~シヅク~
私は艶消しアルミのドアの前に立っていた。
廊下は薄暗く照明されていて、同じデザインのドアが左右に同じ間隔をとって並んでいる。
ここは、高層マンションの35階。
ドアチャイムのボタンを押す。
仕事終わりに、チャンミンのお見舞いに行くことを思いついたのだった。
この言い方は、正確じゃないな。
本当は、今朝彼と別れた時点から、行く気まんまんだった。
早く仕事が終わらないかなぁ、とチャンミンのお見舞いを楽しみにしていたのだ。
自宅まで訪ねていったら、おかしいかな?
ギリギリまで迷っていたけど、ぼんやりしてる彼のことだ。
いちいち頓着せんだろう。
ドキドキ...。
なんか、緊張するな...。
おいおい、何緊張してるんだ?
どうしちゃったんだ、私?
ビニル袋が手に食い込んで痛い。
くそ~、重い!
手がちぎれる。
ちょっと買いすぎたな、こりゃ。
「ん?」
あれ?
ドアは開かない。
トイレにでも行ってるんかな。
ドア右のディスプレイには、「在宅中」のサインが点灯しているから、留守ではないのは確実。
もう一回、チャイムのボタンを押す。
気密性が高いから、中でチャイムが鳴っているかどうかまでは分からない。
「......」
長いトイレだ。
風邪だったし、腹でも壊してんのかな。
「......」
電話をかけようか...?
リストバンドを操作しかけて、私ははたと気づく。
「あっ!!」
くそ~。
チャンミンの電話番号、知らんかった。
「ったく」
5回連続でボタンを押す。
「......」
まだ、ドアは開かない。
「......」
「シズク!」
ドアの向こうから、驚いた顔のチャンミンが顔を出す。
「大丈夫かなぁ、と思って、お見舞いにきたの」
買い物袋を持ち上げてみせて、にっこり。
「わざわざ、いいのに...中入って」
「おじゃましまーす」
チャンミンの部屋に入れてもらう私。
独身男性の一人暮らしの部屋だなんて、なんだか緊張するぞ。
ニヤニヤするのを我慢する。
「口に合うかわからないけど」
「ありがとう。一緒に食べる?」
「いいの?」
「一人で食べても寂しいし」
「さすがチャンミン君。きれいにしてるね、部屋」
「まあね。座ってよ。お茶を淹れるから」
チャンミンはお湯を沸かしに、キッチンへ。
私は、リビングのソファに座って...。
とか、とか!
あれこれ予行演習してたのに!
予定が狂ったじゃないか!
回れ右して帰る訳にはいかない。
大量に買ってきたこいつらを、チャンミンに直接渡せないまま、帰るなんて絶対にヤダ。
もう一回、チャイムを鳴らす。
しーん。
...ちょっと待て...よ?
まさか!
まさかのまさかだけど!
チャンミン..倒れてるんじゃ...ないよね...?
私の脳裏に、床にごろりとうつぶせで倒れているチャンミンの姿が浮かぶ。
「えぇ~!」
「どうしよ、どうしよ!」
「チャンミーン!」
大声で叫んで、ドアを叩いたが、無駄だと気づいた。
「馬鹿か、私は!」
中に聞こえる訳ないじゃん。
どうしよ、どうしよ!
悶死しないでくれ、チャンミン!
私のたくましい想像力は、喉をかきむしって、もがき苦しむチャンミンを見せる。
しばし考えた末、
「非常手段をとるしかないな...!」
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