きになっている。
材料の計量を、真剣な眼差しで行っているタキの横顔を、シヅクはちらりと見た。
(相変わらずのハンサムさんやなぁ)
シヅクより5歳年上のタキは、知識豊富で頭がよく、冷静で、ユーモアのセンスがあって、優しい。
加えて、背も高く、笑顔爽やかな、大人の魅力たっぷりの人物だ。
シヅクは、タキと同じ部署に配属されて以来、タキの魅力にジワジワやられてしまい、はた目からもバレバレな位、彼に夢中だったのだ。
スタッフたちの間でも、「シヅク=タキのことが好き」の図式ができていて、からかいの種にもなっていた。
何事にも、はっきりさせたいのがシヅクの性格。
つのる想いに耐え切れず告白したが、「付き合っている人がいる」とあっさり玉砕。
大人のタキは、告白以前と変わらない態度で接してくれたので、一切気まずくなることはなかった。
「ああ、やっぱ、タキさん、カッコいい...」と、ますますシヅクは、タキに惚れ込んでいたが、なんでもタキには恋人がいるとか。
(タキさんにメロメロだったのに、今日は胸キュン度が著しく低い...)
シヅクは、作業するタキに道具を取ってあげながら、自分の心の変化を分析してみる。
(よだれを垂らしたワンコみたいだったのに...
今日の私は、とっても冷静な気持ちでタキさんを見ているぞ)
シヅクが、率先してタキを手伝うのも、彼と30cmの距離に接近できるから。
(いつもは心臓ドキドキ、
「私のことを好きになってクダサイ」アピールしまくってたのに。
タキさんの側にいても穏やかな気持ちでいられてる、私...)
「手がお留守になってるよ、シヅク」
考え事をしていたら、シヅクの手は知らず知らず止まっていたらしい。
「すみません!」
「寝不足だったからな、シヅクは」
タキはにこやかに笑いながら、ゴーグルを外し、シヅクの肩をポンと叩く。
(こらこら、そういう誤解を生むスキンシップはやめなされ)
「はぁ、頭がちゃんとまわってません」
シヅクは素直に認める。
(爽やかな笑顔やなぁ、相変わらず。
その爽やかスマイルに、何度やられたことか!)
シヅクもゴーグルとマスクを外して、乱れた髪を整える。
(笑った時の目尻のシワとか、たまらんかったのになぁ...)
タキは「やれやれ」といった風の微笑を浮かべて、シヅクを見下ろしていた。
「ミスが起きたら困るから、シヅクは自分の仕事しておいで。
あとは、僕がひとりでやるから」
「すみません」
シヅクはタキに謝ると、資料保管室を出て、自分のデスクがある部屋へ戻ることにした。
振り返ると、天井灯を消して暗くした部屋で、作業テーブルの上のライトが青白く、彫の深いタキの横顔を照らしている。
(あんなカッコいい顔見ては、メロメロやったになぁ、私...。
タキさんは、相変わらずパーフェクトなんやけどなぁ。
なんか、もう、違うんだよなぁ...)
ぼやきながらシヅクが歩いていると、ドームへ続く渡り廊下へ向かうチャンミンの姿を見かけた。
(おっ、チャンミン!)
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