25.添い寝屋

 

 

 

僕とユノはしばし、見つめ合っていた。

 

ユノは何も言わないし、アレする流れに持ち込むでもなし。

 

「......」

 

もしかして...僕から仕掛けてくるのを、待っているとか?

 

僕がリードするの!?

 

ユノに身を任せるつもり満々だった僕。

 

困った、困ったぞ!

 

久しぶり過ぎてどうスタートを切ればいいか分からない。

 

ヤリまくり色欲時代では、ズボンを下ろすだけでよかった。

 

さらに、ヤリまくり色欲時代以前は、僕の恋愛対象とえっちのお相手は女性だった。

 

ユノが相手となると...それも好きな人相手で、男相手となると...どうやればいいんだろう?

 

閉じたままだったユノの心の扉が今、僕に向けて開かれている。

 

ユノも多分...僕と同じ想いを持っている。

 

き、緊張する...。

 

「...今から...するの?」

 

「...ああ」

 

僕の声は掠れていたし、ユノの声も同様。

 

百戦錬磨のユノも緊張しているのかな?

 

ユノは動かない。

 

やっぱり、僕からのアクションを待っているんだ!

 

ユノの喉仏がこくん、と動いたのを合図に、僕は彼の上に身を伏せた。

 

仰向けになったユノの腰にまたがった僕。

 

パジャマ姿のユノに対して僕は裸で、マッサージオイルで肌を光らせている。

 

なんともちぐはぐな二人だ。

 

両腿の間を見下ろすと、くたりとささやかなものが、ちんまりと。

 

情けなくてめげそうになるけど、仕方がない。

 

ユノと「したい」気持ちの存在は確かなものなんだ。

 

ユノは僕を見上げているだけで、指一本動かさない。

 

この3日間、さんざん僕の身体を撫ぜまわして、えっちなことを言ってからかってきたのに、いざ本番を前にすると奥手ちゃんになってしまうのかな。

 

「脱がすよ?」

 

僕は震える指で、ユノのパジャマのボタンを1つ1つ外していった。

 

徐々に露わになる、ユノの白い肌。

 

ユノの左右の胸に両手をつけた。

 

僕の手の平を焼かんばかりに高い体温、僕の右手に鼓動が打つ振動が伝わってくる。

 

ユノの肌を火傷しそうに熱いと感じるのはやはり、僕の肌はあいかわらず冷えている証拠。

 

「ふぅ」

 

額に浮かんだ汗をぬぐい、気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸をした。

 

汗は出ているけれど、指先はかじかんでいて、寒いのか暑いのか分からない。

 

ユノは僕のやることを、無言で見ているだけだ。

 

ユノ流のスパルタ教育なのかな、とちょっと思ってしまったりして...。

 

つまり...僕のアソコにヤル気を取り戻させるための。

 

でも、そうじゃない、これからの行為は仕事を離れたものだ。

 

僕はそう宣言したばかりだし、ユノだって...。

 

初日のユノの眼とは、暗くて真っ黒な湖のようで、瞬きも奥行きもないのっぺりとしたものだった。

 

さらに、 吸い込まれてしまったら二度と浮上できないのでは、と恐怖を覚えていた。

 

今のは違う。

 

真っ黒な瞳の中、さらに黒い瞳孔に向けて、黒い虹彩が渦巻いていて、じっと見つめ続けていると吸い込まれそうになる。

 

吸い込まれてユノの中を通過した後、放たれる場所はどこなんだろう。

 

違う自分が待っている...だなんて、ロマンチストだね。

 

遮光カーテンのおかげで、寝室は暗い。

 

寝室に続くリビングは真昼の日光ですみずみまで白く明るくて、まさしく『昼下がりの情事』だ。

 

濃色のシーツとユノの白い肌のコントラストが、艶めかしい。

 

「チャンミンとしたい」って言ってたくせに。

 

僕が勝手に思い浮かべていた流れとは、全然違うものになってきて、調子が狂う。

 

ユノを上半身裸にしたところで、次は下半身に移った。

 

ユノったら全然動かないつもりだ。

 

パジャマのズボンを脱がされやすいよう、片脚ずつ足を持ち上げてはくれるけど、それだけなんだ。

 

「...ごくり」

 

最後の1枚を前に、僕の心臓はドッキドキだ。

 

男の下半身なんて見慣れてるはずなのに、恋をしている相手のものとなると別物だ。

 

ユノのものは初日に見てしまっているのに、これが僕の中に入るのかと思うとやっぱり緊張してしまうのだ。

 

光沢ある生地に、あれの形そのままくっきり浮かび上がっている。

 

「...ごくり」

 

ユノのみぞおちが、呼吸に合わせて上下している。

 

某有名ブランドのロゴ入りのウエストゴムに、指を引っかけゆっくりと引き下ろしていく。

 

包み込んでいたものから放たれて、僕の目前に露わになったユノのものに、息を止めて見入ってしまった。

 

どうしよう...大きい。

 

どうしよう...心臓が口から飛び出そうだ。

 

いつまでも眺めているわけにはいかない。

 

ちらりとユノの顔を窺うと、女性的とも言える優美な唇に、ちょっぴり笑みが浮かんでいて安心した。

 

「触るね」

 

僕はおずおずとユノのそこへ指を伸ばした。

 

僕の手の中でそれは、温かくて、ぴくぴく震えていた。

 

手の平に乗せた小さな動物...こんな風に考えたら変だけど、可愛いなぁって思った。

 

毛の生え際とか、血管とか、シワとか...愛撫するのも忘れて、子細に観察してしまった。

 

「じっくり見られると、恥ずかしいなぁ」

 

「あ!」

 

僕はユノのものから、ぱっと手を離した。

 

「それに...冷たい手をしてる」

 

「ごめんね」

 

とても敏感な箇所を、冷え冷えとした手で触られたら、気持ちよくもなんともないだろう。

 

次の僕の行動は早かった。

 

ぱくっと咥えたのだ。

 

「んん...」

 

ユノの腰がぶるっと震え、僕の口の中でそれの硬度が増した。

 

嬉しくなって、舌全体を使って上下に舐めた。

 

性狂乱時代の僕は、後ろを埋められてきたけど、僕を埋めるものを口にしたことはない。

 

だから、見よう見真似だ。

 

ユノの低い唸り声に、僕のヤル気は右肩上がり。

 

「これはどう?」「これならどう?」と、ユノの反応を確認しながら、あの手この手でユノのそれを可愛がる。

 

ユノの肌はシャワーを浴びたてみたいに無臭なのに、そこだけは濃い精の香りがするのだ。

 

どきどきする。

 

僕の唾液とユノのものが分泌するもので、僕の口の中はぬるぬるでいっぱいになった。

 

根元を片手で支えて、もう片方の手で上下にしごいた。

 

しごき方は自分でも経験済だけど、数年ぶりだったから動きはぎこちなかったかもしれない。

 

大きく膨らんだユノのもので口内がいっぱいで、あまりに大きくて顎が疲れてくる。

 

濡れそぼってぬめぬめと光り、握りしめる僕の手の下でドクドクと脈打っていた。

 

立派過ぎて再びじぃっと見つめる。

 

愛おしい気持ちでいっぱいになる。

 

腰の奥が、じんとうずいてきた。

 

たまらなくなって、再びぱくっと咥えた。

 

「どう?」と、咥えたままユノと目を合わせた。

 

半開きしたユノの口元の色っぽいことといったら。

 

わずかに落としたまぶた、ユノの濃いまつ毛が色気ある影を落としている。

 

可愛らしいと思った。

 

大人の男そのもののユノが、股間を可愛がられて目尻をピンクに染めているんだ。

 

柔らかそうな唇の間から漏れる吐息は、さぞ熱いだろう。

 

熱い唇を塞いで、熱い舌をからませ合いたい。

 

ユノとキスがしたい。

 

ユノのものを握りしめたまま、彼の腰に伏せていた身を起こした時...。

 

「チャンミンは、大胆だね?」

 

「...へ?」

 

愛撫に必死になっていて見過ごしていたんだ。

 

ユノったら、僕にされるがままだったのに、実は余裕たっぷりだったってことを。

 

いざ行為を前にして、緊張のあまり僕に手を出せなかったにしては、ユノの身体はリラックスしていた。

 

僕に身をゆだねて、僕の愛撫を存分に味わい、楽しむ余裕があったのだ。

 

「美味しそうに頬張っちゃって...そんなに美味しいの?」

 

ユノのからかいに対して、赤面した僕が「うるさいうるさい!」って怒る...3日間の僕らのやりとりの流れだとそうなる。

 

でも、この時の僕は素直だ。

 

ユノに好きだと告白した素直ついでに、もっと正直になってやろう、と。

 

「...うん」

 

「俺のが美味しくなっちゃうくらい、俺と『したい』の?」

 

「うん。

だって、ユノが好きだから」

 

「俺も」

 

「『俺も』って、僕としたいってことが?」

 

ユノのものを舐めながら、なんとなくモヤついていたことがあったんだ。

 

僕はユノが好き。

 

じゃあ、ユノは?

 

だから、問い返したのだ。

 

僕の不満を読みとったユノは、「俺もチャンミンが好きだよ」と言って雅な笑みを浮かべた。

 

ぱぁっと目の前が開けた。

 

この言葉が欲しかったんだ。

 

「好きじゃなきゃ、俺の大事なところをゆだねないよ」

 

「...そういうものなの?」

 

「ああ。

俺は男にフェラされるのは好きじゃないんだ」

 

「それって、喜ぶべきこと?」

 

「ああ」

 

ユノなりに、僕は特別なんだと言いたかったんだろうね。

 

僕の片手は未だ、ユノのものを握ったまま。

 

熱くて固くて太い。

 

とっさに落とした視線の先は、僕のアソコ。

 

さっきまで満ちていたヤル気が、しゅんとしぼんでしまった。

 

「わっ!」

 

ユノの逞しく太い腕に捕まって、僕は仰向けに倒された。

 

ユノを見下ろしていたのが、ユノを見上げる格好となり、押し倒されてドキドキしてしまうなんて、ユノに何かされたいと期待していた証拠だ。

 

「『不能』だとか勃起しないとかふにゃちんだとか。

気に病んでばかりいないで、今この時を楽しめ。

チャンミンは感度がいい。

気持ちよくなっていればいい」

 

脇腹を撫ぜられて、ぞくぞくっと電流が背筋を走り、背中がびくっと反る。

 

そうなんだ。

 

ユノに触れられると僕の身体は、敏感に反応する。

 

「...ん、はぁ...」

 

「その調子」

 

ユノはまだ、僕の脇腹や腕、ふくらはぎしか触っていない。

 

ユノに触れられたところ全部が性感帯みたいに、びくびくと反応してしまう。

 

「ひゃぁん!」

 

内腿を撫ぜられた時、僕があげた声といったら...悲鳴めいた甲高い声。

 

慌てて塞いでしまった手は、ユノによってのけられてしまった。

 

「声なんか我慢しなくていい。

喘ぎまくってくれ」

 

「う、ん...んんっ...」

 

「チャンミンのが勃とうが勃たまいが、俺とヤル分には支障はない!」

 

確かにその通りだな...と。

 

自信たっぷりに宣言されて、僕はぷっと吹き出してしまった。

14.添い寝屋

 

 

「俺に仕事をさせてくれよ?」

 

「......」

 

「怖いのか?」

 

数年来、外界から身を隠し、心身の感覚が麻痺したような日々を送っていた。

 

閉じこもりの自分が虚しく怖くなってきて、何を思ったのか添い寝屋が『添い寝屋』を雇ってしまった。

 

オーダーしたあの日は確か...人妻の添い寝をしてやってたんだっけ?

 

ベッドに入るなり夫への愚痴が始まって、僕は一通り聞いてあげた。

 

泣き出したかと思うと、どこかへ電話をかけ始めるから、「ベッドにはスマホの持ち込みは駄目だって言ったでしょう?」と諌めた。

 

その途端、彼女は電話相手に『迎えに来て!』って叫んだりするから、わけが分からない。

 

30分もしないうちに、彼女の夫が僕の部屋に血相抱えてやってきた。

 

彼は僕を突き飛ばすと、彼女を引きずるように連れ去ってしまった。

 

とんだ茶番劇だった。

 

今回が初めてのことじゃないのだろう、彼女は僕を『浮気相手』に仕立て上げ、夫の気を引こうとしたんだろうね。

 

僕の気分はズドンと底の底まで沈み、虚しくなってしまった。

 

それから、泣いて叫んで感情むき出しにした彼女と、困り者の妻を即迎えに来た彼のことが羨ましく思ったんだ。

 

そこで僕は、かじかんで震える指に悪態をつきながらネットサーフィンに没頭し、たどり着いたサイトで、添い寝屋を雇った。

 

この空虚な心を癒し、しんと冷えた心を揺さぶって欲しい。

 

「辛いね」と誰かに背中をさすってもらいながら、眠りにつきたい。

 

それから、強張った身体をほぐしてもらい、死んでしまった感覚を生き返らせてもらいたい。

 

 

 

 

「おい!」

 

知らぬ間にウトウトしかけていた僕は、ユノの鋭い声でハッとした。

 

ユノの両手が僕の脇に回り、持ち上げられた僕はユノの上にまたがっていた。

 

「頼むから、俺に仕事をさせてくれ。

グズグズうじうじしていたら、いつまで経っても変われないぞ?」

 

「...だって」

 

僕の脇を支えたユノの手は、身をよじるくらいじゃびくともしないくらい力強かった。

 

「怖いのか?」

 

「...うん」

 

ユノの体温で血行がよくなったせいで、彼の胸に置いた両手の指先がじんじんした。

 

それに...僕のお尻にユノのものがあたっている。

 

ユノがやってきてから、僕の身体に変化が生じている。

 

ささいな刺激に弱くなっていた。

 

「触るぞ」

 

「ああっ!」

 

そう言った直後、ユノの手がパジャマのズボンに滑り込んできた。

 

「...やっ...離せ!」

 

僕のものを鷲掴みにするんだ、驚いた僕は叫んでしまう。

 

身を引こうとしたら、起き上がったユノにのしかかられ、僕は仰向けに組み敷かれていた。

 

身動きしようにも、ユノは全体重をかけているし、僕の肩を抱きすくめているから不可能だった。

 

「チャンミンのオーダーに応えてるんだ。

安心して俺に任せろ」

 

ユノは「安心しろ」と言ってるけど、彼のホカホカの手に包まれた自分のモノが気になって仕方がない。

 

ふにふにと僕のモノがユノの手によって遊ばれている。

 

ユノの手の中にすっぽりと覆われてしまうくらい、小さく萎んだモノ。

 

これがかつては、四六時中と言っても過言じゃないくらいに猛々しくなっていたなんて、信じられない。

 

情けなくて涙が浮かんできた。

 

「...あっ」

 

ユノったら僕の耳たぶを咥えるんだ、大きく身体が跳ねてしまっても仕方がない。

 

「昨日よりも敏感になってるよ」

 

「...あん」

 

熱く湿った吐息が僕のうなじにかかり、後ろ髪が逆立った。

 

自分の首筋にさーっと鳥肌がたつのが分かる。

 

「や...離せっ...!

止めて...怖い...怖いよ!」

 

「離していいのか?

一生、ふにゃちんのままでいいのか?」

 

「それはっ...嫌だ...けど」

 

ユノは僕の耳下に吸い付いたまま、僕のモノから手を離した。

 

「身体の力を抜いて。

俺を抱きしめて」

 

ユノの裸の背中に腕を回し、手の平いっぱいに筋肉が作る凹凸を確かめた。

 

ユノの体温で温められ、僕らの身体で閉じ込められた彼の匂いを吸い込んだ。

 

興奮しているのかな...無臭だと思っていたユノの肌から、動物的なのに甘い香りがたちのぼっている。

 

頭の芯がぼうっとしてきた。

 

僕はユノの首にしがみついて、ちろちろと僕の先っぽに与えらえる感触に集中した。

 

「...んっ...ん...」

 

くすぐったい...だけだ。

 

以前も、その手のサービスを依頼した経験があるけど、成功した試しはない。

 

どれだけしごかれ舐められても、僕のモノはうんともすんとも反応しなかった。

 

もっとも、これ以上自分の身体に触れられるのが気持ち悪くなって、腰を引いてしまう僕に彼女たちは匙を投げたのだ。

 

僕は今、男の人に押し倒されている。

 

前が駄目なら...やっぱり僕は、埋められる側なのかな。

 

などと思っていたら突然、ユノの顔が消えた。

 

「ひゃっ!」

 

ユノの口内に僕のモノが吸い込まれていた。

 

柔らかく萎んだままの僕のモノは、ねっとりと口内でねぶられた。

 

「駄目...やめて...やめて!」

 

昨日会ったばかりの人物に、それも男のモノを何の躊躇なく口にできることが信じられなかった。

 

自分にはとても出来ないことだ。

 

これは僕からのオーダーに応えての行為で...そんなのイヤだと思った。

 

急にイヤになったんだ。

 

仕事だからとキスをするユノも、お金を払ったのは僕の側だからって、どんな行為もユノにしていいなんて...そんなの、心がこもっていない。

 

あれ...?

 

『心』って言った?

 

心を込めるとか、目の前の人に心をさらけ出すとか、心をさらけ出して欲しいとか、ずいぶん長く望んだことなかった。

 

丹念に舐められて、おしっこが出そうな感覚と、でも出せないもどかしさを覚えた。

 

「...やっ...や...」

 

数年前、あのクラブでの僕は、毎夜のように男たちの下になったり、女たちに道具で攻められたりしていた。

 

再び、僕はケダモノになってしまうのか!?

 

ぞっとしていると、

 

「指をいれてやろうか?」

 

「ええっ!?」

 

ユノの言葉に僕は、全力で彼の胸を突きとばしてしまった。

 

「『添い寝屋』がそこまでするなんておかしいよ!

セックスも引き受けるなんて、そんなの『添い寝屋』じゃないよ!」

 

ユノはひっくり返った姿勢で、怒鳴る僕をあっけにとられた表情で見上げていた。

 

「ユノはっ...僕の隣で寝てくれるだけでいいから!

オーダーは全部、取り消す!」

 

ユノはゆっくりと身体を起こすと、低くどすのきいた声で「いい加減にしろ」と言った。

 

上目遣いのユノから、笑みが消えていた。

 

「俺は、客の『夜』を全て引き受けるんだ。

その覚悟がなければ、この仕事はできない。

添い寝屋によっては、性的サービスを一切お断りな奴もいる。

例えば、チャンミンのように」

 

「なっ!

僕には『覚悟』がないっていうの?」

 

ムカッとした。

 

「敢えてキツイことを言わせてもらえば。

チャンミンの添い寝屋業は、単なる『寝床の提供』だ」

 

「それのどこが悪いんだよ!」

 

「悪い、とは言っていない。

俺のスタイルとは真逆だなぁと思っただけ。

チャンミン...一度でも、客の悩みに寄り添ったことはあるのか?」

 

「え...」

 

「聞き流しているだろう?

チャンミンが本気でこの仕事を続けてゆきたいのなら、

もっと『夜を引き受ける』ことについて、深く考えてみる必要があるんじゃないのか?」

 

ユノの瞳は黒一色なのに、ブラックホールのように中心にむかって渦を作っていた。

 

吸い込まれまいと、僕も眼力を込めて見返した。

 

イライラ、ムカムカしていた。

 

胸の奥底で、ぽっと小さな炎が上がった。

 

「及び腰の『添い寝屋』に、俺の過去や弱みを打ち明けるのが怖くなってきたよ」

 

ユノは立ち上がると、ベッド下に落ちたパジャマを拾い上げた。

 

「客は添い寝屋のチャンミンを買ったんだ。

それも安くはない金額で。

チャンミンの心も身体も、ひと晩だけとは言え、客のものだ。

『脱力系添い寝屋』気取りでいるのもいいけど...もっと、親身になれよ」

 

「...なんの資格があるんだよ?

僕にそんなこと...僕の仕事の仕方に口出しする資格はないはずだ!」

 

「...そうだな」

 

ユノははっと息を吐いた。

 

「俺は、お前に雇われた『添い寝屋』に過ぎない。

チャンミンの言う通りだよ」

 

パーテーション内にユノの姿が消え、しばらくして着がえた彼が出てきた。

 

「...え?」

 

肌に張りつくほど薄くてスリムな革のパンツに、麻のシャツを着ていて、今夜のユノも完ぺきだった。

 

スポーティでカラフルなブルゾンを手早く羽織ると、

 

「じゃあな」

 

片手を上げて、ユノは背を向けてしまった。

 

「待って!」

 

歩み去ろうとするユノを呼び止めた。

 

「帰るの?

添い寝は?

僕に添い寝してくれるんじゃないの?

ユノの話も途中なんだよ?」

 

「チャンミンが心と身体を閉じている限り、俺の方も全てをさらけだすのはよそうと思った。

いいか?

俺たちはそれぞれ、『添い寝屋』であり『客』なんだ。

こんな偶然、滅多にないんだぞ?

イヤイヤ言っていないで、真摯に向き合えよ?」

 

「ホントに帰っちゃうの?

添い寝屋が客を置いていくなんて、変だよ!」

 

「...チャンミン、俺の方も『客』なんだ。

期待外れだったなら、先に帰る資格が客にはあると思うんだけど?」

 

そう言って、ユノは僕を置いて出ていってしまった。

 

(つづく)

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